第11話 裏と表

 翌日。憂鬱な気分のまま起床。

 結局あの後、今日のことが気になってノリ切れず、月乃には悪いけどすぐに帰ってきてしまった。

 月乃は気にしてないって言ってくれてたけど、やっぱり申し訳ないことしたよな……今度お詫びしよう。



「はぁ……」

「あーちゃん、元気ない?」

「灯織……ああ、ちょっとな」



 いかん、飯食ってる時にこんな顔ダメだ。

 心配そうに顔を覗き込んでくる灯織の頭を撫で、安心させるよう笑みを見せる。

 灯織は気持ちよさそうに目を細めると、俺の方へやってきた。



「灯織?」

「アタシもなぐさめてあげる!」



 灯織が俺の膝の上に座ると、小さい手を俺の頭に乗せた。

 撫で慣れてない手つきだけど、一生懸命撫でてくれる。



「あーちゃん、いーこいーこ。いつもありがとね」

「灯織……ありがとうな」

「んっ」



 互いが互いを撫でるというシュール絵面だ。

 けど、おかげで元気が出た。

 今は父さんたちが元気だからいいけど、将来はどうなるかわからない。

 将来、少しでも金が稼げるように、学校だけは行かないとな。

 今の世の中、学歴は関係ないって意見もあるみたいだけど、大学に行って損は無いだろ。


 思わず灯織を抱き締める。

 灯織も俺の体に腕を回し、抱きしめ返してきた。



「元気出た?」

「ああ。もりもりだ」

「そっかー、アタシのおかげでもりもりかー!」



 灯織が屈託のない笑みを見せる。

 こんな笑顔で応援されたら、頑張らない訳にはいかないな。

 さて、覚悟は決まった。

 どんな噂もドンと来いだ……!



   ◆



「おはよー」

「おっすー」

「ねえ昨日のドラマさー」

「そしたらなっ、こいつのシュートがさ」

「おま、言うなやー(笑)」



 …………。

 誰も、何も言ってないな。

 え、嘘。あんなことが知られた翌日なのに、誰も噂しないってマジ?

 まさか地雷ちゃん、俺のために黙っててくれたのか?

 いやぁ……こんなこと初めてで、ちょっと困惑してる。

 いつもならメッセとかで、即拡散されるのに。


 授業の準備をしつつ、横目で教室を見渡す。

 ……地雷ちゃん、来てないな。

 あの髪色だし、もっと目立つと思ったんだけど。

 はぁ……杞憂だったかな。トイレ行って落ち着こ。


 席から立ち、教室の扉を開ける。

 ──その時だった。



「へぶっ」

「うおっ……?」



 誰かとぶつかった。

 というか、俺の鳩尾に女子生徒が突っ込んできた。

 痛みはないけど……なんだ?



「ご、ごめん。大丈夫か?」

「ここここ、こちらこそすみませんっ、すみませんっ、すみませんっ……! い、生きていてごめんなさい……!」



 誰もそこまで言ってねーよ。

 勢いよく頭をぶんぶん下げてくる女子生徒。

 随分と、気が弱い子だな。

 黒縁の分厚い眼鏡をかけ、背中が土萌みたいに丸まっている。

 一言で言えば、地味で目立たないタイプ。

 こんな子、うちのクラスにいたんだな。

 ……あ、俺全員の顔も名前も知らないや。



「ほ、本当に、ごめんなさいっ。おおおおお金渡しますのでっ、体だけはご勘弁をぉ……!」

「何言ってんのお前」



 あと誰が聞いてるかわかんない所で、そんなこと言うな。また俺の心象が悪くなるでしょうが。



「き、気にしてないから。それじゃ」

「すすすすすみません……」



 最後まで顔を上げない女子生徒に道を譲ると、ぺこぺこ頭を下げて教室に入った。

 ……変な子だ。いつも変な子に囲まれてる俺が言えた義理じゃないけど。


 その子は教室の廊下側、中央の席らしい。

 席に座ると、近くにいた別の女子生徒たちが話しかけた。



「雷香ちゃん、大丈夫……?」

「だ、大丈夫っ。大丈夫だよ」



 へえ、らいかって言うのか。

 ……どっかで聞いた名前だな。どこだっけ?

 あの辺はそこまで仲良くはないのか、すぐにらいかって子から離れた。



「に、虹谷くん、まだこっち見てる……!」

「め、目を合わせちゃだめっ、妊娠するよ……!」



 どんな特殊能力持ってると思われてんの、俺。



「にじたに……ぇ、虹谷……!?」



 ガバッ! と俺の方を見てくる女子生徒。

 そこでようやく、その子の顔が見えた。

 勢いよく顔を上げたせいで、眼鏡が少しずり落ちる。

 あれ、この子どっかで……?

 ……………………あ。



「地雷ちゃん?」

「地雷ちゃん言うな……!」



 地雷ちゃんら、小さい声で威嚇してきた。

 でも……えぇ……? 本当に地雷ちゃんなのか……?

 だって髪色も違うし、顔も地味目だし。

 ま、まあ、顔はメイクで変わるとしても……性格が正反対すぎないか?

 昨日会った時は、あんなに喧嘩腰だったのに……今はむしろ弱腰だ。

 周りの視線を気にしてるのか、さっきから落ち着きがない。


 ……あ、俺が見てるからか。そいつは失敬。

 そういや、トイレ行く途中だった。盛れる前に急ぐか。






 ふぅ、間に合った。もう少しで漏らすところだった。

 これでスッキリと授業に集中でき──。



「ねえ」

「え?」



 トイレから出ると、壁際に立っていた誰かに話しかけられた。

 いや、誰かじゃない……地雷ちゃんだった。



「地雷ちゃん、どうした?」

「……昼休み、校舎裏来なさい」

「か、カツアゲ……!?」

「ちっがうわよ。……いいから、1人で来なさいよ」



 それだけ言い残し、地雷ちゃんは廊下を歩いていってしまった。

 1人で、て……それはいつも1人でいる俺に対しての皮肉ですか? 怒るぞ。

 あぁ、なんだか面倒な予感。

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