第6話 七色土萌

 俺の週末は、朝寝坊から始まる。

 起きるともう9時を回っている。平日ならありえない時間だ。

 本当はもっと寝てたいけど、土萌に朝飯持っていってやらないと。


 1階に降り、夜のうちに予約していた炊きたてのご飯で、おにぎりを作る。

 因みに父さんたちは今日も仕事でいない。

 むしろ休みの方が少ないけど、しっかり体は休まってるんだろうか。心配だ。


 トレーにおにぎりとお茶。後はお菓子を乗せて、2階の彼女たちの部屋へ行く。

 扉を数回叩く。

 が、もちろんと言ってはなんだが返事がない。

 やれやれ……。



「おい土萌。入るぞ」



 問答無用で部屋に突入。

 締め切られたカーテンの向こうから、うっすらと光りが漏れる。

 しかしそれ以外に、部屋の角に別の光りが見えた。

 本人は布団を頭から被っていて見えないけど、間違いなくあれはゲームの光りだ。

 ゲームは明るい場所で離れてやりましょう。



「ふ、ふふ。さ、最新のモンポケ、さいっっっこぉ……!」

「おい」

「にゃあああああああ!?!?」



 おお、座った状態から飛び上がった。どうやったのそれ。

 飛び上がった拍子に布団が絡まったのか、布団の中でじたばたと暴れる土萌。

 ああもう、そんなに暴れたら埃が立つでしょうが。



「土萌、ストップ」

「ひゃいっ……!」



 俺の声に、土萌の動きが止まる。

 近くのテーブルにトレーを置くと、丁寧に布団を剥ぐ。

 と、ようやく土萌の姿が出てきた。

 ボサボサの髪の毛が、今ので余計ボサボサになっている。

 けどおかげで前髪が上がり、綺麗な顔を見ることができた。

 それに気付いたのか、暗がりでもわかるくらい、土萌の顔は真っ赤になった。



「おはよ、土萌」

「おっ、ぉぉぉ……おはょ、です。ぁっ、明義殿っ、か、髪っ、前髪……!」

「ああ、ごめん」



 もっと見てたかったけど、仕方ない。

 土萌の前髪を直してやると、安心したように息を吐いた。



「土萌、また徹夜でゲームしてたろ。ダメだぞ、しっかり寝ないと」

「ね、寝る時間は、1週間あった、し……24時間しかいられないなら、こ、効率よく時間を使いたいから……」



 効率よく時間を使いたいからって、徹夜でゲームをするのはどうなんだ。

 土萌の相変わらずの行動に苦笑いを浮かべ、カーテンを開く。

 突然射し込んできた陽の光に、土萌はまた布団を頭まで被った。



「た、太陽は敵っ。焼けるっ、溶ける……!」

「吸血鬼か」



 土萌は極端に太陽を嫌う。

 こうでもしないと、一日中薄暗い部屋でゲームやアニメ三昧だ。

 それはさすがに体に悪すぎる。



「換気するから、窓も開けとくぞ。それとおにぎり作ってきたから、ちゃんと食べること。夕方になったらまた来るからな」

「わっ、わかっ、わかった。わかり、ました……!」



 布団の中から怯えた声を上げる。

 昔はただ大人しい子だったのに、オタク趣味に目覚めてからは本当に外に出なくなったな。

 最後に土萌の頭のある位置を撫で、部屋を出ていく。



「さて……今日は何をしようかな」



 ……やることもないし、俺も今日はのんびりするかね。

 1階に降りて、お茶とお菓子を用意。

 縁側に座り、お茶を飲みつつ本の新刊を読み始めた。


 因みに、土曜日と日曜日の彼女たちに関しては、基本的に昼間は干渉しないことにしている。

 じゃないと、平日のみんなと不公平になるからだ。

 平日の昼は、俺は学校に行っていてみんなに会えない。

 けど土日は、やろうと思えば一日中一緒にいられる。

 そんなのフェアじゃないだろ?

 だから何かあった時以外、休日の昼間はお互い干渉しないのだ。


 寂しいとは思う。

 けど、昔からこういう関係だから、もう慣れた。

 ……悲しい慣れだけど。






 時間の流れは早いもので、あっという間に日が傾き始めた。

 時刻はもう16時だ。

 そろそろ、土萌の部屋に向かうか。



「土萌ー」



 ……あれ、返事がない。

 いつもならおどおどしながらも、返事が返ってくるのに。

 そっと扉を開けて、中を確認する。

 いつもの定位置には……いない。なぜか布団もない。

 いったいどこに……ん?

 部屋の中で、唯一陽射しが差し込んでる場所がこんもりしている。

 まさか、土萌か?

 起こさないように近付く。

 と……やっぱり土萌だった。

 暖かい陽射しに包まれて、丸くなって寝ている。

 この子が昼寝をするなんて……本当に珍しい。

 いつもなら、何があってもゲームを優先するような子なのに。



「くぅ……すぅ……」

「……よく寝てるなぁ……」



 こんなに気持ちよさそうに寝てる土萌、初めて見たかも。

 やっぱりたまには陽射しに当たった方がいいよな。

 熟睡してるし、無理に起こすのは可哀想か。

 俺も土萌の横に寝転がって、寝顔を見つめる。

 え、失礼? 残念だったな。これは彼氏の特権なのだ、ふはは。


 ……それにしても、でかい。

 7人の中でも1番特大サイズのお胸が、呼吸をするごとに揺れる。

 土萌は外に出ることがないから、下着って基本着けないんだよな。

 そのせいで、シャツの上からでも柔らかそうに潰れて……って、何考えてんだ俺!!


 寝てる子に対してなんてことを……自分の部屋戻ろ。

 飯は……まだ先でいいか。



   ◆



 結局部屋でのんびりし、料理を作ったのは20時過ぎ。

 土萌の部屋で一緒にご飯を食べ終え、対戦ゲームで時間を潰していると、日付が変わる頃になった。



「もうこんな時間か……早いな」

「で、ですね。……ぼく、今日も楽しかった、でひゅ……」

「はは、それはよかった」

「ほ、ほんと、ですよっ……? ぼ、ぼ、ぼく、こんなんだから、うまく伝えられない、けど……」



 おどおど、あわあわ。

 あぁ、可愛いなぁ、この子も。

 土萌の頭を撫でると、一瞬体を硬直させたが、すぐに力を抜いた。



「ぼ、ぼく……他のみんなと、違って……その……ぐ、ぐいぐいとか、いけない……」

「うん、知ってるよ」

「け、けど、けどねっ。あ、明義殿を……す、すっ、すすすすす好きな気持ち、は……みんなと、一緒……だかりゃ……」

「それも知ってる」

「ぁぅ……」



 不器用でも、ちゃんと好きを伝えてくれる。

 なら俺は、それに応えなきゃな。

 土萌に向けて手を広げる。

 驚いた顔をする土萌だが、すぐ目を泳がせた。



「そっ、そそそそそそそれはっ、ぎゅーのやつ、で……?」

「ああ、ぎゅーのやつだ」

「むっ、むっ、むりっ。はずっ、かしぃから……!」

「なら俺から」



 はい、ぎゅー。

 土萌の体に腕を回すと、完全に固まってしまった。

 恥ずかしさで頭から湯気が出て、顔が今まで以上に真っ赤になっている。

 毎週のことだから、そろそろ慣れてほしいんだけど……仕方ないか。


 その時。土萌の体が淡く光り出した。



「もう時間だ。土萌、また来週な」

「は、ぅ。ぁ、ぁぃ……!」



 小さく、細かく頷く土萌。

 キス……は、まだ無理かな。

 次の瞬間。土萌の体に変化が起こった。

 ボサボサの黒髪は、美しく艶やかな、白に近い金色に。

 瞳は赤茶色に、少しの紫を混ぜ込んだような神秘的な色。

 くまは綺麗さっぱり消え、まるで人形のように美しい肌になる。

 胸も土萌ほどではないが、7人の中で2番目にでかい。確かHだったはず。

 俺に気付いたのか、大きな目を燦々と輝かせて抱き着いてきた。



「あー君!」

「おはよう、明日花」



 彼女は七色明日花なないろあすか

 日曜日の時の姿だ。

 正直な話──俺は、この子が1番苦手である。

 もちろん、好きなことは変わりない。明日花も、みんなと一緒で大好きだ。

 大好きなのだが……。



「じゃ、ヤろっか♡」

「待て待て待て」



 これ、なんだよなぁ。

 いきなりシャツを捲る明日花を止める。

 なんで止められたのかわからないのか、明日花はきょとんとした。



「むぅ、なんでよ。日曜日なんだし、夜遅くまで起きてても問題ないでしょ」

「そういうことじゃないっていつも言ってるだろ……」

「あっ。疲れちゃうから? 大丈夫っ、明日花お姉ちゃんが全部やってあげるから、あー君は寝てるだけでいいよ♡」



 これだ。これが明日花なのだ。

 彼女は7人の中で1番、尽くしたがりな性格だ。

 俺に尽くすことが生きがいと、前に言っていたっけ。

 男としては嬉しい限りだけどさ。

 このまま流れに任せるのも悪くない。が。



「ていっ」

「おぎゃあ!?」



 明日花のつむじを指先で押すと、痛みで悶えた。



「な、何するの、あー君……! ハゲたらどうするのよぉ……!」

「ハゲるか。もう夜も遅いんだから、寝なさい」

「ええっ、夜はこれからよ? どうせ今日も、おじ様とおば様もいないんでしょ? おっきい声出しても問題ないって」

「そういう問題じゃねーよ」



 軽くでこぴんすると、「ぁぅっ」とひたいを押さえた。



「いじめだっ、でぃーぶいだっ!」

「人聞きの悪いことを言うな」

「むぅ……ならエッチはいいから、お話しましょ? 24時間なんてあっという間なんだからさ」



 手を合わせて、上目遣いで懇願してくる明日花。

 まあ……話すくらいなら、いいか。



「……眠くなったら寝るからな」

「はーい♡」



 やれやれ。明日花って見た目はお姉さんなのに、中身は本当に子供っぽいよな。

 俺は苦笑いを浮かべると、明日花の隣に座った。

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