第31話 憧れ

 夕飯を食べ終えると、地雷ちゃんは名残惜しそうに帰って行った。

 どうやら、帰りが遅いことを親御さんに叱られたらしい。

 最近は日付が変わるまで家にいたからな……そりゃ怒られるか。

 まあ、明日も来るって宣言してたから、朝早くから来るんだろうけど。



「どうだ、亜金。地雷ちゃんとはうまくやれてるか?」

「さあ、どうかしら」



 とか言って、口元が緩んでますよ、亜金さん。

 まったく、嬉しいくせに強がっちゃって。

 2人で並んで、皿を洗う。

 亜金は進んで手伝ってくれるし、なんなら自分で家事をやってくれるから、結構助かる。

 あと、こうしてると新婚ごっこっぽくて、俺は気に入ってるのだ。

 最後の皿を洗い終え、台所周りを拭いて綺麗にする。



「ふぅ、終わったな」

「そうね。……それじゃぁ……」



 亜金が上目遣いで、俺の服を引っ張り。

 こんなにがっつく亜金、初めてかもしれない。

 そりゃ、ああいうの見せられたらこうなるか。

 俺も若干の恥ずかしさがありつつ、亜金の腰へ手を回す。

 そして──。


 ──で、なんやかんやあり。

 初めて友達と遊んだ疲れもあったからか、亜金は俺の布団で安らかな寝顔を見せていた。

 え? なんやかんやの内容?

 ……察してくれ。


 寝ている亜金の頭を撫でながら、時間が経つのを待つ。

 と……亜金の体が光りだし、体が変化していった。

 金色のストレートロングは黒のぼさぼさ髪になり、体のいろんなところが大きくなる。

 亜金から土萌へ変身が終わると、土萌はゆっくり目を覚ました。



「んん……ぁれ、ここ……?」

「土萌、起きたか」

「……ぇ……ぁぁぁぁぁぁぁあああああ明義殿ッ、ぉ、ぉはょ、でしゅ……!」



 俺を見るなり、顔を真っ赤にしておどおどする土萌。

 うん、いつも通りだ。

 ……こんな子に、同人誌なんて読ませていいのかなぁ……。



「土萌、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど、いいか?」

「は、はぃ……?」

「……とりあえず、服着替えようか」

「ぇ。……はぅっ」






 土萌が自分の服に着替えて、俺の部屋に戻ってくる。

 動きやすいのか、機能性重視なのか、ジャージ姿だ。

 ジャージ生地なのに、抜群のプロポーションは隠しきれてないけど。



「ぉ、ぉまたせ」

「いや、待ってないよ。こっち座って」

「ぁ、ぁぃ」



 土萌はガチガチになりながら、俺の前に正座する。

 怒られるとでも思ってるのか、萎縮してしまっている。

 別に怒ってないんだけどな。



「えーっと……まず聞きたいことがあるんだけど」

「ヒィッ! ごごごごごごめんなさぃっ、冷蔵庫のプリンっ、ぜんぶ食べましたぁ……!」

「いや、そのことじゃないけど……って、それ土萌だったのか」

「ぼけつ……!?」

「そのことは後でしっかりと叱るとして」

「ぁぅ……」



 しゅんとしてしまった。

 悪いことをしたら、しっかり叱るのがポリシーです。

 それよりも……。



「土萌、ちるい夜ってイラストレーター知ってるか?」

「ぇ……? ぅ、ぅん。いちばん好きな、イラストレーターさん……」

「1番好きなの?」

「ぃ、イラスト集、ぜんぶ持ってる……ます」

「全部……!?」



 さすがに耳を疑った。マジか、どんだけ好きなんだ。

 こくこくこくと頷くと、土萌は部屋に戻ってすぐに帰ってきた。

 手にはたくさんのイラスト集が抱えられている。

 確かにちるい夜……チル先生のイラストだ。

 昼間に調べたからある程度わかるけど、プレミアがついてるものまである。

 大ファンじゃん、土萌。

 これなら、同人誌も喜ぶだろうな。



「実は、ちるい夜さんの同人誌が手に入って──」

「ほんと!?!?」

「ぉわっ」



 急に前のめりになってきた。

 いつも前髪で隠れている目を見開いて、きらきら輝かせている。

 こんな土萌、初めて見た。



「ほ、ほら、これ」

「! わっ、わぁ……! ここここここれはぁ……しゅごぃっ、ほんとにちるい夜先生の生同人誌だぁ……!」

「持ってないのか?」

「も、もってなぃ。ボク、通販しか使わないし、未成年だなら、えっちな本はかっちゃだめ……!」



 変なところで真面目だな。

 満面の笑みで同人誌を抱きしめ、俺と同人誌を交互に見た。



「どうしてっ、なんでっ!? 明義殿、どんなコネを……!?」

「偶然、うちの国語の先生がちるい夜さんだったんだ。俺も初耳だったけど」

「どんな偶然でござる!?」



 土萌の言葉ももっともだ。いったいどんな偶然なのやら。



「で、ちるい夜さんから頼まれてな。同人誌を読んだ生の感想を欲しいんだと。どうせなら、こういうのに詳しそうな土萌にも読んでほしいんだけど……どうだ?」

「ょっ……読むっ、読みたい……!」



 鼻息荒く、前のめりになる。

 そりゃ大好きなイラストレーターさんが描いた同人誌なんだ。読みたいに決まってるよな。



「わかった。じゃあ、先に読んでいいぞ」

「ぃぃの……?」

「俺は日曜日もあるしな。感想をまとめる時間も欲しいだろ?」

「ぁ、ぁりがと……! さっそく、読む……!」



 嬉しそうに同人誌とイラスト集を抱えて、足早に自分の部屋へ戻っていく。

 結構な量があったけど、あんなに軽々……土萌って意外と筋力あるんだな。

 もしかしたら、俺より力持ちだったり?

 ……ありそうで怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る