第16話 ──伸びる

 夜も20時を回り、ようやく月乃から連絡が来た。

 終わったから、迎えに来てほしいという内容だ。

 いつも買い物に付き合わされている時に思っていたけど、女性ってこういうことに時間使うよな……まあ、待つのも男の甲斐性か。


 メッセージに張り付けられている住所を検索して、月乃を迎えに行く。

 本当に家の近くらしい。道を二本ズレただけで、もう着くぞ。

 こんな近くなのに、今まで気付かなかったのか。

 確かこっちって、中学では学区が違うから、別の中学に行くんだっけ。

 歩いて5分もしない内に、もう到着。

 普通の住宅街に佇む、普通の家って感じの一軒家だ。

 俺の家が純和風に尖りすぎているだけなんだが。

 ……そういや、女子の家に来るのって初めての経験かもしれない。迎えに来ただけなのに、ちょっと緊張してきた。


 家の前で、数回深呼吸をする。

 よし、いざ……ピンポーン。

 ……あれ、反応がない。

 と、その時。俺のスマホが震えた。どうやら月乃から着信らしい。



「もしもし、月乃? 着いたぞ」

『おー、明義。ちょっと玄関開けて開けてー』

「え、でも……」

『だいじょーぶ。地雷ちゃんには許可貰ったから』

『地雷ちゃん言うなっ』



 どうやら地雷ちゃんも近くにいるらしい。

 まあ、地雷ちゃんがいいって言うなら……。

 ちょっと抵抗がありつつ、ゆっくり、慎重に地雷ちゃんの家の玄関を開けた。



「お、お邪魔します……?」

「お、来た来た。いえーい、明義ー!」



 え……月乃?

 廊下の奥から現れたのは、紛れもない月乃だった。

 だが……恰好が、いつもと違う。

 いつもの月乃は、ティーシャツやパーカーにショートパンツと、動きやすい恰好を好んで着ている。

 けど、今は違う。

 フリルがふんだんにあしらわれた、青系のシャツ。

 グレーを基調にしたチェック柄のスカート。

 メイクもちょっと血の気がないような病みメイク。

 その他にもイヤリング、ごてごての付け爪、うさ耳のついたカバンなどなど。

 完璧に、地雷系ファッションに身を包んでいた。


 隣には地雷ちゃんもいる。

 昼間見た、全身黒で統一した地雷系ファッションだ。

 こう見ると……すごいな。似たようなメイクだからか、美少女姉妹に見える。

 地雷系ファッションの双子コーデってやつだ。

 月乃は地雷ちゃんの腕に抱き着くと、いつもの元気な笑顔でピースした。



「どうどう? ボクたち、ちょーかわいーっしょ」

「あ、ああ。正直、こんなに変わるとは思ってなかった」

「でっしょー? けどやっぱり、顔の造形なのかな。ボクだとどうしても元気って感じになっちゃって、地雷ちゃんみたいな病んでる感でないんだよねぇ」



 それは褒めてるのか? それとも貶してるのか?



「あ……ありがと……」



 あ、地雷ちゃん的には、褒められている認定らしい。ラインがよくわからないけど。

 でも月乃の言う通り、地雷ちゃんはメイクも服も着こなしている感がある。

 対して月乃は、まだファッションに振り回されている感じだ。

 着る人によって、ここまで違うんだな。



「2人とも、よく似合ってるよ。可愛い」

「にへぇ~。よかったね、地雷ちゃん。褒められたよっ」

「地雷ちゃん言うな」



 まだ否定するか。いいじゃん、地雷ちゃん。可愛いと思うよ。

 その後も、月乃が地雷ちゃんを褒めまくる。

 俺も便乗して、地雷ちゃんを褒める。

 俺たちからの褒め褒め攻撃が効いたのか、地雷ちゃんは顔を伏せてしまった。

 しまった、やりすぎたか……?

 月乃も心配して、下から覗き込んだ。



「地雷ちゃん、大丈夫?」

「だっ……大丈夫、だから、顔見ないで……」

「でも……」

「い、いいからっ」



 月乃の視線から逃げるように顔を上げて、手で顔を隠す。

 けど、手の間から見える顔は尋常じゃなく赤く、口元もずっとにやけていた。



「こ……こんなに褒められたの、初めてで……は、恥ずかしぃ、から……」

「「可愛いか」」

「うぅ……!」



 俺と月乃の声がハモる。

 だってそれくらい可愛いんだよ。なんで自分に自信がなかったんだ。もっと自信持って行こうぜ。

 地雷ちゃんはゆっくり、大きく深呼吸をすると、少しだけ落ち着いたらしい。

 俺たちの方を真っ直ぐ見て、それから頭を下げた。



「2人とも、今日はありがとう。おかげでちょっとだけ……ほ、本当にちょっとだけだけど、自分に自信がついたわ」

「うんうんっ、そう来なくちゃ!」

「そ、それでね、月乃。……つ、次のお休みの日、姉妹コーデで一緒に出掛けない……?」



 あ……やべ。その可能性を忘れてた。

 2人が仲良くなったなら、一緒に出掛けたいって欲求が生まれるのは当たり前。

 どうしよう。なんて言えば──



「ごめんね、それはできないんだぁ。ボク、月曜日しか自由にできる時間なくて」



 と、月乃がド直球に伝えた。

 予想外の答えに、地雷ちゃんは目を瞬かせる。



「え……? げ、月曜日、しか?」

「うん。家庭の事情で、どうしてもね。でも月曜日なら、絶対遊べるよ!」

「そう……なんだ……じゃあ来週、一緒に出掛けよ?」

「うん! ……あ」



 元気よく答えた月乃が、慌てて俺の方を見る。

 せっかく地雷ちゃんだけじゃなくて、月乃にも友達ができたんだ。ここでダメって言うのは、違うよな。



「いいよ。来週は思う存分、遊んできな」

「よっしゃー! 明義、愛してる!」

「はいはい。俺も愛してるよ」



 飛びついてきた月乃を受け止める。

 父さんたちにも許可は取らないといけないだろうけど……ま、なんとかなるだろ。


 余程嬉しかったのか、無性に頬ずりしてくる月乃。

 しかしそのせいで……いぶかし気な顔をしている地雷ちゃんに、気付かなかった。

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