第32話 大発狂
その後、何事もなく朝日が昇った。
俺が爆睡していたのもあるけど、隣から物音は聞こえない。
土萌のやつ、相当集中して読んでいるみたいだ。
大好きなイラストレーターが描いた同人誌なんだ、そりゃ集中して読みたいよな。
けど、そろそろ準備をしておかないと、地雷ちゃんが家に来る頃だ。
寝てたらまずいし、様子だけ見に行くか。
まずは扉をノックする。
……当たり前だが、リアクションなし。土萌ってゲームとかに集中すると、外部の音を遮断する癖があるからなぁ。
「土萌ー、起きてるかー?」
今度は声を掛けてみる。
……返事がない。まあ、土萌が返事をしないのはいつものことか。
仕方ない。入るか。
「土萌、入るぞ」
部屋に入ると、同人誌を読むためなのか、珍しく電気がついていた。
土萌は……いた。いつもの布団ではなく、机に向かっている。
まさか、一晩中読んでたのか……? すごい集中力だな。
「土萌?」
「…………」
「……土萌?」
「……しゅぴぃ……」
いや寝てるんかい。
こんなところで寝るなんて、風邪ひくぞ。まったく……。
床に落ちているブランケットを肩から掛けてやると、机の上に広げられていた同人誌が目に入った。
それだけじゃない。ノートパソコンにはエクセルが立ち上がっていて、各作品の点数やいいところ、悪いところ、自分の感想がずらっと書かれていた。
すっげぇ……これ、一晩でまとめたのか。
これ、チル先生に見せたら喜びそうだな。あとで印刷しよう。
……にしても、よく寝てるな。こんなにスッキリした顔で寝てる土萌、初めて見たかも。
いつもは時間が限られているからって、ゲームやアニメを時間ギリギリになるまでやってるもんな。
たまにはこうやって寝させてやるのも、悪くないか。
散らかっている同人誌をまとめて机に置き、床に散らばっているタオルを回収して階下へ向かった。
今日と明日は1日中地雷ちゃんが家に来るだろうし、昼飯も用意しないとな。
あ、でも冷蔵庫が空だから、買い物に行かないと。
……2人に留守番させときゃいいか。
洗濯物や掃除をてきぱき進めていると、丁度チャイムが鳴って地雷ちゃんの声が聞こえて来た。
相変わらず、朝から元気なこって。
玄関まで迎えに行くと、ばっちりと地雷系ファッションに身を包んだ地雷ちゃんがいた。
……なんかいつもより荷物が多い気がする。
「あ、虹谷。おっはー」
「おはよ。朝から元気だな、地雷ちゃんは。その荷物は?」
「地雷ちゃん言うな。いやぁ、灯織から事前に聞いてたんだけど、土萌ってオシャレに無頓着なんでしょ? でもめっちゃ可愛いって聞いてるから、着飾ったら大変身するんじゃないかと思って。これは必要な道具よ」
なるほど。だからそんな大荷物だったのか。
確かに土萌は、人生をオタ活と推し事に捧げているせいで、自分の見た目には無頓着だ。
他のみんなも、土萌はオシャレしたら絶対化けるって言ってたから、丁度いい機会かもしれない。
「わざわざありがとうな。土萌、まだ寝てるんだよ。起こしてくるから、リビングで待っててくれ」
「わかったわ」
地雷ちゃんを家に上げて、リビングに通す。
定位置て言ってはなんだが、地雷ちゃんは座布団に座って早速道具を取り出した。
「地雷ちゃん、麦茶でいいか?」
「ええ、ありがとう。いただ――」
「んにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
今の叫び声……土萌か。起きたみたいだな。
まさかの叫び声に、地雷ちゃんも身を竦ませる。
「ななな、何っ。何……!?」
「多分土萌だ。ちょっと様子を……」
と、リビングを出ようとした時、上からどたばたと土萌が降りてくる音が聞こえた。
「あああああ明義殿ッ。ぼぼぼぼぼボクの部屋入った!?」
「ああ。ついさっき」
「ほ、本をまとめたのも……!?」
「俺だ」
「タオルを片付けたのも……!?」
「もちろん、俺」
「……寝てる間に片づけられるって、さぃぁくだょ……」
え、えぇ……? 俺、そんなに悪いことした?
明らかに落ち込んでしまっている土萌を見て、地雷ちゃんが俺の服を引っ張ってくる。
「ね、ねえ虹谷。大丈夫なの……?」
「ああ、大丈夫大丈夫。発狂はいつものことだから」
「メンヘラ?」
「ある意味」
「……メンヘラ怖い」
地雷系ファッションに身を包んでるお前がそれを言うか?
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