第3話 七色瑞希

 今日も今日とて、アラームに起こされる朝。

 けど、部屋には俺1人。

 瑞希はもう起きてるらしい。灯織にも見習ってほしいところだ。

 部屋を出て階下へ行くと、キッチンからリズミカルで小刻みな音が聞こえてきた。

 出汁のいい香りが、鼻先をくすぐる。

 匂いに誘われるようにリビングに入ると、キッチンにはエプロン姿の瑞希が立っていた。


 瑞希のエプロン姿に、思わず見とれてしまう。

 と、俺に気付いた瑞希が、ほんわか笑顔を向けてきた。



「あ、おはよう〜。よく眠れた〜?」

「おかげさまで。悪いね、ごはんの準備させちゃって」

「ううん、気にしないで。わたしがしたいだけだから〜」



 いい子すぎて涙が出てくる。



「父さんたちは?」

「もう出たよ〜。朝ご飯も食べないで、忙しいみたい〜」

「ふーん」



 ま、あの人たちが忙しいのはいつもの事か。

 瑞希が料理をしている間、俺もテーブルの上の準備をする。

 といっても、テーブルを拭いたり、炊きたてのごはんを盛り付けたりするだけだけど。



「明義くんは座ってていいのに〜」

「これくらいさせてくれ。任せ切りだと落ち着かない」

「んふ〜。優しいねぇ〜」



 ちょ、頭を撫でるな。恥ずかしいから。

 瑞希は俺のことを子供扱いする節がある。

 誰も見てないとは言え、同い歳の幼なじみに子供扱いされるのは、居心地が悪い。


 瑞希の手から逃れ、一通りテーブルの準備を終えた。

 今日は瑞希特製の肉野菜炒め。

 朝からガッツリだけど、意外とぺろりと食べられてしまう逸品だ。

 瑞希と対面に座り、手を合わせていただきます。

 うーむ、うまい。こう言ってはなんだが、7人の中で1番料理上手だ。

 瑞希の手料理があるから、週の半ばも乗り越えられるってもんだ。


 肉野菜炒めに舌鼓を打っていると、瑞希が「あ」と声を上げた。



「今日買い物に行きたいんだけど、明義くん空いてる〜?」

「まあ、基本暇だけど」

「よかった〜。実は胸がまた成長したみたいで〜」



 と、胸を下から持ち上げる。

 ほうほう、確かにでかく……じゃない!



「あ、朝からそういうことするな……!」

「え〜、いいじゃんか〜。それじゃ〜、夕方に買い物行こうね〜」



 ぐっ……てことは、下着の店に行くってことだよな……?

 別に、これが初めてってわけじゃない。

 他の子とも行ったことがあるし、感想を聞かされたこともある。

 けど、みんな趣味が一緒だからか、同じ店に行くことが多い。

 その結果、何が起こると思う?


 答え。店の人にゴミを見るような目で見られる。


 俺はマゾではない。だから単純に心が痛い。

 3人連続で行った時の、冷えきった目が忘れられない。

 この世の終わりかと思った。



「か、金渡すから、1人で行ってくれるとありがたいんだけど……」

「ダメだよ〜。おじさんたちから、1人で外に出ちゃダメって言われてるし〜」



 そうでした。

 ちくしょう、もう16歳なんだから、1人で歩かせても大丈夫だろ。

 ……まあ、月乃と灯織は確実に迷子になるだろうけど。



「はぁ……わかったよ」

「やった〜、いえ〜い」



 ダブルピースかわいい。

 けど、放課後のことを考えると今から胃に穴が開きそうだ。

 あの店員さん、忘れてくれてるとといいんだけどな……。



   ◆



 はい、ダメでした。

 店に入った瞬間に気付かれた。

 あんなに目が笑ってない笑顔、初めて見たよ……。

 けどそのかいもあって、瑞希は気に入った下着を買えたみたいだ。

 家に帰ってからもご機嫌で、鼻歌まで歌ってたし……瑞希が喜んでくれるなら、結果オーライかな。


 今はお互い、自室で自由時間だ。

 と言っても、俺はやることないので勉強だけど。

 世の中の高校生は、夜遅くまで友達と遊んだりしてるのかなぁ……いいな、リア充。羨ましい。


 ……ダメだダメだ。こんなマイナス思考、考えるのはダメ。

 気を引き締めて、勉強を……。

 と、その時。部屋の扉がノックされた。



「瑞希か?」

「そだよ〜。入るね〜」



 まだオーケー出てないんですが。いいけどさ。

 部屋に入ってきた瑞希は、バスローブ姿だった。

 さっきまで風呂に入ってたのか、頬が赤らんでいる。



「どうした?」

「ん〜。そういえば見せてなかったなって〜」

「え」



 見せてないって……まさかっ。

 俺が止める暇もなく、瑞希はバスローブの紐を緩める。

 そして現れたのは、瑞希の美しい裸体だった。

 正確には、水色の下着を身に付けているけど。


 瑞々しく、美しい白い肌。

 長い手足に極上のくびれ。

 それらが脇役になるくらい、艶かしい胸と腰周り。

 かわいいフリルがふんだんにあしらわれた下着が、俺の目には大人っぽく映る。



「どう? かわいいでしょ〜」



 くるりと回って、背中からも見せ付けてくる。

 綺麗な背中にはシミひとつない。

 若干くい込んでるパンツのせいで、尻の肉がはみ出してる。

 正直……やばい。来るものがある。



「か……かわいい、です」

「ふふん。でしょ〜?」



 いちいち艶かしいポーズ取らないで。

 瑞希って、見た目も性格もおっとりなのに、こういうことに関してはぐいぐい来るんだよな。

 1週間のストレス爆発って感じだ。

 瑞希はバスローブを肩に羽織ると、俺の横に座って肩を寄せてきた。



「な、なんだよ」

「なんだよってことはないでしょ〜。わたしたちって、明義くんと触れられるの、1週間も我慢させられるんだしさ〜」



 つつー……指先で太ももを撫でてきた。

 こ、これっ、くすぐったいから嫌いなんだけど……!

 瑞希から少し体を離す。

 けど、すぐに体を寄せてきた。



「ね〜ね〜、欲情した〜?」

「し……してない」

「あはは〜。相変わらず嘘が下手だね〜」



 やかましい。こんな状態で欲情しない方が無理だろ。



「ふふふ〜。それじゃあ、お楽しみタイム……ふぇ……」

「ん? 瑞希、どうし──」

「へぶしっ!!」



 …………。

 こ……こいつ……顔面に鼻水飛ばしやがった……。



「お、ま、え、なぁ……!」

「いだだだだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜!」



 こめかみを両拳でぐりぐりする。

 調子乗るからこんなことになるんだよ、アホ!



「ったく……風呂入る」

「あ、ならお背中流しましょうか……?」

「いらん。暖かくして寝ろ」

「そんなツンツンしないでよ〜。──あ」



 あ。

 瑞希の体が発光している。

 気付くと、もう日付が回っていた。



「ま、待って待って。まだ今週分のキスしてない……!」

「すまん、鼻水まみれでする気起きない」

「そんなぁ〜……!」



 瑞希は目に涙を浮かべるが、変身には抗えず。

 薄い水色の髪は黄緑色で、インナーカラーが緑に。

 ミディアムヘアーはセミロングに。

 タレ目は猫目になって、瞳は綺麗なエメラルドグリーンに変わる。

 そして何より、胸が更に成長した。

 確か瑞希はE。しかしこの子は、Gだったはず。

 今にもこぼれ落ちそう。やばいですよこれは。



「んぉ? もうウチの日か。お、アキ。ちーっす」

「ああ……おはよ、樹里」



 彼女の名前は、七色樹里なないろじゅり

 一見、サバサバしてそうな見た目と性格だが……。



「樹里、下見て下」

「え? ……きっ……きゃああああああ!? な、何これっ、これ何ぃ!?」



 自分の格好に驚いた樹里が、可愛い悲鳴を上げてへたり混んでしまった。

 この通り、結構な恥ずかしがり屋である。



「み、瑞希のばかやろう……! おおおお女の子がっ、男の前でこんな格好するんじゃねぇ……!」

「怒るのもいいが、部屋行って服着なさい」

「言われなくてもわかってるし……!」



 樹里はバスローブで体を隠し、ドタバタと自室へ戻って行った。

 本当……性格が正反対で面白い子たちだなぁ。

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