第8話 月乃──お出掛け①

 月曜日が憂鬱なのは、恐らく全世界を見てもみんな同じだろう。

 クラスメイトも、週末明けの憂鬱さに愚痴を漏らしている。

 が、俺は俺で別の憂鬱を抱えていた。

 それは……噂話である。



「なあ、聞いたか?」

「ああ。虹谷の奴、金曜日の放課後に彼女のお迎えがあったらしいな」

「金髪の外国人だったらしいわよっ」

「すっごく美人だって……!」

「モデルって噂だぜ」

「マジかよ……!?」

「虹谷、浮気してる上にモデルとまで……!」



 今日も朝から、こっちを見て噂話をしている奴らが多いこと。

 もちろん、俺は全力で無視。反応しても意味ないし。

 授業の準備を終え、ホームルームが始まるまで寝たふりをする。

 ぼっちにとって、寝たふりというのは最強の防御姿勢なのだ。

 まあ、結局噂話は耳に届くから、精神的には削られるけど。ぴえん。


 こういう時は、思考に没頭するに限る。

 月乃は、家で大人しくしてるかな。

 用意したご飯は、ちゃんと食べただろうか。

 あ、帰る前に食材の買い出しに行かないと。

 お菓子も切れてたし、灯織のために買っていってやるか。

 瑞希はあれから風邪っぽかったし、薬とかゼリーの補充もしなきゃ。


 あの子たちに何かあるといけないから、1人での外出は基本NGだ。

 いい生活ができるよう、俺がしっかりサポートしてやらないとな。



   ◆



「遊びたいんですけど」



 今日も無事に家に帰ると、月乃が腕を組んで玄関で待っていた。

 いつもの元気印の目をじとーっとさせ、胸を反らしてふんぞり返っている。

 もう出掛ける準備はできてるみたいだ。

 白のロングティーシャツに、薄手のピンク色のカーディガン。下は茶色のキュロットパンツを履いている。

 俺に断るという選択肢をさせないよう、メイクまでしてるし。

 ……あれ? 月乃ってメイクできたっけ? 初耳だけど。



「月乃、まずは挨拶だろ。ただいま」

「あ、おかえりー」

「はいこれ、月乃の好きなプリン」

「えっ、やったー! ……じゃない!」



 とか言いつつ、もう食べてんじゃん。

 月乃はプリンを食べながら、いかにも怒ってますアピールで地団駄を踏んだ。



「ボクはっ、遊びにっ、行きたいの!」

「遊びにって、どこに」

「どこでも! 遊園地とか水族館とか動物園とか!」



 全部電車じゃないと行けないような場所じゃねーか。

 しかも今の時間からじゃ、全部行けないような場所ばかりだし。

 それに、月乃と一緒に外に出て学校の奴に見られたら……なんて理屈を言っても、月乃は納得しないんだろうな。

 あとこのいい訳だと、月乃と出掛けたくないって言ってるみたいで、罪悪感が芽生える。



「わかった、わかった。けど遠くには行けないから、近所で勘弁してくれ」

「むぅ……仕方ないから、許しましょう」

「ありがとうございます、月乃様」



 そうと決まれば、早速出掛ける準備をしないと。

 さすがに制服のまま遊びに行くのはな。

 部屋に戻って適当な服を着る。

 と言っても、相手は絶世の美女の月乃だ。下手な服を着ると月乃に申し訳ないから、ある程度はしっかりしたものを着ないと。


 白シャツに黒のジャケット。下はジーパン。

 肩掛けポーチにスマホと財布。

 陽射し避け兼軽い変装で、帽子を被る。まあ、気休め程度だけど。

 よし、これでいいだろ。

 階下に行くと、すでに月乃が靴を履いて待っていた。



「月乃、お待たせ」

「んーん。それじゃっ、早速出掛けよー! おー!」



 余程楽しみだったらしい。

 全身からウキウキが伝わってきて、俺も楽しい気分になる。

 外に出ると、陽射しが少し肌を焼いた。

 もう5月も中旬か。春先に比べたら、暑くなってきたな。

 月乃はお気に入りのスニーカーを履いて、鼻歌を口ずさみながら道路に出る。

 この辺は交通量は少ないけど、もう少し落ち着いてほしいな。



「明義、どこ行くのん?」

「そうだな……公園?」

「公園! あ……こほん。ぼ、ボク、そんな子供っぽいところ行きたくないんだけど」



 今一瞬嬉しそうにしたよな。

 けど、高校生の男女のデート先が公園って言うのは、確かに味気ない。

 となると、歩いて行けるところでいい場所は……。



「やっぱり、駅前の百貨店か」

「ま、そうだよね。この辺でデートって言えば、あそこしかないし」

「地方のいいところであり、残念なところだよな」



 けどあそこなら映画館もあるし、ゲーセンもある。

 この辺に住んでるカップルや家族連れが集まる場所で、一日中は無理でも、そこそこ楽しめるのが売りらしい。


 かく言う俺も、みんなと出掛ける時は大抵そこになる。

 本当はもっと遠くに連れて行ってやりたいんだけど、休みがないとどうも厳しい。

 となると、やっぱり夏休みとかの長期休暇しかない。

 今年はどこに連れて行ってやろうかな。



「明義、ぼーっとしてどうしたん?」

「ん? いや、なんでもないよ。早く行こう、日が暮れる」

「だねっ。よーしっ、今日は楽しむぞー!」



 腕に抱き着き、ぐいぐい引っ張っていく月乃。

 俺は苦笑いを浮かべ、早足で月乃に引っ張られていった。

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