第13話 晴夜
胃薬も飲んだし、ビタミン剤も飲んだ。
そりゃあいつもの倍くらいは食べたし、食べすぎた自覚はあったけれど。
「はぁあああああああー」
朝起きても改善されていない胃もたれに溜息を吐きながら、身支度しようと身体を起こして、頬の下に違和感を覚えた。
嫌な予感は大抵的中するものだ。
まさかまさかと思いつつ鏡をのぞき込むとぷっくりと赤い吹き出物ができていた。
間違いなく昨日の暴飲暴食が原因である。
颯に会ってしまった反動もあって、結局ハンバーガーを3つとナゲットとポテトを完食して、最後にクリームたっぷりのフラペチーノでとどめを刺したチートデイの末路だ。
胃薬飲んで、今日は粗食で済ませよう。
当分油物は見たくない。
顔を洗って部屋に戻ってすぐにニキビパッチを取り出した。
早く赤みが引きますようにと祈りながら頬に貼り付けて手を合わせる。
幸い今日はオフで予定も入っていないので、肌荒れを誰にもさらさずに済む。
乾兄妹が、もうそろそろやめておいたほうが、とストップをかけた時点で手を止めておけばよかった。
会いたくない日に会いたくない相手に会って、知りたくなかったことを知ってしまって動揺した心を鎮めるためには食べるよりほかになかったのだ。
お酒をほとんど飲めない梢なので、やけ酒代わりのやけ食いである。
梢の数倍忙しい彼が、わざわざ自ら足を運んで名前も知らない誰かのために花を手向けるのは、すべて梢のため。
そして、颯は、梢が墓参りのことを知られたくない事もわかっていて、だからいつもは時間帯をずらして花を供えに来てくれていた。
昨日あの場所で鉢合わせしなかったら、きっと彼はあのまま墓参りのことは黙っていたに違いない。
どうすれば梢が喜んで、何をすれば悲しんで傷つくのか、彼はよく理解してくれている。
初めましてで弾かれて以降、颯は一度も梢を拒絶したことは無かった。
拒んでいるのはいつだって梢のほうだ。
爪を立てて引っ掻いて、どこまで許されるのか分からない限りこの手を伸ばすことはできない。
だってみんないなくなってしまったから。
誰にも会わないし部屋着でいいや、と着古したワンピースに着替えて跳ねた髪をシュシュで一つに束ねてリビングへ向かって、三秒で後悔した。
「おはよう、梢」
優雅に足を組んでソファで寛ぐ颯が、ドアを開けて入って来た梢に向かって爽やかな笑顔を向けてきたからだ。
「なんでいるの!?」
毎度お馴染みの叫び声の問いかけに、颯がひょいと肩をすくめる。
「ご挨拶だなぁ。今日はちゃんと起きてくるまで待ってたのに。あ、舞子さん俺はこっちのハーブティーのほうが好みかも」
「あら、そうですか!覚えておきますね。梢さんおはようございます。朝ご飯どうなさいます?」
「胃もたれしてるから要らない・・・え、颯何時からいるの!?」
「ん?一時間前くらいかなぁ」
広いリビングの壁掛け時計を確かめると11時を回ったところだった。
家政婦の舞子が心配そうな表情でキッチンへと戻って行く。
梢が有栖川家に来た頃から働いてくれている舞子は、母親代わりのような存在だ。
「昨日はお夕飯も入らないくらいでしたもんねぇ。お白湯と胃薬用意しましょうね。」
休日の起床時間としては遅すぎることは無いが、多忙な彼がここで一時間も時間を潰していたこと自体が信じられなかった。
見るとソファの端に愛用のノートパソコンが置いてあるので仕事をしていたのかもしれない。
リビングの入り口で立ち尽くす梢の頭を、玄関から戻って来た古参の西代がぽんぽんと大きな手のひらで撫でた。
「あ、お嬢起きてらしたんですね。おはようございます。垂水がさっきまで待ってたんですが所用で出かけまして・・・頼まれてた時計の修理、終わったらしいですよ」
「あ、うん。ありがと」
振り向いてお礼を口にした梢の顔を見て、西代がお嬢~と苦笑いをしながらとんとんと頬を指さした。
「あっ!!!」
その言葉で自分の格好と吹き出物のことを思い出す。
だからどうしてもう少しコンディションが良いときにやって来ないのだ。
大慌てで頬を押さえるも後の祭りだった。
「今回は右頬でしたねぇ。賭けてた奴いるかな・・・」
「なに人の不幸で賭けてんのよ!?言い出しっぺは誰!?」
「んなもん決まってるでしょう、永季さんですよ。社長と俺と垂水がオデコで永季さんが顎、あ、舞子さんと月見山が頬って言ってたな。ちなみに路さんは鼻ですよ」
悪びれもせず報告してくる西代の傷痕と皺の刻まれた強面を睨みつけた。
「あんたたち、揃いも揃って最悪ね!?」
「苦情は永季さんに言ってくださいよ。舞子さーん、お嬢のニキビ右頬ですよー」
「あ!やったぁ!お小遣いゲットだわ。月見山さんは左頬ですからねー。永季さんに報告しなくちゃ」
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