第30話 今は、これで

   ◆



 ぺら……ぺら……ぱたん。

 あ、読み終わったっぽい。結構じっくり読んでたな。

 無言で読み進めてたし、表情も変わってない。終始冷静だった。

 むしろ、読ませていた俺の方がそわそわしてたぞ。

 大切な彼女にどえろい同人誌を読ませるって、どんなプレイだ。


 座ったまま、顔を伏せて表紙を見つめる亜金。

 亜金はこんなどえろい同人誌を読んで、どう思ったんだろうか……。



「ど、とうだった?」

「…………」

「……亜金?」

「…………」

「もしもーし」

「…………」



 話し掛けるが反応無し。

 ずっと顔を伏せて、俺を見ようとしない。



「亜金、大丈夫か?」

「…………ぃ……」

「え?」



 よく聞こえず亜金に近付く。

 と、亜金の肩がぴくっと反応し、少し後ろに下がった。

 正座してるのに、器用すぎないか。



「亜金?」

「……だ……ぃじょ……ぶ……」



 全ッッッ然大丈夫じゃないよな!?

 顔が真っ赤で涙目だし、今も小刻みに震えてるんだけど!

 亜金って、こういうのに耐性が低いんだよな。

 普段から俺とイチャイチャしたりあれこれしたりするけど、ドラマのキスシーンで顔を赤くするくらいだ。


 亜金は同人誌を床に置くと、ギクシャクしながら立とうとして、力が抜けたみたいにへたりこんだ、


 顔だけじゃなく、耳や首、デコルテまで真っ赤だ。

 うーん……可哀想だけど可愛い。可愛いけど可哀想。

 この相反する気持ちはいったい。



「あー……立てそうか?」

「……むり。腰、抜けた」

「エロ本読んだだけだろ」

「し、仕方ないでしょっ。いろいろ自己投影して……想像しちゃって……ぁぅ」



 潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 溶けるような。誘うような。欲を駆り立てるような、綺麗な目だ。

 じ、自己投影で、想像って……それって……。

 想像の対象を察してしまい、急激に顔が熱くなった。

 しかも、俺もさっきまで亜金と同じ本を読んでいた。

 主人公があんなことやこんなことをしてたのも知っている。

 ヒロインがあんな格好やこんな格好をしていて、際どいポーズをしていたのも知っている。


 あれを俺らで想像、て……。



「え、と……それは……」

「わわわっ、わかってる。あれは漫画……そう、漫画よ。だから現実とは違う……違う……」

「「…………」」



 どちらともなく、互いの視線が合う。

 吸い込まれそうな程綺麗で期待のこもった目に、思わず生唾を飲み込んだ。

 妙な沈黙が流れる。

 毎日のことだけど、彼女たちにはいつも魅力を感じている。

 けど……今日は、それ以上に……。


 無意識のうちに近付いて、亜金の頬に触れた。

 一瞬だけ身を固くしたが、直ぐに受け入れたのか目を閉じる。

 いわゆる、キス待ち顔。

 俺も男だ。彼女にこんな顔させて、黙ってはいられない。

 亜金にゆっくり近付いていき、そしてキスを……。



「亜金どこー! お腹空いたー!」

「「ッ!?」」



 じっ、地雷ちゃんの声……! やべ、いるのすっかり忘れてた。

 幸い下の階にいるから、こっちには気付いてないみたいだけど。



「あーかーねー?」

「い、今行くわっ」



 ちょっと残念そうな顔をする亜金。

 正直、俺もちょっと残念だった。

 けど地雷ちゃんを待たせる訳にはいかない。



「あー……下、行くか」

「そ、そうね」



 亜金が手で顔を仰いで、一生懸命気持ちを落ち着かせる。

 もし、下に地雷ちゃんがいなかったら……多分最後までいってたろうな。

 残念なような、良かったような……。

 亜金に手を貸して立たせる。



「ぁ」

「ん? 亜金、どうし──むっ」



 亜金がふらつくように俺に近付き……チュッ。

 触れる程度の、キスをした。

 一瞬すぎるキス。

 だけど、どこか甘酸っぱさを感じる、強烈なキスだった。



「亜金……?」

「今は、これで」



 それだけ言い、亜金は先に部屋を出ていった。

 今はと言うことは、後でがあるってことだよな。

 つまり……。



「……くそ……小悪魔すぎる」



 せっかく気持ちが落ち着いてきたのに、もう顔が熱いんだけど。

 ……俺は少し、部屋で休ませてもらおう。

 再度、同人誌をを引き出しにしまい、悶々とした気持ちで布団に寝転ぶ。

 はぁ……週明け、チル先生に文句言お。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る