第45話 落ち椿
「梢、お前熱あるんじゃねぇの?」
リビングでテレビを見ていた梢の顔を覗き込んだ永季が額に手を押し当てて来たのは昨日の夜の事。
ちょっと身体が怠いなとは思っていたけれど、まりあへの引継ぎと、マニュアル作成で遅くまで会社に残っていたし、ここ最近遅くまで颯と電話をしていて寝不足のせいだと思い込んでいた。
「んー・・・大丈夫」
「いや。熱あるぞ。明日もっと上がるな。舞子さんに早めに来て貰うように言っとくか」
「え?いや、上がらないし、お風呂上りのせいだから・・・あ、永季兄さん舞子さんに連絡しなくていいってば」
早速スマホを取り出してメッセージを送ろうとする永季を抑え込んで、平気だ大丈夫だと騒いでいると、風呂上りの有栖川がリビングに入って来た。
「なんだなんだ、兄弟でじゃれあって。父さんも入れてくれ」
「梢熱ある」
「え?ほんとに?梢、ちょっとオデコこつんてしてみろ」
「しないってば!そんなやり方で熱計るのお父さんとお母さんくらいだからね!?」
有無を言わさず大きな手のひらが伸びて来て、真顔の有栖川が額をぶつけてくる。
湯上りの父親の体温が高すぎて、自分が発熱中なのかすら分からない。
顔を顰めて突っぱねた梢の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、有栖川が心配そうに眉を下げた。
「舞子さんに連絡しようか」
「いま永季兄さんにしなくていいって言ったところだから!」
珍しく大声を上げた梢に気づいた垂水が廊下からリビングを覗いてきた。
「どうしました?お嬢。なんです三人揃って珍しい」
「梢が熱あるんだよ」
「え!?そりゃいけませんね!舞子さんに連絡・・・」
「だから、しなくていいってば!薬飲んで寝ます!」
解熱鎮痛剤は部屋にもあるし、喋れるし歩ける。
問題なしと訴えるも、心配顔の男三人は顔を見合わせて難しい表情になった。
「いや、でも明日の朝俺ら早いから、やっぱり舞子さんに連絡しとこう」
お嬢薄着じゃありません?と心配そうな垂水が、ダイニングの椅子の背に引っ掛けてあるブランケットを持って来て梢をくるみこんだ。
「ああ、そうしてくれ。垂水、氷枕の場所分かるか?」
有栖川の言葉に頷いて、念の為だ、念の為、と永季がさくさくメッセージを送信してしまう。
「いや、俺にはちょっと・・・あ、西代さんなら・・・って仕事中だわ・・・月見山知ってるかなぁ」
「待ってみんな大げさだから、ちょっと怠いくらいだから、もう寝ます、ほんとに大ごとにしないでお願いだから!子供じゃないんだからね!?」
「いやでもお前熱出したら一気に高熱になるから、なあ?」
「ええそうですよ」
「ああそうだよ」
永季の言葉に垂水と有栖川が真剣に頷いて、ああこんな顔を何度も見てきたなとしんみりする。
梢が有栖川家に引き取られてから、環境の変化についていけずに何度か熱を出して寝込むことがあった。
そのたび舞子が付きっきりで看病してくれて、有栖川の妻が一時間おきに様子を見に来て、まりあがお見舞いの漫画とお菓子を手に大急ぎで帰って来てくれた。
父親たちも代わる代わる梢の部屋にやって来ては、枕もとにジュースやゼリーや魔よけのお札やお守りやと置いて行って、舞子が祭壇じゃないんですからね!と小言を零すのが常だった。
有栖川家での生活に慣れるにつれて、熱を出す回数は次第に減って来て、年に一度か二度寝込む程度になった。
大人になってからは、熱が出ても隠すことを覚えて、平気なふりをして会社に出社して永季にバレて家に強制送還されたことが何度もあった。
ぶっきらぼうでデリカシー皆無の永季が、梢の顔色一つで発熱を見抜いてしまうことがどうにも解せなくて、けれど嬉しかった。
そしてそれは何年経っても変わらない。
ああ本当にここは天国みたいな場所だった。
薬はあるのか?欲しいものはないか?と再三訊いてくる三人に、なにもございません、おやすみなさい、と伝えてベッドに潜り込んで、目覚めると、世界が一変していた。
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焦がれるように愛されたい ~天邪鬼女子と腹黒策士のやんごとなき婚活事情~ 宇月朋花 @tomokauduki
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