episode.5 史上最悪!制御不能☆でこぼこスケートリンク



 ――地獄絵図。

 一言で言い表すなら、その言葉がふさわしいだろう。

 ポップにタイトルをつけてみたけれど、今でもまともに思い出すとちびりそう。結構なトラウマである。


 金曜日、仕事終わり。職場近くのその道に入ったわたしは、一瞬にして悟る。


 ――オワッタ……。


 あなたは想像できるだろうか。


 道行く車が、文字どおり「腰を振りながら」、芋虫のごとくうごめいているのを。






 もともとろくに歩道もない、片側1車線。それでも、バスも通るほどには交通量が多い、住宅街を横切る市の主要道路――わたしがいつも通勤に使う道の1つだ。


 まず異変に気づいたのは、片側の3台が端に寄ったまま、全く動いていないという事だった。

 ――事故かな?

 雪国ではよくあることなので、T字路を左折し、わたしはその道に入ってしまう。思えばこれが悲劇の始まりだった。


「……h%fdx★vp△っっ!!?」

 

 左折しながら、ライトに照らし出された前方の道路じめんを見て、わたしは声にならない叫び声をあげる。


 てらてらと輝く、白い陶器のような路面。ライトを反射して、まるで鏡のように光っている。

 ――それだけなら、まだよかった。

 その鏡のような路面が、ボコボコと。さらに、積雪によって道幅は半減。


 つまり、「そろばん」×「すり鉢」×「スケートリンク」という、史上最悪の組み合わせが生まれてしまっているのである。



 対向車が数台連なってやって来る。そこではじめて、前の3台の車が停まっていた理由を理解する。


 


 でこぼこのスケートリンクで、まっすぐ進めるはずもなく。上下左右に激しく車体を揺らしながら、芋虫のようなスピードで近づいてくる対向車。道幅以前に、まっすぐ進めないのだから、1台ずつ通るしかない。

 その様は、進んでいるというよりうごめいている、といったほうがしっくりくる。 


 すれ違う瞬間の、ハンドルを握っている人の顔といったら、もう。目を限界まで見開き、般若はんにゃのようになっている。


 ――動くなよ!ぜったいに、動くなよ!

 ――分かってる。俺は動かないから、お前は絶対にぶつけんじゃねーぞ!!


 目と目で会話するドライバー。何も知らない人が見たら笑ってしまうだろう。でも、笑い事じゃない。きっと、わたしも同じ顔をしている。


 いや、アカンよ。さすがに、これはアカン。

 こんなの、どこをどう走ったって滑る。


 前の車にならって一旦停止して、対向車が過ぎるのを待つ。

 今度はいよいよ、こちらが進む番。反対車線の車が、何百メートルか先で停まって待ってくれている。

 

 意を決して、そ―――っとアクセルを踏む。

 速度メーターは1桁。それでも路面のでこぼこのせいで、意図していない方向にス――っと進んで(滑って?)いく。


「ひぇぇぇぇ……」


 少し前の車も、酔っ払いみたいな動きをしている。

 これは走っているとは言わない。滑ってるんだ。

 わたしは半ベソをかきながら、ハンドルをこれ以上無いほど固く握りしめる。そして細かく左右に動かしながら、進んで(滑って)いく方向を微調節する。


 アクセル加減、ハンドル操作、コース取り。


 1つでも選択を間違えたらおしまいだ。

 簡単に「死ぬ」なんて言っちゃいけないけど、これは本当に、生きて帰れる気がしない。今までかろうじて生き残ってきたけど、こんどこそ、無理。

 

 わたしは本気で遺書を書き残すことを検討しはじめる。


 母上にラインしとくか?


 ”お母様。先立つ不幸をお許しください”


 ――ああ、短い人生だったな。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいやいやいや。

 

 今日は金曜日。一週間頑張って働いたんだ。金ロー観ながらビール飲むんだ。

 

 ―――帰るんだ!絶対!!


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 全〇中!雪道の呼吸!!


 何かが吹っ切れたわたしは、ともかく全神経を総動員させ、できる範囲でもっとも慎重にアクセルを踏み込む。

 メーターはほぼ0に近い。アリのほうがまだ早いんじゃないか、と思うくらいのスピードである。だって、一回進み出したらブレーキは踏めないんだからしかたない。


 なぜかって?


 ブレーキを踏めば、その反動で車体が一回転する。一回転どころか、今日のこの路面ならトリプルフリッツするだろう。


 それでも道路にいればどうしても、ブレーキを踏まないといけない時がある。そういう時はもう、目を閉じて神に祈るしかない。


 何回か、本当に危なかった。対向車に接触しかけ、回転しかけ、ようやくこの通りの終わり――――十字路の交差点が見えてくる。

 交差点の信号で停まろうとブレーキを踏むと、ススス――っと後ろのタイヤが横に流れ、斜めになって停まる。もう泣きそう。

 

 でもこの十字路を越えれば、この地獄のデスロードから抜け出せる。

 信号が青に変わった瞬間は、天にも上る開放感だった。


 その、たかが300メートル程の通りを抜けるのに、20分。夏場ならどんなにチンタラ走っても5分もかからない。

 ――これが、雪国の現実である。

 「100万円をあげるから、もう一回同じ道を走っておいで」と言われたとしても行きたくない。二度とゴメンだ。


 わたしはもう絶対冬にこの道を通らない、と誓った。








【ゆきぐにマメ知識】

除排雪じょはいせつ

 除雪・排雪は基本的に夜中にブルトーザーが来てやってくれる。深夜に家の前に来られると、結構うるさくて目が覚める。振動もなかなかすごいので、寝付けない。こうやって睡眠不足になるのも雪の二次被害。

 でも綺麗に除雪してくれるのは本当にありがたい。感謝。

 


 ※次回、最終話!

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