第44話 朝月夜

「・・・キス、気持ちいい?」


夢中になって颯の舌を追いかけていたら、唇を離した彼が尋ねてきた。


回らない思考でこくこく頷けば、目を細めた彼が額に唇を触れさせる。


「いい子」


「いっぱいしてあげるから、早く慣れてね」


膝から力が抜けていくのを悟った颯が、腰に回した腕の力を強くした。


つま先が宙に浮いて、そのまま真後ろのソファの上に下ろされる。


膝立ちの颯が、頬を覆う髪を掬って肩へと流してくれた。


手のひらの温度が心地よくて目を閉じれば瞼にもキスが落ちる。


どうしてこんなに気持ちいいことを今まで知らずに生きて来たんだろう。


ふわふわになった頭と身体はそのすべてで颯の熱を覚えたいと訴えている。


項を撫でた彼が唇を啄んで、目を細めた。


「ちゃんと二人きりになれたらしたいことがあったんだ」


「ん・・・・・・なに?」


「梢のこと、抱っこさせて」


「え、やだ!」


抱っこってあの抱っこか?


親が小さい子供にするようなそれを頭に思い浮かべて絶対無理だと即座に否定すれば。


「うん、そういうと思ったよ」


あっさり頷いて引き下がった颯が、ひょいと膝裏を掬い上げた。


「だから、もう好きにする」


ごめんね、と悪びれずに呟いて、反論をしようと口を開いた梢のそれに噛みつくようなキスを落とした。


忍び込んできた肉厚な舌がさっきよりも大胆に梢の舌先を絡め取る。


覚えたばかりの心地よさを反芻するようにざらついた表面を舐められて、もどかしさで膝を擦り合わせてしまう。


満ちて溢れた愛しさは、ちゃんと身体を芽吹かせていた。


駄目だと思うのに、潤んだ太ももの奥に意識を向けてしまう。


経験は無くても、知識だけはいろんな場所から入って来たのでこの先に起こることだってちゃんと理解している。


颯はどんなに好き勝手に振舞っても、梢の気持ちを置き去りにすることだけはしないだろう。


だから腰を撫でる手のひらは、それより先には動かない。


息苦しくなった梢を甘やかすように離れた舌が、二人の隙間で生まれた銀糸をぺろりと舐めとった。


さっきまで目の前のそれに口内を弄られていたのだと思うとゾクゾクした。


触れてほしいと乞えば、きっと彼は望み通りにしてくれるだろう。


誰も知らないその場所に他人を受け入れることへの恐怖よりも、期待と興奮のほうが勝っているこの状況自体、もう異次元だ。


いけないことにときめきを覚えてしまう人の気持ちが初めて理解できた。


自分のすべてで彼のものになる未来は決まっているのに、一足飛びにたどり着けないことがもどかしい。


颯が結婚を急いたのもわかる気がする。


唾液で光る唇を何度も啄んで、頬を撫でる手のひらをそのままに颯が視線を合わせてきた。


こんな状態でもまだ理性的な色を湛えてい眼差しに、潤んだ瞳を覗き込まれると恥ずかしさでいっぱいになった。


「心配しなくても、ちゃんとバージンロードは歩かせてあげるよ」


「・・・・・・どういう・・・意味・・・」


「挙式が終わるまで、最後まではしない」


アパートで一緒に暮らしていた同居人たちは、まるで夢物語を語るかのように清らかなままでバージンロードを歩きたかったと話していた。


本当の意味で純白のドレスが似合うのは、ユニコーンに愛された乙女だけだと真顔で話していたのは誰だっただろう。


”あんな家”で育ったが故に逆に凝り固まった固定観念を持ち続けていた梢である。


今更必死になって守る貞操でもないが、どうせならあの時彼女たちが語った夢を現実にしたかった。


白いヴェールに守られて無垢なまま彼のもとに嫁ぎたい。


「・・・・・・・・・」


黙り込んだ梢の眉間にキスを落として、颯が囁いた。


「でもきみが望むなら、気持ちいいことは教えてあげる」


「・・・・・・・・・っ」


誘いかけるように背中を撫でた手のひらが脇腹を擽ってきわどいラインを辿った。


ぎゅっと颯の首に腕を回してしがみつく。


砂糖まみれの誘惑に抗うすべなんて持ち合わせていない。


「・・・こーず?」


彼だけが呼ぶ柔らかい呼び名と共に、自分で選んでいいよと言外に告げられて、震える声で彼の耳に告白すれば。


「・・・・・・甘えるの上手くなったね」


吐息で笑った颯がそっと唇を啄んだ。











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