第38話 やる気と元気

「やだっ」

「やだじゃない。勉強しなさい」

「やぁだぁ……!」



 子供か。

 樹里は布団を頭から被り、くるまっている。

 完全防御体勢だ。絶対勉強しないという強い意志を感じる。

 この通り、樹里は勉強が嫌いで、勉強しろと言うとこうなるのだ。



「もうすぐ定期試験だろ。レポートとかしっかり出してるんだよな」

「出してるけどぉ……」

「それに樹里の担当教科、日本史だけでしょ。勉強が苦手な樹里のためにみんなが協力してくれてるんだから、しっかりしなさい」

「うぐぅ……」



 布団から顔を出し、渋い表情で俺を睨んでくる。

 睨んでも怖くないぞ。普通に可愛い。

 そう、彼女たちは勉強する科目をそれぞれで分け合っているのだ。

 そのため、試験も各個人が担当科目を受けることになっている。

 学校には母さんがうまく説明したみたいで、樹里たちだけ各曜日に、特定の科目を受けさせてもらえるようにしているらしい。


 どう説明したか知らないけど、父さんと母さんの影響力ってどうなってるんだ……。



「ここで赤点取ったら、協力してくれてるみんなに申し訳ないだろ? 俺も教えてあげるから、勉強頑張ろうな」

「……び……」

「え?」



 聞き取れずに聞き返すと、樹里は起き上がり、恥ずかしそうに指をもじもじさせた。

 顔を逸らし、唇を尖らせている。

 チラチラと俺を見て、だからぁ……と俺の服を引っ張る。



「が……がんばるからぁ、その……ご、ごほーび、というかぁ……?」

「……ご褒美?」

「ぅ……ぜ、全部言わなくても……わかれ、ばか」



 つんつん、つんつんと俺の腕をつついて来る。

 わかりやすくデレてるなぁ。

 最近は地雷ちゃんが家にいるから、こういった直接的なイチャイチャは我慢していた。

 でもしばらくは勉強に集中するという名目で、地雷ちゃんには自制してもらつている。


 誰もいないという開放感からか、樹里にしてはいつもより積極的だ。



「はは、わかった。勉強頑張ったらな」

「ほんと!? ならやるっ、がんばるっ!」

「おう、頑張れ」



 頭を撫でると、嬉しそうにほにゃっとした笑みを浮かべる。

 7人の中で1番ツンケンした性格だけど、その分笑顔が可愛く見える。

 もちろん、みんなも可愛いけどさ。


 机に教科書を広げ、樹里が俺の隣に座る。

 いつになく真剣な表情だ。余程ご褒美が欲しいんだろう。



「みんなが学んでる高校は、定期試験は3回あるんだっけ」

「そそ。通常は2回のとこが多いらしいんだけどな。ウチらんとこは3回ある。そん代わり、1回も通学しなくていいから、楽ちんよ」

「なら、その分はちゃんと勉強しないとな」

「う。が、がんばる」



 樹里は気合を入れるように頬を叩くと、パソコンとレポートに向かった。

 自分以外の日の授業は、画面録画をして保存しているらしい。

 そのお陰で、授業にも難なくついていけている。

 まあ、勉強自体が嫌いな子が多いから、苦労はしてるらしいけど。



「……ぐぬぅ……」



 案の定、早々に顔をしかめた。



「どこがわからないんだ?」

「いや、日本史って覚えゲーだから、困ってはないんよ」

「じゃあどうした?」

「やる気の問題」

「はやっ」



 さすがに早い。早すぎる。まだ開始して5分だぞ。



「わ、わかってる。わかってるけど無理なんだよぅ……!」

「お前な……」

「……あ!」



 急に、何か閃いたような声を上げた。



「そうっ、やる気! やる気があれば解決する!」

「そ、そうだな」

「というわけで、やる気をちょうだい!」

「は? うぉっ!?」



 突然抱き着いてきたと思ったら、そのまま押し倒された。

 完全に馬乗りになり、唇を舌で舐めて挑発的な笑みを見せる。



「ちょっ、樹里!?」

「これからイチャイチャするっ。イチャイチャしてやる気出すっ」

「これじゃあご褒美と変わらないだろ!」

「ご褒美はご褒美でもらう。でもこれは、やる気を出すため。なんの問題もないっしょ」



 あぁ、なるほど。……とはならんが!?



「それにアキも、やる気出たみたいだよ」

「そりゃ、好きな子に馬乗りにされたらこうなるって……!」

「♡」



 あ、ちょ、樹里さんっ、マジでやめ……!






 2時間後。



「はふ……すっきり」

「げっそり」



 まあ、樹里がやる気を出してくれるなら、それでいいけどさ。

 満足気な表情をした樹里は、真剣な顔で机に向かった。

 相変わらずどんな体力してるんだ、この子は。

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