第14話 晴夜

いそいそとスマホを取り出す頼れる家政婦の楽しそうな姿にげんなりする。


「ちょっと舞子さん~!?」


「大丈夫ですよ梢さん、肌荒れに効く豆乳ヨーグルト、差し入れし下さいましたから」


ね?と舞子が視線を向けた先で、颯がにっこり微笑んでいる。


「肌荒れ、早く治るといいね」


「うっ!」


今日も今日とて三つ揃えのスーツに身を包んだ眩しいばかりの颯の姿は寝起きのくたびれた部屋着プラス絶賛肌荒れ中の梢には刺激が強すぎる。


咄嗟に頬を押さえてニキビパッチを隠せば、颯が小さく噴き出した。


「梢、逆だよ、逆」


焦りすぎて左頬を押さえていたらしい。


楽しそうな指摘に居た堪れなくなって、今度こそ西代を押しのけるようにリビングを飛び出した。


ひとまずもうちょっとマシな格好に着替えて化粧もしよう。


バタバタと自室に駆け込んでほうっと息を吐いた数秒後、すぐに背中でドアが開いた。


「会いに来たのにどうして逃げるの?」


「なんで入ってくるのよ!?」


「だから、梢が逃げるから」


「ノックくらいしてよね!?」


鍵をかけておかなかったことを心底後悔しながら盛大に詰れば、後ろ手にドアを軽く叩いて颯がこちらを伺ってきた。


「・・・・・・はい、これでいい?」


「そういうことじゃないっ」


もうどちらの頬に吹き出物が出来たのか分からない。


咄嗟に両頬を押さえて俯けば、伸びてきた手がその上から頬を包み込んできた。


「隠さないで見せて」


「なんでいつもいきなり来んのよっ・・・・・・いっつもいっつも変なタイミングでばっかり」


「会いたいって言ったら時間作ってくれる?」


「~~っ」


素直にうんと言えない自分がもどかしい。


颯は梢の返事を予想済みだったようで大して反応を見せなかった。


「だよね。そうなるから、毎回こうしてる」


握りこんだ梢の手を頬から引き剥がして下ろしながら、颯が顔を近づけてくる。


目の前に迫る麗しい相貌にぎゅっと目を閉じれば。


「食べ過ぎないでね、って言ったのに」


そんな囁き声の後、右頬に唇が触れた。


そのまま唇が頬を滑って耳たぶの上で止まる。


ふうっとと息を吹きかけられて、たまらず首をすくめた。


ぞくりと走った愉悦に堪えきれずにあえかな声がこぼれてしまう。


「ぁ・・・っ・・・ゃ」


体勢が保てず逃げを打った背中が傾く。


捕まえていた手を離した颯が、先に床に片手をついて梢の背中に腕を回した。


軽く抱き寄せられた衝撃で目を開けた途端、目の前で颯がふわりと相好を崩す。


「大丈夫、可愛いよ」


イケメンの睦言ほど心臓に悪いものはない。


「~~な、慰めにもなんないわっ」


思い切り顔を逸らせば、背中を撫でる手のひらに力が込められた。


首筋に頬を寄せた颯がクスクス喉を震わせる。


「次は俺も賭けに参加させてもらおうかな」


「やめて。当分暴飲暴食はしないから」


「食欲ないの?」


「二日分くらいのご飯食べたもの」


「それは大変だ。でも何も食べないのも良くないよ」


いい子いい子と後ろ頭を撫でられて、いつの間にか結んでいた髪が解かれて肩にこぼれてくる。


髪の隙間を滑る指は滑らかに動いて止まることが無い。


それ以上の会話を必要としない空気感に、どうしてよいか分からなくなる。


西園寺にお見合いを挑んで以降、颯は梢に手を伸ばすことを躊躇わなくなった。


幸徳井と西園寺の関係を知らないわけではないが、彼にとってはかなり手痛い仕打ちだったようだ。


「あの・・・・・・着替える・・・から・・・」


「うん。いいよ」


鷹揚に頷いた颯がするするとワンピースの裾をめくり上げてきた。


あまりにも迷いのない手つきに一瞬反応が遅れてしまう。


「いいよって・・・なに・・・え!?っちょ・・・」


膝頭を撫でた手のひらを布地の上から押さえつけて睨みつければ。


「着替えるんでしょ。手伝うよ」


「っは!?」


「俺のこと意識してくれるのは嬉しいけど、今日はオフの梢に会いに来たから、いつもの社会人仕様に戻らないで」


「なん・・・で」


押さえつけた手のひらがそれ以上這い上がってくることは無かったけれど、今度は脹脛を撫でられて、下がって行く指先の動きに翻弄されてしまう。


「この家の人間にしか見せない梢をもっと見せてよ・・・・・・だめ?」


締め付けの無いパイル生地の靴下が覆い隠す足首を指の腹で撫でた颯が、じいっと探るように視線を合わせてきた。


もうニキビパッチを隠す余裕なんて無い。


要約すれば彼は休日モードの梢に会いたくてやって来たということらしいが、取っている行動があまりにも大胆過ぎる。


もうちょっと冷静さが残っていたら、お墓参りに来てくれていたお礼を言いたかったのに。


甘ったるい声と仕草で何も考えられなくなる。


目を伏せて俯くしかない梢の反応を了承と見て取った颯が、足首から手を離して抱きしめ直してくる。


「いい子だね。ありがとう・・・・・・好きだよ」


肌から離れた彼の熱にホッとした矢先、不意を突くようにこめかみにキスが落ちた。





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