第35話 同人誌談義

   ◆



「にしても、本当に変わったなぁ」

「ぁぅ……」



 地雷ちゃんが帰った後、目を覚ました土萌を見て思う。

 人は見た目じゃないとは言うけど、人の印象って、見た目で本当に変わるんだな。

 風呂に入ってメイクを落としても、艶やかな髪の毛はそのまま。

 編み込んだ前髪は解かれているが、片目が隠れていてミステリアス美女という印象になっている。

 服は相変わらずジャージだけど、ミステリアス美女がジャージ姿っていうのも、ギャップがあってそそられるな。



「どうだ土萌。これを機にオシャレとかしないか?」

「むり」

「即答か」



 めっちゃ食い気味に断られた。

 本人が嫌なら、無理強いするつもりはないけど……もったいないって思ってしまう。

 しかし、俺が考えていることが伝わったのか、土萌が慌てたように首を横に振った。



「きょ……きょぅみは……あります。ぼ、ボクも、こんなに変わるなんて思ってなかったから……」

「じゃあなんで?」

「ぉ、推し事がぃそがしくて……」



 あ、なるほど。把握。

 土萌にとっては、オタ活が何よりの楽しみだもんな。

 今日に限っては、それも満足にできてないけど……でもなんだかんだ、楽しそうではあった気がする。

 それに、ちるい夜さんの同人誌も読んでもらったし……あ。



「そうだ。土萌がまとめた、ちるい夜さんの感想表、あとで印刷しておくからな」

「……へっ……!? まままま、待って……!」



 慌てる土萌だが、もう体が光り始めている。

 今更慌てたところで、もう遅いんですよ、土萌さん。



「じゃ、ちるい夜さんに感想表を見せた感想、来週には伝えるから」

「だ、だっ――」

「おやすみー」



 土萌が立ち上がろうとした瞬間、明日花の体に変身した。

 明日花はきょとんとした顔をすると、俺を見て満面の笑みを見せる。



「あー君っ、おはよう!」

「ああ。おはよう」

「じゃあ早速えっちを……」

「脱ぐな脱ぐな」



 いつものことだけど早い。展開があまりにも早すぎる。



「今日はそれより、明日花に見てほしいものがあるんだ」

「見てほしいもの?」

「ああ。18禁の同人誌なんだけどさ」

「あらまあ、今日はそういうプレイ? むふふ。あー君の、へ・ん・た・い♡」

「あ、やっぱいいです」

「待って待って嘘ですめっちゃ読みたいです超見たいですスーパー気になります」



 いや同人誌読みたいがために土下座すんな。美女の土下座とか見たくないから。

 なんでこういうことになったのか、経緯をざっくりと説明すると、明日花はなるほどねと笑った。



「じゃあ、それを読んで感想を伝えたらいいのね?」

「ああ。頼めるか?」

「ええ、もちろん。同人誌に関する造詣は土萌ちゃんには勝てないけど、えっちなことに関しては誰にも負けない自信があるわ」



 どんなことに自信満々なんだ、この子。

 同人誌をまとめた紙袋を明日花に渡す。

 うきうき顔で一冊取り出すと、目の前で開いた。



「うわ、導入部分なのにもうエロい。というか絵が綺麗すぎる」

「だよな。手先まで描き込まれてるし」

「不自然にならないくらいに爆乳だし、全体的な肉付きも抜群……ちるい夜さん、もしや天才……?」

「この辺の我慢顔とかどうだ?」

「抜ける」



 女が抜けるって表現を使うのはどうなんだ。

 ……なんで俺、彼女と同人誌談義してるんだろう。

 冷静になったら終わりなのに、急に冷静になっちまった。



「じゃ、あとは部屋で読んでくれ。俺は寝る」

「あーい」



 明日花は紙袋を持って、俺の部屋を出ていく。

 寸前に、こっちを見て艶やかな笑みを浮かべた。



「夜、もしかしたらお邪魔するかもしれないけど、その時はよろしく♡」

「鍵掛けるから」

「ご無体な……!? じゃあここで読むもんっ」

「いいから、出ていきなさい」



 明日花を部屋の外に放り出して、部屋の鍵を閉める。

 普段は閉めないけど、こういう時を考えて一応付けているのだ。



「ちょ、本当に鍵閉めた!? ご、ごめんなさいっ、普通に調子乗りました……!」

「朝まで開けないから、そのつもりで」



 耳栓をして、その上からノイズキャンセルのヘッドホンを付ける。

 おかげで外部からの音はまったく聞こえない。これで安心して眠れるな。

 それではおやすみ。すぴぃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る