第29話 実は神絵師

「ただいま」

「アキくん、おかえりなさい」



 扉を開けると、亜金が玄関先にいた。

 亜金が出迎えてくれるのはいつも通りだ。

 が、今日はそれに加えて、隣に地雷ちゃんもいる。



「おかえり、虹谷。遅かったわね」

「あ、ああ。ちょっとチル先生に捕まってな」

「ああ、ノート運び。捕まると面倒だから逃げたけど、あんたが捕まったのね。ぷぷ」



 何わろてんねん。

 あと、やっぱり気付いてたのかよ。少しは手伝ってやろうっていう気持ちはないのか。

 亜金がいつも通り、俺のかばんを受け取ろうとしてくる。

 俺も流れで渡そうとして──止まった。



「? アキくん、どうしたの?」

「あ、いや……」



 やばい。何がやばいって、この中には大量のブツ同人誌が入っている。

 こんなの亜金に見られたら、間違いなく軽蔑される。

 というか、可愛い彼女たちにこんなのを見せる訳にはいかない。



「きょ、今日は大丈夫。地雷ちゃんと遊んでたんだろ? 家のことは俺に任せて、遊んできな」

「え、でも……」

「いいじゃない、亜金。虹谷もこう言ってることだしさ。あと地雷ちゃん言うな」



 地雷ちゃんが亜金の背を押して、居間に入る。

 よかった、地雷ちゃんがいてくれて。今度ドーナッツ作ってやろう。


 2人にバレないよう部屋に入り、ちゃんと扉を閉める。

 はぁ……なんで家なのに、こんなに気を使わなきゃいけないんだ。

 若干緊張しつつ、同人誌をかばんから取り出す。

 ……改めて見ると、内容はあれだが、表紙のイラストはすごく綺麗だ。

 そそられる可愛さと綺麗さを兼ねている気がする。

 どうやら、ジャンルとしては純愛とハーレムがメインらしい。

 ペンネームは……『ちるい夜』か。

 SNSで名前を検索っと。



「……んっ!?」



 フォロワー数、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……31万人……!?

 えっ、マジ? こんな有名人なの、チル先生……!

 画像欄を見ると、一般的なイラストからエッチなイラスト、落書き等がアップされている。

 それらすべてが数万いいね……やばい、神絵師ってやつじゃん。

 ……あ、最新のつぶやきだ。



 ちるい夜『知り合いの男の子に、今まで描いてきた自作を全部宣伝してきちゃ! 感想貰えるといいなぁ|ω•)チラッチラッ』



 え、この人どこかで見てる? 俺が見てるってわかってこんなつぶやきしてる?

 ……ぐ、偶然……だよな。


 しかもこんな他愛もないつぶやきにも、一瞬で数百いいねついてるし。

 チル先生、すっげー。

 ……ん? コメントが。



 コメント『ということは、ちるい先生の幻の処女作もお渡しに!?』

 コメント『たった50冊しか売られてなく、電子でも売られていないあれもですか!』

 コメント『うおおおおおおうらやましいいいいいいいい!!!!!!』



 え、何? そんなにプレミアついてるやつがあるの?

 チル先生の作った同人誌一覧から探すと……あった、これか。

 これ、もしやミラキュルナイトのキャラか?

 土萌とブルーレイを一緒に見たから覚えてる。確か最初の頃のキャラだ。

 じゃあ、発売順で読んでいくか。






「…………」



 ぱたり。

 ……あー……うん……なんと言うか……濃い。

 薄いからすぐ読み終わるんだけど、内容が濃い。

 特にストーリーはなく、ただただそういうシーンを見せられてる感。

 確かにどえろい。ネットの記事で見た通り、男が喜ぶツボを押えてる。

 けどそのせいで、集中して読むことができない。

 当たり前でしょ。俺だって男なんだし、こんなの集中する方が無理だ。


 しかもこれを描いてるのが、学校で大人気の女性教師チル先生というんだから、タチが悪い。

 週明けからどんな顔で接したらいいのかわかんないんだけど。

 まだ1冊しか読んでないし……読み切れるのかな、これ。


 ……ん? あ、そうか、明日は土曜日……土萌の日だ。

 土萌ならこういうの詳しいだろうから、聞いてみるのもアリだな。

 なら、今日のところはこれは封印しておこう。俺には刺激が強すぎる。

 同人誌を紙袋にしまい、机の引き出しにしまう。

 これでよ──



「アキくん、何してるの?」

「わっふぉい!?」



 えっ、あっ。あああああ亜金っ? いつからそこに……!?



「い、いきなりどうした? 地雷ちゃんは……?」

「雷香さんなら、今は宿題をしてるわよ。私はお夕飯を作ろうと思って、何を食べたいか聞きに来たのだけど……アキくん、何を隠してたの?」



 やっぱ見られてたァ……!

 そりゃそうだよねっ、だってがっつり後ろにいるんだもん。そりゃあ見てたよねっ。



「な、何も隠してないぞ。それより夕飯だよなっ。えっと……確かカレーの具材があったから、カレーで」

「わかったわ。で、何を隠してたの?」

「だ……だから何も……」

「アキくんって、嘘をつく時には絶対に作り笑いを見せるの。自覚ある?」

「え、嘘」

「嘘よ」



 こ、こいつ、カマかけやがった。

 なんでチル先生といい亜金といい、強かな女の人に絡まれるんだ、俺は。



「で、どうなの?」

「……地雷ちゃんには言うなよ。あと、他の子たちにも」

「わかったわ。絶対言わない」



 俺の目を真っ直ぐ見て頷く。

 亜金のこういうところは、他の子より信頼できる。

 それに、どうせ土萌にも見せようと思ってたし、1人も2人も変わらないか。


 俺は諦めて、引き出しから紙袋を取り出した。

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