第4話 小春空 

「・・・・・・私、そんな強い気持ちになれなかったなぁ・・・・・・」


大学の卒業祝いを届けて以来の再会だったが、あどけなさを綺麗に化粧で隠したつもりでも、やっぱりまだどこか幼く感じられるその横顔は、兄の友人を前にした気安さのせいだろうか。


美人というよりは可愛らしい雰囲気の彼女は、目を引くほどスタイルが良いわけでもなければ、目鼻立ちが整っているわけでもない。


けれど、不思議と周りの人間を惹き付ける魅力がある。


それは、似ても似つかない永季も同じだ。


「ええっと・・・・・・余計なことかもしれんけど・・・梢ちゃん、幸徳井さんのこと好きなんちゃうの?」


少なくとも、幸徳井陣営に付かせている身内からはそう報告を受けている。


”あれはもうただの内輪揉めの色ボケ鬼ごっこですね”


なんやそれと思っていたが、実際会食で顔を合わせた幸徳井は、はっきりと有栖川への手出しを禁じたので、ああそういうことかと納得していたのに、一向にそれ以上の報告が来ないのは、つまりは梢が色よい返事を返していないせいだ。


「・・・好き・・・でしたよ・・・」


「・・・・・・それは、過去形なん?」


「この人だって思って飛び込んだら、目の前で思いっきりシャッター閉められちゃったんです。物凄い屈辱でした・・・・・・わかります?この気持ち」


「ああー・・・まあ、なんとなく」


有栖川は少々、いや、かなり特殊な家柄で、現当主の有栖川武親ありすがわたけちかは、警察署長まで務めたこの国の防人である。


幸徳井と勘解由小路を陰日向に支え続けて来た鷹司と有栖川はそれぞれの立場から国の未来を憂いて力を尽くして来た。


愛妻が病に倒れたことをきっかけに退職し、警備会社を興した彼は、警察官時代に事件で関わった関係者や遺族たちを次々と自分の元に呼び寄せて面倒を見るようになった。


有栖川の実子は永季一人だけで、その後彼が引き取ったさとし哲一てついちみち、梢は、有栖川家とは縁もゆかりもない子供たちだ。


一番後から養子に迎えられた梢は、有栖川家にとって初めての女の子で、それはそれは有栖川夫人に可愛がられていたらしい。


九条会とお上とのパイプ役を担っている有栖川家には、強面の男たちが常に出入りしており、彼らにとっても梢は特別な存在で、相当可愛がられていることは誰の目にも明らかだった。


有栖川家唯一の一人娘で、家族や父親の部下たちからの愛情を一身に受けて大人になった彼女は、まあ、天狗になっていたのだろう。


あの永季でさえ鋭い眼光を柔らかくして”梢は馬鹿で可愛い”と繰り返し口にしていたくらいだ。


対して幸徳井颯は、早くから九条会の若頭補佐として名を知られており、正式に若頭として九条会を仕切ることになってからさらにその名前は有名になって行った。


当時はまだ瑠偉が鷹司の顔役ではなかったので、幸徳井颯が自ら会食に顔を出すことも多く、近づいて来る女性たちは後を絶たなかった。


どういうアタックの仕方をしたのかは知らないが、恐らく大して美人でもなく、利益ももたらしそうにない梢を、幸徳井は用無しだと一蹴したのだろう。


その後で我に返って追いかけ始めたのだとすれば、それはそれでちょっとした恋愛ドラマだ。


「ああーこの人だと思ったのに、違ったんだなぁーってショックで・・・それなら、ちゃんと自分で次の誰かを探さなきゃって、お父さんが納得してくれて、私がもっと幸せになれる誰かを見つけなきゃって・・・」


「ほんでお見合い大作戦を一人で続けとるん?」


「まだ運命の人に出会えてないんです。瑠偉さんなんて、二人でお茶しませんか?って誘ったら、颯を連れて来たんですよ、信じられます!?」


「ははは・・・まあ、そら、幸徳井さんに刺されるん怖かったんちゃう?」


結婚相手をちょっと身近で見繕い過ぎである。


心底鷹司が気の毒になった。


きっと生きた心地がしなかったことだろう。


「昔は拒まれたかもしれんけど、今は梢ちゃんのことしか見てへんやん、あの人」


「・・・・・・でも、言ってくれないんです」


「なにを?」


「私が運命の相手だよって、言ってくれないんですよ!」


「・・・・・・・・・・・・え?それを言って欲しくてこんな独りよがり続けてるん?」


「・・・・・・・・・だって、私は一度ちゃんと勇気を出しましたもん。それを思いっきり蹴っ飛ばしたのは向こうなんですから!」


なんともいじらしい告白に、あほらしと開き直って手酌で日本酒を注いだ。


もうお見合いの体を装う意味は無いので、飲まなくてはやっていられない。


「なんやそれ・・・好きやて聞きたいだけやんか」


「・・・でも言ってくれないんです」


「好きやって言われたら、お嫁さんになるん?」


「・・・・・・・・・その時、鐘が鳴ったら」


むうっと膨れた梢が、差し出したグラスに冷酒をほんの少しだけ注いでやる。


「適齢期の女の子は難しいなぁ」


うちのお姫様は彼女に比べれば随分と分かりやすいほうだ。


やれやれと肩をすくめた西園寺は、この鬼ごっこがいつまで続くのか、有栖川と鷹司と賭けでもしようかとぼんやりと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る