第40話 小夜

彼が手にしている花束は、赤いチューリップで埋め尽くされていた。


潔いまでに赤一色である。


これが薔薇だったら、ちょっと妬いたかもしれない。


仕事柄花束を贈ったり贈られたりすることに慣れている彼である。


さあどんな切り替えしが来るんだろうと意地の悪い笑みを浮かべて待ち構えていたら。


「・・・・・・・・・有栖川家のお嬢さんに」


予想の斜め上の返事が返って来た。


「え?・・・・・・・・・」


有栖川家に娘は今のところ梢一人しかいない。


「・・・・・・冗談?」


聞かれたくない相手なのだろうかと首を傾げたら、真顔になった颯が梢の腕に抱えていた花束を押し付けて来た。


いつもスマートな所作の彼にしてはらしくない、いささか乱暴な仕草に、驚きつつ花束を受け取る。


「え?」


「仕事の後で、家に行くつもりだったんだ。まさかここで会うとは思わなかったけど・・・・・・ねえ、俺たちもう運命じゃない?」


照れたように笑った颯が、花束を抱えた梢を満足そうに見つめている。


軽く20本はあるだろうチューリップは結構な重さでしっかり抱えていないと落としてしまいそうだ。


「な、なんでチューリップ?それも赤いのばっかり・・・・・・」


「有栖川に話して、そっちの親戚への根回しは頼んであるから。そろそろ頃合いかなと思って。チューリップは好きじゃない?」


「ううん・・・そんなことは無いけど・・・・・・え、今日お父さんと永季兄さんたちが親戚の集まりに参加してるのってなんか関係があるの?」


「ああ、うん、大いにあるね。そうか、もう動いてくれたんだ。早かったな」


助かるよと目を眇めた颯が、綻んだ赤いチューリップの花びらをそっと撫でた。


その優しい仕草にドキンと心臓が跳ねて、待ちかねるように視線を揺らしてしまう自分が悔しい。


「赤いチューリップの花言葉はね、愛の告白。俺からきみに贈るならまずはここから始めないとと思って」


「・・・・・・え」


伝えられた赤いチューリップの意味に、一気に花束の重みが増した。


ぐっと踏ん張るように足に力を入れて、颯を見つめ返す。


「あの時の告白をもう一度やり直してくれるなら、俺は今度こそ全力で梢を幸せにする。好きだよ」


「・・・・・・・・・そ・・・れは・・・・・・傷つけた罪悪感・・・から、では、なく?」


「謝罪ならもっと別の方法で簡潔に済ませるよ」


「・・・・・・私、あの時は本当に、一目惚れで、勢いだけで、颯のことよく知りもしないで、知らないから言えたっていうのもあるんだけど・・・・・・」


「じゃあ、俺を知って嫌になった?」


「・・・・・・・・・ならない」


「うん。そうだよね。だから梢は俺に本当の意味では噛みつけない」


「・・・そんなことは・・・ない、よ」


「ならずっと俺の側に居て、本気で噛みつけるんだって教えてよ。あの時感じた運命が本物だって証明してあげるから」


「・・・・・・・・・違うって先に弾いたの颯でしょ」


好きだ、この人だ、という直感だけに従ってぶつかって、秒で振られて、そこから始まった二人だった。


その出会いが運命なら鐘が鳴る、と教えてくれた同居人の言葉をただただ素直に信じて、泣かされた。


でも、あの日からずっと、心は颯に預けたままだ。


「それは、本当にごめん。だから、必死に追いかけたし、きみからの甘噛みにも付き合った。お見合いを一個ずつ潰すのは、結構骨が折れたよ。俺だけじゃなくて虎島のね」


「こんな私にうんざりしない?」


「最後まで付き合うから、噛みついておいでって言ってる」


「颯が、望むような・・・・・・恋しがり方は・・・・・・たぶん、出来ないけど」


彼が梢に何を望んでいるのか、本当のところは分からない。


けれど、颯のこれまでの経験と人生を思えば、それは想像に難くないし、梢にとってはかなりハードルが高いことも悟れる。


「それは、これから俺が全部教えてあげる。梢はきっと最高に可愛い奥さんになれるよ」


「うん・・・・・・・・・うん?」


頷いて、あれ?と首を傾げたら。


「だから俺と結婚してください」


お付き合いしてくださいではないフレーズが聞こえてきて、瞬きを一つ。


「え?」


「どうして驚くの?最初に俺にプロポーズしてくれたのは、梢でしょ?」


もうそのつもりでみんな動いてるからいいよね、と笑った彼を見上げた瞬間。


遠くから教会の鐘の音が聞こえて来た。


それはまるで運命を告げるように。

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