第20話 通信教育

 思わぬ輩たちの登場に、地雷ちゃんが怯えた顔で固まってしまった。

 いけない。せっかく地雷ちゃんが心を開いてくれたのに、このままじゃトラウマの思い出で今日が終わる。

 そんなの、絶対にダメ。断じて、ダメ。

 下手をすると、トラウマで地雷ちゃんがもう遊ばなくなっちゃうかも。

 それに……せっかく明義がボクたちを繋いでくれたのに、全部が無駄に……!

 明義のために、ここはボクがしっかりしなきゃ。

 ボクは地雷ちゃんを庇うように前に出て、3人組を睨んだ。



「なんですか、あんたら」

「つ、月乃……」



 ボクの服を掴む地雷ちゃんの手が震えている。

 こんな露骨なナンパ初めてだろうし、怖がって当然か。

 もちろんボクも初めてだけど。でも地雷ちゃんっていう守る相手がいるからか、不思議と冷静だ。

 けど輩たちにはボクの睨みなんて通じていないようで、げらげら笑っていた。



「ちょっとちょっと。何睨んじゃってんのー?」

「俺たち、ちょっと遊びたいだけだってぇ」

「安心してよ。お兄さんたち、これでも優しいんだからさ」



 嘘だ。嘘に決まってる。

 本当に優しいっていうのは、明義みたいな奴のことを言うんだ。

 自分に見返りがないのに、困っている人を見つけたら黙っていられない、真正のお人好し。

 こいつらからは、優しさって気持ちが全然伝わってこない。

 きっとボクたちの顔がいいって理由で話しかけて来た、ろくでなしだろう。

 つまり、敵だ。

 こんな奴らと一緒にいても、人生の無駄。地雷ちゃんのために、早くここから離れよう。



「地雷ちゃん、行こ」

「ぁ、うん……」



 地雷ちゃんの手を取って、駅前を離れようとする。



「おっと」

「キャッ……!」



 その時、輩の1人が地雷ちゃんの腕を掴んだ。

 地雷ちゃんから、恐怖が滲んだような悲鳴が上がり……ボクの感情が、瞬間湯沸かし器の如く沸騰した。

 いやいや、いくらなんでも……女の子にそれは、ライン越えだぜ?



「フッ──!!」

「おがっ!?」



 振り向きざまにハイキック。

 輩のあごを打ち抜くと、白目を剥いて地面に倒れた。

 完全に気絶しているみたいで、ぴくりとも動かない。

 突然のことに、ぽかんとする残りの2人と地雷ちゃん。

 そりゃそうだ。まさかこんな反撃をくらうなんて、思って見なかっただろうから。


 ふっふっふ。勉強嫌い、運動大好き引きこもり舐めんな。

 こちとらチビッ子の時から毎週毎週、MyTubeって動画サイトを漁って格闘技とかストレッチを独学で学んでんだぜ。

 たまに明義にも練習に付き合ってもらってるから、対人戦もばっちしよ。

 ……実戦は初めてだけど。いやぁ、当たってよかった。


 ボクの反撃にたじろいでいる2人。

 しかしその内の1人が、すぐに顔を真っ赤にして逆上してきた。



「て、テメッ、何しやがんだ!!」



 大振りのパンチだ。酔ってるのか、遅いし軸もぶれぶれ。

 これくらいなら簡単に避けられる。けど、避けたら地雷ちゃんが……。

 仕方ない、ここは受けに徹して──。



「はいちょっとごめんよ」

「んべば!?」



 ……へ?

 突如、輩の1人が、勝手に倒れて地面とキスをした。

 受け身と取れず、鼻先から顔面強打。

 今の落ち方、痛そう……じゃなくて!



「あ……明義!?」

「よ。迎えに来た」



 いつも通り気だるげに、でも優しい声でボクに話しかけてくれる。

 ……なんでかこの時間なのに、サングラスと帽子を着けてるけど。

 けど、そんなの気にならないほど嬉しい。なんだかんだ不安だったし、怖かったんだ。

 あぁ、もう。この声が好きなんだよぉ……!

 ボクのヒーロー明義は構えていたスマホを、まだ立っているもう1人に向けた。



「一部始終を撮っていた。未成年をナンパし、ハイキックで返り討ち。逆上して殴りかかろうとしたところも。こんな映像がSNSで拡散されたら、バズりは確定だろうなぁ」

「あ……いや……その……」

「そこに転がってる人のかばんを漁れば、大学か会社の情報はわかると思うけど――で? 何か言い残すことは?」

「すっ……すみませんでした……!!」



 輩が頭を下げて謝罪してくる。

 もちろん、そこも動画に撮っている──と見せかけて、まったく動画は撮っていない。ブラフだ。

 まったく、こういうところも頭が回るんだから……。

 と、輩は下で伸びている2人を引きずるように、駅前を去っていった。

 直後に上がる歓声。特に外国人なんか、口笛まで吹いている。

 明義はオーディエンスに手を振ると、ボクの頭を優しく撫でてきた。



「よし、帰るか」

「……だね。地雷ちゃん、行こ?」

「う、うん……」



 まだ怖いのか、地雷ちゃんはボクの腕を掴んだまま離さない。

 とりあえず安心するよう、ボクは地雷ちゃんと歩幅を合わせて、ゆっくりと帰路へついた。

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