第37話 夏に向けて

   ◆



「はぁ〜……梅雨だね〜」

「だなぁ……」

「梅雨ねぇ……」



 夕飯を食べ終えた俺、瑞希、地雷ちゃんは、並んで窓辺に座っていた。

 手元にはぬるいお茶とお茶菓子。

 近くには行灯が点いていて、まったりした空気が流れている。

 外を見ると雨が降っていて、両親が趣味で作った石庭やアジサイを濡らしていた。


 こう見えて、俺って梅雨が好きだったりする。

 テレビもスマホをつけず、お茶を片手に石庭を眺める。

 この肌寒い空気も。雨の独特の匂いも。ゆっくり時間が流れるこの時も……忙しい日々にこそ、こういった時間が必要ですな。

 地雷ちゃんはお茶をすすると、じとーっとした目で空を見上げた。



「私、梅雨って嫌いなのよね……髪がまとまらないし」

「そうなの〜? わたしは好きだよ〜。梅雨が終わったら、夏休みだも〜ん」

「あぁ、瑞希たちは一日中虹谷と一緒にいれるものね」

「そだよ〜。たーくさんイチャイチャするんだ〜」



 俺に腕に抱き着いて頭を擦り寄せてくる。

 あの、人目があるから恥ずかしいんだけど。

 でも地雷ちゃんはもう慣れたのか、なんでもないような顔でお菓子を食べた。

 どこか浮かなそうな顔だ。どうしたんだろう。



「それにしても、夏休みかぁ」

「なんだ、地雷ちゃん。夏休み嫌いなのか?」

「どっちでもないわ。いつもは夏休み前に夏休みの宿題をやったら、あとはゲームとかアニメとかで時間潰してるだけだから」



 ある意味で、世界一有意義な時間の使い方してるな。

 と言っても、うちも毎年似たようなことしかしてないけど。



「でも、今年は暇しないで済みそう」

「なんで?」

「初めて友達ができたから」



 悲しいことをサラッと言うな。

 けどそれは瑞希も同じだからか、目に涙を溜めて感極まった顔をした。



「地雷ちゃん……! そうだね、今年はたくさん遊ぼうね……!」

「だから地雷ちゃん言うなっ、あと抱き着くな!」



 とか言いつつ、満更でもなさそうじゃん。

 女子2人てぇてぇを横目で見つつ、そっと息を吐く。

 そうだよな。今年は地雷ちゃんがいるんだ。瑞希たちも、寂しい思いをしなくて済むだろう。


 なら、俺はどうだ?

 地雷ちゃんはあくまで、7人の友達だ。

 でも俺は、あくまで彼女の友達って関係でしかない。

 つまり、今年はみんなが地雷ちゃんと遊ぶとなると……あれ、おかしいな。俺が完全にぼっちじゃん。


 いつもならみんなと遊んでたりお世話をしてるから、暇じゃない。

 けどぼっちの夏休みなんて、本当に初めてかも。

 まあ、完全なぼっちではないだろう。

 ……むしろ、いつもより賑やかにはなりそうだ。

 楽しげな2人の声と、心地よい雨音に耳を傾けていると、瑞希が「明義くん」と俺を見た。



「ね〜ね〜、今年はお泊まりとか行くの〜」

「あ、そうか。そろそろ父さんたちに言って予約しないと」

「お泊まり?」



 俺と瑞希の会話に、地雷ちゃんが首を傾げる。



「ああ。父さんの研究者仲間で、旅館を経営してる人がいるんだ。毎年夏休みは、格安で1週間泊まらせてくれるんだよ」

「すごい場所だよ〜。ほら、これ〜」



 瑞希が地雷ちゃんに、旅館の公式サイトを見せる。

 綺麗で厳かな空気が、画面からも伝わってくる。

 とんでもない豪華さに、地雷ちゃんは目を見開いた。



「へぇっ。すごい旅館……これ、普通に泊まったら高いんじゃない?」

「1人あたり、1泊2万円だよ〜」

「たっか!?」

「でもおじさんが予約すると、9割引きになるんだ〜」

「やっす!?」



 確かに、通常なら7泊8日、2人で28万円もする宿だ。

 それが2万8000円になるんだから、破格と言える。

 父さんたちには脚を向けて寝られない、マジで。



「いいなぁ……いいなぁ〜……!」

「地雷ちゃんも来る〜?」

「いいの!?」

「うん。ご両親に許可を貰えたら、いいよ〜。ね、明義くん?」

「ああ。女将さんが、友達ができたら連れておいでって言ってくれてるからな」



 今まで友達とかできたことなかったけど。

 でもこれで、女将さんも安心してくれるだろ。

 いつも瑞希たちのこと、気に掛けてくれてるからな。

 地雷ちゃんは満面の笑みを見せると、立ち上がって荷物をまとめた。



「おっ、お父さんたちに聞いてくる! というか、絶対許可取ってくるから!」

「あ〜い。行ってらっしゃ〜い」



 ドタドタドタ! 友達との旅行、余程行きたいんだろうな。あんなにウキウキな地雷ちゃん、初めて見た。



「ぬへへ〜。今年の旅行、楽しみだね〜」

「だな。まあ、瑞希たちは通信制高校の試験が残ってるけど」

「わたしは大丈夫かな〜。月乃ちゃんと樹里ちゃんは、苦しんでるみたいだけど〜」



 あの2人はいつも通りだな。

 明日は樹里の勉強を見てやるか。

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