第5話 七色亜金

 ──ゴソゴソ。

 ……ん……?

 ──ギシッ……ゴソ。

 なんだ……なんの音だ……?

 アラームは鳴っていない。というか、薄目で周りを見ても、まだ暗そうだ。


 振動のようなものは、まだ感じる。

 と……不意に何かが、布団の中に入ってきた。

 温かい。柔らかいし、いい匂いだ。

 夢か……? それにしてはリアルなような。

 ……ま、いいか。今はこの柔らかさをもっと味わいたい……ぎゅー。



「ひゃぅ……!?」



 おやす、み……すや……。






 ピピピピッ──ピピピピッ──



「……ぅ、ん……」



 ぁ……アラーム、鳴ってる。もう朝か。

 まだ眠い。1週間の疲れが溜まってる感じだ。

 でも今日を乗り越えれば、明日は土曜日だ。気合い入れろ、俺。

 ……それにしても、なんか柔らかいものに触れてるような。何これ?



「ぁんっ……あ、アキくんっ、いい加減起きて……!」

「んぇ? ……亜金……?」



 寝ぼけてるのかな。亜金が俺のベッドにいる。

 この子はいつも、自分の部屋で寝起きしてるのに……夢、か?



「夢じゃないわよっ。いいから、離して」



 離して、て……あ、ああ、俺が抱き締めちゃってるのか。

 腕の力を抜くと、亜金は飛び起きるように俺から離れた。

 熱かったのか、それとも恥ずかしかったのか。亜金の顔は真っ赤で、ひたいにうっすら汗をかいている。



「ま、まったく。どんな力で抱き締めてくるのよ」

「え、ごめん……?」



 これは俺が悪いんだろうか。

 とりあえずアラームを止めて、俺も起き上がる。

 時刻は6時50分。今から支度しても十分間に合う時間だ。

 亜金はまだ怒っているのか、俺をジト目で見てくる。

 まあ、それはともかく……。



「なんで亜金、俺のベッドにいたの?」

「んぇっ!? あ、あー。それは、そのぉ……」



 クールな亜金が、見るからに動揺している。

 ダメだ、頭が回らない。なんでそんなに動揺してるんだろう。



「ぁー、ぅー……そ、そうっ、寝ぼけていたのよ」

「寝ぼけて?」

「トイレに起きて、寝ぼけてあなたの部屋に入ったの。そしたら、あなたが抱き締めてきて起きれなくて……全部あなたのせいよ」



 あー……なるほど? それは確かに俺のせい……なのか?

 一応、謝っておくか。



「えっと……ごめんな、苦しかったよな」

「だ……誰も嫌とは言っていないわ」

「え?」

「その……ぎゅってされて、嬉しかったから」



 ボソッと呟くと、自分で言ったことに羞恥心を感じたのか、亜金は勢いよく部屋を飛び出して行った。


 なんであの子たち、みんな個性的なのに、みんな可愛いんだ。

 ……起きよ。ゆっくりしすぎて遅刻しちゃう。



   ◆



 放課後。今日は何事もなく学校が終わった。

 いつものような噂話も、今日は少なかった。ゼロではないけど、だいぶマシな方だ。

 みんな揃って、明日からの週末のことで頭がいっぱいみたいだ。

 週末かぁ、俺は何しようかな。


 俺も週末に思いを馳せながら、学校を後にする。

 と……校門の付近で、下校中の生徒が盛り上がっているのが見えた。

 誰かを取り囲んでるのか? 有名人でも来てるんだろうか。



「見て見てっ、すっごく綺麗……!」

「美人……誰かの彼女さんかな?」

「3年のサッカー部キャプテンじゃない?」

「あぁ、あの人イケメンだもんね」

「くそっ、誰だよあんな美女が迎えに来るとか……!」

「勝ち組すぎるだろ」

「前世でどんな徳を積んだんだ……?」



 誰も彼も、中心にいる人のことを話している。

 こんなに囲まれて、迷惑だよな。可哀想に。

 俺も噂話とかされるけど、気分がいいもんじゃない。

 いったい、どんな美人が……ぁ……?



「亜金……?」



 俺の声が聞こえたのか、バッとこっちを見る。

 一瞬だけ顔を輝かせた亜金。だがすぐにクールを装い、俺の方に歩いてきた。

 まさかの待ち人だったのか、周囲の視線が痛い。

 そりゃそうだ。みんなからしたら、噂の浮気男が待ち人なんだから。



「ちょ、ちょっと、あれって……」

「に、虹谷……!?」

「まさかあの人も虹谷の女、だと……!?」

「はぁ!?」

「マジで何人と浮気してんだ、あいつ……」

「最低」

「女の敵」

「クズ」



 言いたい放題言い過ぎじゃないか君たち。



「遅いわよ、アキくん。待ってたわ」

「わ、悪い。それより移動しよう」

「え、ちょっと……!」



 亜金の手を引いて、急いで学校から離れる。

 あぁ、週明けにはまた噂が立つんだろうな……嫌すぎる。

 学校から十分に離れたところで歩みを緩めると、運動不足の亜金は少し息を荒らげていた。



「きゅ、急に走り出さないで。疲れるわ……」

「やかましい。なんで学校来たんだよ、亜金。1人で出歩いちゃダメって、父さんたちにも言われてるだろ」

「子供じゃないのよ。大丈夫よ」



 見た目は完全無欠の美女だけど、中身は世間知らずの箱入り娘なんだから……と言っても、亜金は聞いてくれないんだろうな。



「で、待ってたって言ってたけど、なんで?」

「夕飯を作ろうと思ったのだけど、食材がなくて。買いに行きましょ」

「連絡くれたら、俺が買いに行くのに」

「嫌よ。私がアキくんとお出かけしたかったの」



 ……可愛いこといってくれるじゃん。

 少し言葉に詰まると、亜金は勝ち誇ったような顔で俺の腕に抱き着いてきた。



「それじゃ、放課後デートに行きましょうか」

「……はぁ。わかったよ」

「わかればいいの」



 クールるな表情を崩さず、けど上機嫌な様子の亜金が、ぐいぐい引っ張っていく。

 もっと強く言わなきゃいけなんだけど……惚れた弱みか。



   ◆



「アキくん、今日のお夕飯はどうだった?」

「最高に美味かったよ。特にあの包み焼きハンバーグ」

「当たり前よ。私が作ったんだもの」



 リビングで対面に座る亜金が、手で髪をなびかせながらドヤる。

 確かに美味かった。うん、美味かったけど……。



「もう少し手際がよかったらなぁ……」

「うぐっ」



 時計を見ると、もう日付をまたぎそうだ。

 亜金が料理を作ると、いつもこんな時間になる。

 手伝おうとしても断られるし。



「意外と不器用だよな、亜金って」

「し、仕方ないじゃない。料理なんて、週に1回しかやらないし……」

「でも味は絶品だよ」

「ぅ……ずるい。ふんっ」



 頬を膨らませてそっぽを向かれた。

 けどこれ、別に怒ってるわけじゃないのは知っている。

 樹里と同じで、素直じゃないなぁ。



「ん……時間みたいね」



 亜金の体が淡く発光する。

 もうこんな時間か……片付けは、朝起きたらやるか。

 残り僅かな時間で亜金に近付くと、少しキツめに抱き締めた。



「んぅ……痛いわ」

「でもキツい方がいいんだろ?」

「……ばか」



 亜金が強く抱き締め返してくる。

 変身するまでの間、俺たちはこうして抱き合う。これがいつもだ。

 腕の中の亜金が、変化していく。

 華奢だった体は少しだけ肉付きがよく、そして胸に感じる感じる圧迫感が、今までで1番感じる。

 身長は俺と同じ175センチまで伸び、しかしすぐに猫背になって縮んだ。

 綺麗だった金髪が、ボサボサの黒髪に。

 前髪も長く、片目が隠れてしまうほど伸びる。

 その奥には黒い瞳と、くっきり刻まれたくまがあった。



「おはよう、土萌」

「ぉっ……ぉぉぉぉぉはょ、ごじゃぃ、ましゅ……!」



 おどおど、あわあわ。いつものことながら、目を合わせてくれない。

 彼女は、七色土萌なないろともえ

 土曜日の時の姿である。


 土萌から体を離すと、圧迫されていた胸が解放されて大きく揺れた。

 ……相変わらず、七姉妹で1番でかい。確かJ……だったか。

 亜金がC。それからの変身のせいで、とんでもないことになっている。

 悪いとは思ってる。でも男の子なので、許してください。



「あ、あ、明義殿っ。その……み、み、見られると、はずはずはず……!」

「あ、ごめん」



 さすがに見すぎたか。反省。

 椅子に掛けていたブランケットを、土萌に掛けてやる。

 安心したのか、土萌は少しだけ緊張を解いた。



「そうだ。言われてた新作漫画とゲーム、買ってあるよ。部屋に置いてるから」

「! ぁ、ぁ、ぁりがと、ございましゅ……!」



 満面の笑みを見せて、よたよたと2階へと登っていく。

 土萌は7人の中で、1番サブカル系が好きな子だ。

 雑食でなんでも好きらしいけど、特にBLが好きで……それを買わされに行くことも少なくない。


 もしそんなところ学校の奴らに見られたらと思うと……想像もしたくないな。

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