第28話 敵に回しちゃダメな人

「では、複数プレイはしたことないと?」

「さっきと質問が変わりませんけど」

「したことは??」



 圧。圧が強い。



「……ありませんね」

「チッ」



 チッ!?

 え、今舌打ちした? あのチル先生が……!?

 いつも優しく、微笑みを絶やさない人と絶賛されるチル先生。

 なのに、今はどうだ。

 ジト目で唇を尖らせて……期待と違ったことを言われて拗ねてる子供みたいな反応してるぞ。



「はぁ、せっかくリアルハーレムプレイを取材できると思ったのに……虹谷くん、清すぎます。幻滅です。高校生として恥ずかしくないんですか」

「あんた教師のくせにやべー発言してる自覚ないんですか?」



 な、なんなんだ、この人……。

 本当にチル先生か? 似てる人とか、他人の空似じゃないのか?

 チル先生は広げていたメモを閉じ、お茶を飲んでそっと息を吐いた。



「まあいいです。それで、あの噂は本当なんですか?」

「そ……それは……」



 思わず仕切りの方を見る。

 人の目はないとは言え、ここは半個室。誰かに聞かれていることも考えられる。



「ああ、大丈夫です。小声で話せば聞こえませんよ。一応面談ブースには、使用者以外は近づいちゃいけないことになってますから」



 なるほど、それなら安心できる。

 けど、本当のことを伝えていいんだろうか。

 変なことを言うと、それが川江先生や校長先生に伝わって、もっと大問題になるんじゃ……?

 ここは嘘でも、誰とも付き合っていないって言った方がいい気が……。



「因みに今本当のことを言えば、川江先生と校長先生にはうまいこと言っておきます」

「うぐっ……チル先生、強かっすね」

「万智先生ですよ」



 嘘を言えば、バレたら上にチクられる。

 反対に本当のことを言えば、チル先生の中で留めてくれる。

 こんなに、2択のようで実質1択じゃないか。

 さすが校長に貸しを作る人。


 けど念の為、チル先生を手招きして顔を近付ける。

 先生も察してくれたみたいで、耳をこっちに寄せてきた。



「う、噂についてですけど……本当です」

「ほうほう。それで、具体的に何人と?」

「……7人」

「おぉっ……!」



 チル先生は口元に手を当てて、目を輝かせている。

 なんでちょっと嬉しそうなんだよ、あんた。本当に高校教諭ですか。



「いやぁ、7股ですか。すごいですね。どうしてそんなことに?」

「これに関しては流れでとしか」

「流れで7股ってどういう人生を送ってるんですか」



 ごもっともです。

 でも本当、これに関しては流れなんだ。

 もしあの子たちが別々だったら、こんなことにはならなかったはず。

 だからどうしてと言われても困る。



「そのことを、彼女たちは承知していますか?」

「はい。みんなは快諾しています」

「心が広い彼女さんたちですね。……本当は、もうちょっとドロドロした展開の方が好みなんですが」



 あんたの好みとか知らんがな。

 先生は聞いたことをメモしていき、また質問してはメモしていく。

 本当にその情報いる? って質問もあったけど、ある程度正直に話した。


 時間にして20分くらいだろうか。

 粗方の事情聴取が終わったみたいで、先生は満足そうにメモを閉じた。



「いやぁ、三次元は悪と思っていましたが、捨てたものではありませんね。生モノの情報がここまでよいものとは」

「はあ、なまもの……?」



 さっきから妙に引っ掛かる言葉が多い気がする。

 三次元は悪……てことは、二次元が好きってことか。

 意外だ。チル先生って、土萌みたいにアニメとか好きだったんだ。

 チル先生はメモをかばんにしまうと、ぴたりと動きを止めた。



「チル先生?」

「……時に虹谷くん。あなた、友達はいますか?」

「急に傷つけてくるのやめてくれます? ……あんな噂が流れているんです。友達なんていませんよ」

「ですよね」



 ですよねって。酷い、泣くぞ。



「では、友達がいない虹谷くん」

「その前提をつける意味ないですよね」

「細かい人ですね。それより、実は頼みたいことがありまして。ちょっと本の感想が欲しいんですよ」

「はぁ、感想……?」



 急に先生っぽいこと言い出した。いや、先生なんだけど。

 国語の先生だし、自分の好きな作品を紹介してくれるのかな。



「ええ、まあ。それくらいでしたらいいですよ」

「ありがとうございます。では……これを」



 恥ずかしそうにかばんから取り出したのは、一冊の本。

 ……いや、本か? それにしては薄いような。

 おずおずと差し出してきた薄い本。その表紙には――仲のいい男女がくんずほぐれつしているものだった。



「ぶっ!?」

「わっ。何してるんですか、汚さないでください」

「俺の方がお目汚しされたんだけど……!?」



 な、え、これ……エッッッ……!?

 恍惚そうな表情を浮かべている胸の大きい女性と、ちょっと塩顔で髪の長い男性。

 左下には『R-18』の文字がくっきりと……。



「こっ、これ、なん……!?」

「同人誌です。ご存じありません?」

「いや知ってますけど、現物は初めて見ましたっ」

「そりゃそうですよね。だって18禁ですから」



 ならなんでそれを俺に見せた!?



「実はこれ、私が描いた同人誌なんです」

「……え、マジですか?」

「はい。これでも私、SNSでは割と有名なんですよ。評判もよく、普通のゲームイラストとかも描いたことあります」



 スマホをいじり、イラストを見せてくる。

 あ、このゲーム俺もやってる。

 しかもこのキャラ、最近実装されたばかりで、エロ可愛いと有名なLRカードじゃん。

 え、これを、チル先生が描いて……!?



「ですが、ネットだとどうも他人事なような気がして……そこで、多感で思春期な青少年の意見を聞きたいんです」

「青少年に18禁同人誌の感想を求めないでください……!」

「じゃあ上には報告しますね」



 ずっりぃ! 大人ってずりぃ!



「……まあ、はい。わかりました……」

「やった。ではお願いしますね」




 チル先生が他にも10冊くらいかばんから取り出すと、俺に預けて来た。

 これ全部読めと……薄いとは言え、これだけの量があるとかなり厚いぞ。

 先生は満足そうな顔で立ち上がり、ブースを出ようとする。

 と、あることが疑問に浮かんだ。



「あの、チル先生。学校の先生って、副業禁止なんじゃ……?」

「普通はそうですね」

「じゃあなんで……?」






「校長先生、私に貸しがあるんです♡」






 あぁ、察した。

 この人、絶対に敵に回しちゃダメな人だ。

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