第7話 七色明日花
……あぁ、朝か。
薄暗い部屋で見上げるのは、いつもの天井じゃない。
どうやら、明日花の部屋で寝落ちしたみたいだ。
まずった。まさか寝落ちするなんて……。
みんなとは週に1回しか会えないから、話したいことか山のようにある。
それが仇になったか。
寝起きでかすむ目を擦り、周りを見る。
……あれ、明日花はどこだ?
「……ん?」
「んにゃ……」
あ、いた。俺の腹を枕にして寝てる。
……妙にツヤツヤしてるのは気のせいだろうか。気のせいだろう、多分。そういうことにしておこう。
壁掛け時計を見ると、丁度7時半をさしていた。
日曜の朝にしては早い。二度寝だってできる。
けど、思いの外熟睡できたからか、頭が冴えている。
二度寝するにはもったいないな。
明日花を起こさないように、ゆっくりと体を引き抜く。
少し顔をしかめた明日花だったが、頭を撫でるとすぐに気持ちよさそうな顔に戻った。
さて、日曜日か……宿題はないし、今日は何しようかな。
……とりあえず、朝飯作って掃除でもするか。
部屋から出て、1階へ向かう。
やっぱり父さんたちは、今日も仕事らしい。家の中は静まり返っている。
研究職って、昔は憧れてたけど……今はなろうとすら思わないな。あの2人を見てると。
冷蔵庫の中から、適当に野菜と味噌を取り出す。
朝はやっぱり味噌汁だろう。味噌汁、最高。
グリルで鮭を焼きつつ、味噌汁やらその他の朝食を準備する。
と言っても、朝食だからそこまで大量には作らないけど。
いい感じに魚が焼け、出汁と味噌のいい匂いが漂い始めた頃。
2階から、どたばたと騒がしい音が聞こえてきた。
明日花が起きてきたか。
音が階段を下りてくると、部屋の扉が勢いよく開いた。
完全に寝起きなのか、髪に寝癖がついているし、ヨダレが頬を垂れている後が目立つ。
「あ、あー君!」
「ああ。おはよう、明日花」
「お、おはよう。……じゃなくて! な、何してるの……!?」
「見ての通り、朝食作ってる」
「じゃなくて! お、起こしてくれたら私が作るのにぃ……!」
明日花が悔しそうに地団駄を踏む。
尽くしたがりの彼女は、俺に関することは全部やりたくて仕方ない。……らしい。
俺は尽くされるより、できることは分担してやりたいんだけどな。
「おっ、お昼とお夕飯は私が作るからねっ! あー君はぐーたらしてていいから……!」
「わかった、わかった。それより鏡見てきな。ヨダレで口周りが凄いことになってるぞ」
「え? ……ぁ」
シュボッ! 羞恥心のせいでか、一瞬で顔を真っ赤にした明日花は、慌てて洗面所へ駆け込んで行った。
自分からぐいぐいくるくせに、こういうところは乙女なんだから……可愛いけど。
明日花が身だしなみを整えて戻って来ると、丁度朝食も作り終えた。
粒が立ってツヤのある白米。
出汁の効いた玉ねぎの味噌汁。
皮までカリッと焼かれた焼き鮭。
時間があったから作ったポテトサラダにミニトマト。
これぞ、ザ・朝食って感じのメニューだ。
2人で対面に座り、手を合わせていただきます。
明日花は味噌汁をすすると、幸せそうに顔を緩ませた。
どうやら、うまくできたみたいだ。
「明日花は今日どうするんだ?」
「そうねぇ……本当だったらあー君のお世話をしたいところだけど、それだと他のみんなに申し訳ないし……いつも通り、みんなが汚した部屋の掃除でもするわ」
確かに、こう言ってはなんだが、明日花たちの部屋ってかなり汚い。
亜金は、自分の汚したものは自分で片付ける。
だけど他の子は、基本的に散らかしたらそのまま。
それを掃除するのが、明日花の役目になってしまっている。
「ごめんな、本当はみんなにやらせなきゃいけないんだけど……」
「気にしないで。私、あー君に尽くすのが1番好きだけど、みんなに尽くすのも好きなのよ」
……幸せそうな笑顔だ。
明日花がそういうなら、任せちゃって問題ないだろう。
「なら、やっぱり昼と夜も俺が……」
「それとこれとは話が別」
「あ、はい」
さっきと同じ幸せそうな笑顔なのに、この有無を言わさぬ圧はなんだろう。
「あー君こそ、いつもみんなのお世話で疲れてるでしょ。日曜日くらいは、明日花お姉ちゃんに任せなさい」
「……わかった。いつもありがとう、明日花」
「気にしないで」
軽やかにウインクをすると、焼き鮭を1口食べ、また幸せそうな顔をした。
◆
「……夜になっちまった」
「なっちまったねぇ」
俺の後ろから抱き着きながら、明日花が楽しそうに笑う。
結局、本当に何もしないまま1日がすぎた。
何かやらなきゃとは思いつつ、かといって何かをやる気力もない。
家のことも全て明日花が全部やってくれたし……ヒモ男みたいな1日だったな。
「ねぇ、あー君。今日私、頑張ったわよね?」
「そうだな」
「じゃあご褒美が欲しいんだけどぉ」
俺の腹部に指をはわせて、熱のこもった息を吐く。
頬を染めて、目は潤んで……見るからに発情してる。
ふむ……。
「よし、いいぞ」
「うんうん。それじゃ……えっ?」
俺の言葉が予想外だったのか、明日花は目を瞬かせる。
その間に明日花の手から抜け、布団の上に押し倒した。
ひたいから汗を垂らし、慌てたように口をあわあわさせている。
「ままままっ、待って待って……! そ、そんないきなり……!」
「ご褒美、欲しいんだろ?」
「そっ、そうだけど……! わ、私は尽くしたいと思ってて……!」
「尽くすのも疲れるだろ。たまには、俺にも労わせな」
ゆっくり、明日花へと顔を近付けていく。
まだ触れていないのに、明日花の心音がやたらでかく聞こえてきた。
直ぐにキスができそうなくらい顔が近付き、そして──
「ぁ……はがっ」
──気絶した。
熱に浮かされたように、目をぐるぐるさせている。
「相変わらず、攻められるのに弱い子だ」
明日花は自分から行く分には大丈夫だが、逆に攻められると恥ずかしさで気絶してしまう。
今日は1日掛けて家のこともしてもらった。
その上、俺とあんなことやこんなことをしたら、体力的に厳しいだろう。
そういう時、たまにこうして気絶させているのだ。
まあ、おかげで俺も悶々とする夜を送ることになるけど。
明日も早いし、今日はもう寝るか。
「おやすみ、明日花」
最後に、明日花のひたいへキスを落とし、部屋を出た。
──これが俺、虹谷明義の1週間である。
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