曜日別彼女 〜7人の女と浮気していると噂されています〜

赤金武蔵

第1話 七色月乃

 人は目に見えるものしか信じない。

 幽霊だって、UFOだって。

 昔は怖がっていたものが、今ではエンタメの一部になっている。

 そんな消費エンタメが多い中で……俺の噂は、いい話の種になっていた。



「ねえ、聞いた? 虹谷って複数の女の子と付き合ってるんだって」

「聞いた聞いたっ」

「俺、あいつがロリっ子と歩いてるの見たぜ」

「私はギャルと歩いてるの見たわよ」

「え? 俺、エロ可愛いお姉さんと歩いてるの見たけど」

「いったい何人と浮気してんだ……?」



 廊下を歩くだけでこれだ。

 噂をまとめると、こうなる。


 ──虹谷明義にじたにあきよしは、浮気をしまくっている。


 耳に届く話し声に、心底嫌気がさす。

 俺を見てくる視線は、ゴミを見るようなものばかり。

 俺が何を言っても、信用されないんだろうな。

 そっとため息をつくと、ヘッドホンを耳に当てて足早に学校を後にした。



   ◆



 学校を出た俺は、真っ直ぐに家に帰宅した。

 特に行く場所もないし、家が1番居心地がいい。

 塀に囲われた少しばかり庭が広いのが特徴で、外観は純和風。

 一見して古いイメージだけど、広くて住み心地はいい。

 おかげでのびのびと成長できた。両親に感謝だ。

 共働きの両親は、昼間は家にいない。

 俺は一人っ子で、誰にも家にいないが……俺は、チャイムを鳴らした。

 ドタバタドタバタッ!

 中から騒がしい音が聞こえてくる。

 そして──バンッ! 扉が勢いよく開いた。


 飛び出してきたのは、元気いっぱいの美少女。

 大きな目を爛々と輝かせている。

 綺麗な栗毛のショートヘアーを踊らせて、勢いよく俺に飛びついてきた。



「おかえり!」

「ただいま。いい子にしてたか?」

「うん! 明義に言われたとおり、いい子してた!」



 胸元に頭を押し付け、擦り付けて来る。

 まるで自分の匂いを付けようとしている犬みたいだ。

 彼女は七色月乃なないろつきの

 幼なじみで……俺の彼女である。

 今はとある事情でうちが預かっており、通信制高校に通っている。


 月乃と家に入る。

 内装は、外観と同じく純和風。

 父さんが和風が好きで、趣味に全振りした結果らしい。



「明義、暇っ。遊ぼ!」

「宿題は終わったのか?」

「日曜日にやる!」

「後回しにするんじゃありません」

「あぅっ」



 でこぴんがいい感じに決まった。

 結構痛いのか、月乃は目に涙を浮かべた。



「うぅ。DV、いじめ、虐待だぁ……!」

「やかましい。俺も宿題あるし、一緒にやるぞ。課題、持ってきなさい」

「ちぇーっ」



 俺と月乃の部屋は2階。それぞれ10畳の部屋を貰っている。

 けど、宿題をやる時は、大抵俺の部屋だ。

 制服から部屋着に着替えていると、月乃はもう準備できてるのか、パソコンとノートを持って俺の部屋に来た。



「もー、勉強つまんなーい」

「わかるけど、将来のためにやるしかないでしょ」

「ボクに将来なんてあるのか、疑問だけどね」

「不穏なこと言うな」



 てへ、と舌を出す月乃。

 まったく、この子はすぐそういうことを言う。

 広めの座卓に、横並びで座る。

 月乃はパソコンを操作し、いくつかの課題を画面に映し出した。



「月乃は英語か」

「うい。明義は?」

「数学。苦手なんだよな……」

「なら教えてあげよっか?」

「黙れ万年赤点」

「クリティカル!」



 余程刺さったらしい。

 倒れるように胸を抑え、俺の太ももに頭を乗せてきた。



「寝るなよ」

「慰めて」

「は?」

「明義の言葉に深く傷つきました。慰めて」



 事実を突きつけただけで何言ってんだ。

 けど無視し続けると拗ねられるし……仕方ない。

 月乃の頭に手を乗せて、ゆっくり、愛でるように撫でる。

 彼女は撫でられるのが好きらしい。

 口角が上がり、頬が紅葉を散らしたみたいに赤らんでる。



「……月乃、ごめんな」

「何が?」

「いつも1人で留守番させてさ。学校、行きたいだろ?」

「そうでもないかなー。ボク、学校嫌いだからさ☆」



 そんな爽やか笑顔で悲しいこと言わないで。

 横向きで寝ている月乃は仰向けになると、俺の頬に手を伸ばした。

 フェザータッチ。こそばゆく、心地いい。



「ボクは明義がいればいいの。他はいらないよ」

「そ……そっか」



 月乃の言葉に、顔が赤くなる。

 嬉しいけど、恥ずかしい。こんな真っ直ぐな言葉、ずるいだろう。



「あー、照れてる?」

「照れてない」

「明義、かわいい」

「かわいくない」



 その後もかわいい、かわいくないの問答がしばらく続く。

 と、どちらともなく笑いが込み上げてきた。

 こういうなんでもない時間が愛おしく、ありがたい。

 月乃は飛び跳ねるように起き上がり、むんと力こぶを作った。



「んよっし! イチャイチャ充電完了!」

「じゃ、勉強タイムだな」

「……やっぱりもう少し充電を……」

「月乃」

「うぐっ。わ、わかったよぅ。そんな怖い顔しないで」



 こうでもしないと、いつまで経っても勉強しないだろ。

 膨れっ面で課題に取り組む月乃を横目に、俺も自分の宿題に向かう。

 なんでもないようなこういう時間が、俺は結構好きだったりする。

 それに、多分月乃も。

 会話を混じえ、たまにイチャつきながらも、俺たちは宿題を終わらせたのだった。






 その日の夜。

 日付が変わるまで、あと5分ほど。

 部屋でスマホをいじっていると、扉がノックされた。

 いつもの時間通りだ。

 返事をすると、月乃が扉の隙間から顔だけ覗かせた。



「明義、起きてる?」

「起きてるよ。入っておいで」

「おっじゃまー」



 入ってきた月乃は、当たり前だが寝間着だった。

 薄ピンク色のワンピースタイプ。背中にはでっかく『年中ニート』の文字が。

 なんでそれをチョイスした。

 月乃は、対面で俺の膝の上に座る。

 下から見上げてくる焦げ茶色の目が綺麗だ。

 と、急に腕を大きく広げてきた。



「明義、ハグぷりーず」

「おーけー」



 潰さないよう、慎重に、優しくハグをする。

 満足気な月乃は、体を預けて俺の胸元で深呼吸を始めた。



「すーーーー……はぁーーーー……やっぱ明義、いい匂い」

「風呂入ったからな」

「ちがう。明義の匂いがする」



 恥ずかしいからやめれ。

 深呼吸すること数分。月乃は満足したのか、俺から顔を離した。



「ん、ありがとっ。これでまた1週間我慢できる……!」

「……悪いな、我慢させちゃって」

「気にしないでよ。もう慣れっこだからさ☆」



 日付が変わるまで、あと1分。

 月乃はニカッと笑顔見せると、俺の頬を両手で包み込んだ。



「そんじゃ、明義。また1週間後ね」

「……ああ、それじゃあ」



 少し寂しそうな顔をする月乃は、ゆっくりと顔を近づけ……優しく、触れるようにキスをした。

 そして──日付が変わる。

 次の瞬間、月乃の体が淡く発光すると、体のシルエットが変化していく。


 身長が縮み、胸が縮み。

 栗色のショートヘアーは、おしりまで長い赤色のロングヘアーに。

 焦げ茶色の瞳は、髪色と同じ赤に変わる。

 光りが収まっていくと、16歳の年相応の体が、完全にロリ体型へと姿を変えた。



「あーちゃん!」

「おはよ、灯織、、

「うんっ、おっはよー!」



 灯織は俺に飛びつくと、腕だけじゃなく脚も使って抱きついてきた。

 相変わらず、体全身で感情を表現する子だ。

 彼女の名前は、七色灯織なないろひおり

 七色月乃の、火曜日の姿、、、、、


 そう、彼女は7つの人格を持つ、多重人格者。

 しかしそれだけじゃない。

 生まれながらにして、曜日ごとに体が変化するという……超特異体質の持ち主である。

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