第2話 七色灯織

 火曜日、朝。

 スマホのアラームに起こされ、重いまぶたを開く。

 けど、重いのはまぶただけじゃない。

 体にのしかかる重さに若干の不快感を覚えつつ、布団をめくる。



「しゅぴぃ……くぅ……」

「ああ……やっぱりか」



 薄暗い中でもわかる、長い赤毛。

 俺を布団代わりにして寝ているのは、灯織だった。

 俺が起きてるのに気づいていないらしく、灯織はよだれを垂らして爆睡している。


 彼女は七色灯織。

 曜日ごとに身体特徴や性格が変わる超特異体質を持っており、火曜日はロリっ子になる。

 因みに月曜日月乃は、便宜上元気っ子と呼んでいる。

 やれやれ。

 苦笑いを浮かべつつ、灯織の肩を揺らした。



「灯織、朝だぞ」

「くぅ……むにゃ……?」



 あ、起きた。今日はすぐ起きてくれたな。いつもは爆睡なのに。

 起きた灯織はゆっくり起き上がると、俺の上に座る。

 まだ眠いのか、まぶたが今にも閉じそうだ。



「んぐぅ〜……! ぷはっ。あーちゃん、おはよ〜……」

「はい、おはよう」



 頭がカックカク揺れている。

 灯織は7人の中で、1番のお寝坊さんだ。

 かわいいしずっと見てたいけど、いい加減起きてもらわないと俺が困る。

 灯織を抱きかかえ、布団を剥がす。

 今はまだ5月の上旬。外の空気は若干ひんやりしている。

 いきなり寒くなったからか、灯織はひゃっと悲鳴をあげた。



「あーちゃん、寒い……!」

「わざとだからな。ほら、起きろ」

「うぐぅ……! 意地悪さんめ……!」



 さすがに目が覚めたのか、灯織は起き上がって服のよれを直す。

 月乃の時に着てた服だから、かなりだぼだぼだ。

 それもそのはず。

 月乃は身長163センチ。対して灯織は、145センチだからな。


 制服を手に、灯織と一緒に1階の洗面所へ向かう。

 ちょうどその時、父さんと母さんが玄関にいるのが見えた。



「父さん、母さん。おはよう」

「おはよーございます!」

「ああ、明義。灯織ちゃん、おはよう」

「おはよう、2人とも。ごめん、母さんたち、もう出るから。戸締りとかよろしくねっ」



 相当急いでるみたいだ。仕事が忙しいのだろう。

 何を隠そう、2人は医学系の研究者で、今は灯織の体について研究している。

 いつの日か新薬を作ることが目標なんだとか。

 それじゃあ、灯織が病気だと言ってるみたいで、俺は気に入らない。

 本人はまったく気にしてないみたいだけど。


 2人を見送り、俺たちは洗面所に並んで身支度を始めた。



「おじさんたち、忙しそーだね」

「仕方ないさ。そういう仕事だからな」

「でもアタシとしては、その分あーちゃんと2人っきりだから嬉しいけどっ」



 にぱっと笑顔を見せる灯織。

 いきなりかわいいことを言われて、思わず顔を逸らしてしまった。



「あーちゃんって結構わかりやすいよね。そういう所も好きだけど」

「からかうな」

「からかってないもん。事実だもん」



 言葉がストレートすぎて、反応に困る。

 身支度と着替えを終えた灯織は、2つのリボンを俺に手渡した。



「とゆーわけで、いつもどーりよろしく」

「はいはい」



 灯織はウキウキと俺の前に立つ。

 用意するものは櫛のみ。

 綺麗で、おしりまで伸びている長い赤毛に櫛を通す。

 相変わらず癖がない。綺麗なものだ。

 頭の半分ずつで髪を分け、梳きながらリボンでまとめる。

 はい、ツインテールのできあがり。



「えへへっ。ありがとー」

「ああ。かわいいよ」

「とーぜんです、むんっ」



 ない胸を強調するように張る。

 こういうところも、ロリっぽいよなぁ。いやまあ、見た目は完全にロリだけど。



「今、しつれーなこと考えた?」

「ぺったんこだなと」

「ちっがうし! 他のみんながでっけーだけだし!」



 こらこら、地団駄踏むな。

 暴れる灯織を抱き上げ、洗面所からダイニングへ向かう。

 母さんが出かける前に用意してくれたのか、テーブルには朝飯と弁当が用意されていた。

 ごはんに味噌汁、納豆、焼き鮭、サラダ。

 朝早いのに、ありがたい。



「おーっ、おいしそー……! あーちゃん、早く食べよっ」

「そうだな。それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」



 対面に座る灯織は、ごはんをかきこむ。

 そんなに慌てなくても、ごはんは逃げないって。

 味噌汁で体を温め、テレビを付ける。

 特に何もないけど、我が家ではご飯の時はテレビを付けるのが普通だ。習慣というべきか。



「んーっ、うまー……!」

「灯織、頬に米粒ついてるぞ」

「んぇー? 取ってー」

「仕方ないな……ほれ」



 頬についている米粒を取ってやる。

 と──。



「あむ」

「あ」



 こ、こいつっ、俺の指咥えやがった……!

 舌を使って、米粒を取る。

 だがまだ口を離さず、あむあむと指を甘噛みしてきた。

 ちょ、待っ、くすぐったい……!



「やめっ、離しなさいっ」

「ちゅぽんっ」



 ちょっとやらしい音を立てて指が解放された。

 灯織は唇を舐め、意地悪そうににひっと口角を上げる。



「何さ、今更恥ずかしがってるの?」

「う、うっせ」



 急にされると恥ずかしいの。わかれ。

 俺の反応に満足したらしく、灯織はまた朝ご飯にがっついた。

 はぁ……朝から疲れる。楽しいけどさ。



   ◆



「んあぁー! かよーが終わるー!」

「こら、暴れない」

「あぶっ」



 布団の上で暴れる灯織の頭を掴む。

 もう日付が変わる時間だ。近所迷惑になるでしょうが。

 ……まあご近所も庭のおかげで、遠いんだけどさ。

 けど灯織は満足してないらしく、布団の上を回転して俺の手から逃れた。



「うぅ。はやいよぅ……寂しーよぅ……」

「そうならないように、めいっぱい甘やかしてるつもりなんだけど」

「甘やかされてるから、その分離れるのが寂しーの! わかれ!」

「あ、はい」



 くそ怒られた。女心、難解すぎる。

 灯織は起き上がると、涙目で俺に抱きつく。



「あーちゃん、アタシのこと忘れないでね?」

「忘れないよ」

「絶対だよ? 約束だよ?」

「もちろんだ」

「じゃ、おやすみのちゅーして」

「はいはい」



 灯織のことを抱きしめ、触れる程度のキスをする。



「うむぅ……アタシとしては、ディープな方がいーんだけど」

「また1週間後な」

「ちぇっ。あーい」



 次の瞬間。昨日と同じように、灯織の体が発光する。

 昨日とは変わり、急激に身長が伸びるて、体つきが大人っぽくなる。

 おしりまで長かった赤毛は、薄水色のミディアムヘアに。

 勝気な目はタレ目になり、瞳は青くなる。

 彼女は水曜日の姿。名前は、七色瑞希なないろみずきだ。



「ぷはっ〜。明義くん、おはよ〜」

「おはよ、瑞希。よく眠れた?」

「うんっ。しっかり眠れたよ〜」



 おっとりな見た目通り、喋り方もおっとり気味だ。

 瑞希はえへーと笑うと、ゆっくり俺に近付いてきた。



「おっと。待った」

「ん〜? どうして〜? わたしも明義くんと触れ合いたいんだけど〜」

「下見て、下」

「下〜? ……ぁ……」



 自分の姿を見て、瑞希の顔は急激に赤くなった。

 そう。今の瑞希は、さっきまで灯織が着ていた服を着ている。

 つまり、灯織にぴったりな服のまま成長するってことで……。

 体に合わせて引き伸ばされた服によって、胸もおしりもパツパツ。

 体のラインが完全に浮き出していた。



「ひっ……ひにゃぁ〜……! ひ、灯織ちゃんっ、変身する時は考えて服着てよ〜……!」



 自分の体を抱きかかえ、瑞希は飛び出すように部屋を出ていった。

 俺が注意すればいい話だけど……ごめん。結構楽しみにしてる俺もいるんだ。

 だって、男の子だもん。

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