第39話 やる気の引き出し方

   ◆金曜日◆



「ふふ。なるほど、それでそんなにげっそりしているのね」

「笑いごとじゃないんだけど」



 日付をまたぎ、樹里は亜金へと変身した。

 結局樹里のやつ、最後の最後までやる気とヤる気が交互に来てしまい、集中は長続きせずに終わってしまった。

 一応、無理に勉強はさせたけど、定期試験まであと1ヶ月だ。

 勉強できるのはあと3回。このままじゃ赤点取って、単位落とすぞ……。



「大丈夫よ、アキくん」

「……どうしてそう言える?」

「なんだかんだ言っても、樹里は真面目だもの。必要に駆られたら、本気になるわ」

「でも通信制高校って、試験範囲ばか広いんだろ? いけるのか?」

「ええ。私は樹里を信じているから。あなたもでしょ?」

「まあな」



 樹里はやる時はやる子だと知っている。

 だから正直、樹里に関しては心配はない。

 それ以上に心配な子は、別にいる。


 俺が微妙そうな顔をして察したのか、亜金も苦笑いを浮かべた。



「1番心配なのは、月乃よね」

「そうなんだよ」



 月乃の担当教科は、英語だ。

 実は7人の中で、勉強が1番苦手なのは月乃だったりする。

 他の教科に関しては軒並み全滅。

 英語はギリギリで赤点を回避できるかどうかだ。

 樹里以上に気を引き締めて勉強を見てやらないとな。



「もしあれなら、私が英語をやるわよ」

「駄目だ。もう政治経済と保健体育を任せてるし、これ以上は負担だろ?」

「普通の人たちだって、全教科を1人で勉強しているじゃない」

「その分、他の人より勉強時間が限られるんだから、これで丁度いいんだよ。あと、月乃だけを甘やかすわけにはいかない」



 将来、もし社会に出ることができるようになったとき、自分が任せられたことをできないと、確実に苦労する。

 今から、少しずつ鍛えてやらないと。

 え、どこから目線? 保護者のつもりですが。



「ま、なんだかんだ中学のときも乗り切ったんだし、今回も大丈夫だって」

「なんとかならなかったときは?」

「普通に叱る」

「あぁ……あなたに叱られると、あの子たち落ち込むものね」

「言っておくけど、亜金が1番落ち込むの知ってるからな」

「うぐ……だ、だって……あなたには、叱られたくないから……」



 指をもじもじさせてしゅんとする亜金。

 別に俺だって、叱りたくて叱っているわけじゃない。必要だから叱っているだけだ。

 でもこの顔はずるい。可愛すぎる。

 思わず亜金の頭を撫でると、一瞬だけほにゃっと笑ったが、すぐに唇を尖らせてジト目を向けて来た。



「子供扱いしないでほしいのだけれど」

「子供っぽくて可愛いよ」

「誰が子供よっ」



 あ、怒った。

 ガルルルル……! と歯を見せて唸る亜金。

 こういう怒ったところも、意外と子供っぽくて可愛いんだよな。



「ま、勉強に関して言えば、亜金は心配してないよ。いつも通り、頑張ってくれたらいいから」

「わ、わかったわっ。頑張るわね」



 胸の前で拳を握り、ふんすっと息巻く。

 あと1ヶ月。その間は、みんなには勉強に集中してもらって、家のことは俺がやらないとな。



   ◆土曜日◆



「まままままままま待って明義殿っ。きょ、今日はゲームのイベントがっ、ぁる、から……!」



 ノートパソコンを抱き締めて部屋の隅に逃げているのは、ぼさぼさの髪に戻ってしまった土萌。

 目には涙を浮かべていて、全力で拒否している。



「駄目です。ゲームのイベントはいつでもあるけど、高校の定期試験は高校にしかないんんだから」

「で、でもぉ……」

「でもじゃありません。土萌は国語と情報の2つも担当があるんだから、しっかり勉強しないと」

「やぁ……!」



 まるでダンゴムシのように丸まった。

 そうだった。土萌はゲームでのイベントやリアイベが近いと、そっちが気になって勉強が手につかないんだった。

 だがしかし、そんな時の対処法も学習済みだ。

 俺は土萌の傍に跪くと、頭を優しく撫で、傍に置いていた紙袋に手を伸ばした。



「今勉強を頑張れば、もれなくちるい夜さんのサイン入りイラスト色紙が5枚ほど付いてきます」

「!?!?」



 ガバッッッ!!!! 急に顔を上げ、目を輝かせた。

 いやぁ、わかりやすい反応で助かる。



「ほ、ほっ、ほんっ、ほほほほんんんんんほんほんほんほんも、の……!?」

「もちろんだ。因みに七色土萌さんへという、直筆メッセージ入りの単品サインもある」

「ほげっ!?」



 え、どこから出たの、その声。

 土萌は目を輝かせると、ゴム手袋をして紙袋に入ったイラスト色紙やサインを取り出した。どっから取り出した、ゴム手袋。

 ネット情報によれば、ちるい夜さんはイラスト色紙を描くことが極端に少ないらしい。

 サインも、プレミアが付くほど限られた人しか持っていないんだとか。


 それが目の前にあるんだ。ファンなら、絶対に欲しいものだろう。



「勉強を頑張るなら、それを全部やるけど、どうする?」

「しましゅっっっ!!!!」



 わかりやすくて結構。

 はぁ……みんなのやる気を引き出すの、毎度の事ながら本当に疲れる……。

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