第41話 玉響
有栖川はもともと幸徳井を陰日向に支えて来た一族である。
勘解由小路よりも幸徳井と有栖川の縁のほうが深いのは、両家の間で何度か婚姻関係が結ばれてきたからだ。
今回もめでたく有栖川の一人娘が幸徳井の跡取りに嫁ぐことが決まって、有栖川の親族としては弥栄の喝采を上げたいところ、かと思いきや、実際のところはそうでもなかった。
梢は、有栖川の実子ではない。
もっと言えば、有栖川とは縁もゆかりもない、顔も名前も分からない女が一人で生んだ子供である。
母親がこの国の生まれかどうかすら怪しい娘を有栖川の長女として幸徳井に嫁がせることを親戚一同は当然ながら良しとはしなかった。
有栖川が本家ではなく分家筋であることも加えて、今はもう幸徳井とのつながりが殆ど残っていない本家の人間たちがここぞとばかりに、有栖川の娘なら本家にもいるぞと名乗りを上げて来たのだ。
これらを一切合切蹴飛ばして黙らせて、梢に傷一つつけることなく幸徳井家へ嫁がせることが、颯から有栖川に下された最大のミッションだった。
向こうでどんなやり取りがあったのかは定かではないが、最終的にごねられたら颯が直接直談判に向かう手はずは整えてあったが、その切り札を出すことなく事態は一応の終息を迎えた、らしい。
永季が疲れたとげっそりした顔で執務室に顔を見せたところから察するに、それなりの修羅場があったようだが、まあ丸く収まったようで何よりである。
颯としては、梢の了承を得るのにもう少し時間が掛かるかと思っていたが、花束を受け取った後、プロポーズの直後に梢が急に泣きじゃくって、お嫁に行くと言ってくれたのだ。
どう説得して頷かせようかとあれこれ考えを巡らせていた颯は、肩透かしを食らって驚いたが、それ以上に嬉しかった。
勢いでも、なんでもいい。
梢が自分の口から、お嫁に行くと言ってくれたのだから。
幸せ気分絶好調のまま、甘ったるい婚約期間に突入したいところではあったのだが、生憎幸徳井の仕事も、幸徳井の親族との話し合いも残っていて、渋々颯は梢を残して出張に出かけることになった。
有栖川に、梢の了承を得たのだから早々に同居を始めたいと申し出たにも拘わらず、彼は頑として首を縦に振らなかった。
嫁に出すまでは有栖川家で暮らさせます、と満面の笑みで言い放った瞬間の、有栖川の嬉しそうな表情をきっと颯は一生忘れないだろう。
側で見ていた永季は二人のやり取りにゲラゲラ笑って、ドラマみてぇと大喜びしていた。
仕方なく同居は籍を入れるまで待つことにして、外泊許可くらいはもぎ取ってやろうと挑めば、聖人君子の幸徳井さんですから、結婚前のお嬢さんを夜中まで連れ回したり、ましてや朝帰りなんてさせませんよね?と、姉代わりのまりあがしゃしゃり出て来て、結局日帰りデートの承認しかもぎ取ることが出来なかった。
カレンダーの直近の吉日を探して、とっとと籍だけ入れられるならばそうしてしまいたいが、幸徳井という名前を背負って立つ以上、入籍日は慎重に選ぶ必要があって、久しぶりに那岐を呼び出して二人の生年月日から、ありとあらゆる良縁日を占わせた。
吉方位から子作りに最適な日にちまで割り出された時には、生殺しの自分へのイヤミかと睨みつけたが、将来の事も考えて上がって来た結果のすべては大切に記録してある。
結婚後は、颯の妻として動くことが多くなる梢には、申し訳ないが有栖川警備から離れて貰う必要があり、彼女が担当していた事務仕事や、有栖川の秘書的サポートの役割は、まりあが主軸となって担うことになった。
手が足りない部分は、有栖川警備に長く勤める清掃員の一人娘がおめでたで退職が決まったばかりらしいので、時短勤務でサポートに入ることが決まっている。
色んなことが前に進み始めて、一気に梢の回りも慌ただしくなった。
こういう時こそそばにいてやりたいと思うのに、少しも余裕のないスケジュールが心底恨めしい。
『もしもし?颯?写真見たよ。あんなおっきいタヌキどこにいたの?』
駅について改札を抜けたところで見つけたこの町のご当地キャラクターらしいタヌキを写真に収めて送ったら、梢から楽しそうな声で電話が架かって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます