第27話 幽天 

梢が有栖川の娘として無事に成人して、社会人として認められてからもしばらくはパーティーへの単独参加はしたことがなかった。


なんせ上に3人も兄がいたので、梢が出る幕はほとんどなかったのだ。


時折パーティーに顔を出しても、父親や兄たちの側に路と一緒にくっついて愛想笑いを振りまくのが精一杯。


だから、今回のように父親の名代として一人で出席するときはいつもの数倍背筋が伸びる。


有栖川梢としてより一層恥ずかしくない態度と姿勢を見せなくてはと気合も入るのだ。


ネイビーのノースリーブドレスはマットサテンが上質さを醸すアシンメトリーな裾が印象的なデザイン。


サイドから覗くレースのタイトスカートが大人の女性を演出してくれている、はず、である。


緩く巻いて一つに束ねた髪にアクセサリーは付けずに、母親の肩身の真珠とダイヤのピアスをお守り代わりに身に着けて、華やかさをプラスした。


地元企業の周年パーティーにはここ数年で何度も顔を出して来たが、少しずつ世代交代の波がやってきており、社長に就任してから挨拶をするのは初めての場合もままある。


所帯を持ったばかりの息子に跡を譲って残りの余勢を楽しむ先代と、重圧を跳ねのけて更なる発展へと胸を高鳴らせている若い当代への挨拶を無事済ませて、主要関係者への挨拶漏れがないことを確認してから、ようやくシャンパングラスに口を付けた。


今日の任務の7割はこれで終了だと思っていい。


後は、父親の知り合いに適当に挨拶をしつつ頃合いを見計らって帰るだけ。


初めて一人でパーティーに参加した時には緊張で足が震えたものだが、あの時も実は乾兄妹が会場の外で控えていて、何かあったら駆けつける算段になっていたと後で聞かされて、父親たちの過保護ぷりと根回しの良さに驚いたものだった。


有栖川の家族は、本当に危ない場所へは決して梢を一人ではやらない。


そうやって梢が上手く独り立ちできる環境を整えてくれたおかげで、いまの有栖川梢が出来上がったのだ。


「有栖川さん・・・・・・?」


フルーティーな上質のシャンパンを味わう余裕が出て来たところで、控えめな声で名前を呼ばれた。


会社の質は、供される酒に出ると言ったのは父親で、その点でいうと今日のパーティーは大盤振る舞いだった。


息子と会社の前途を祝福するかのように、運ばれてくる料理の質も、用意されているワインやシャンパンのランクも極上。


それなりの人間が集まる場所に相応しいもてなしが用意されていた、だから、完全に油断していた。


「はい」


てっきり取引先や関係者だと思って振り向いた先にいたのは、見覚えのない同世代の女性だった。


おそらく、どこかの企業の令嬢もしくは、配偶者だろう。


「ひさしぶり。覚えてるかしら?高校で同じクラスだったんだけど・・・江本・・・あ、いまは結婚して新藤なの」


そう言われてみれば、出席番号が後ろの席にそんな名前の女の子がいたような気もするが、あまり覚えていない。


が、当然そんなことはおくびにも出さずに笑顔を浮かべる。


「もちろん覚えてる。結婚したんだー江本さん。じゃあ、今日はご主人の同伴で?」


「主人の会社がお世話になっている企業なの。有栖川さんは、お父様の会社に?」


「秘書の真似事をしてるわ」


頷いた梢に、彼女の表情が酷薄に歪んだ。


「へえ、そうなんだぁ・・・・・・お父様の警備会社だったら、いろんな経歴の方が集まってるだろうから、有栖川さんでも上手く馴染めそうよね」


彼女はわざわざそれを言うために近づいてきたようだ。


地元から離れた高校に入学しても、どこからか噂話は回って来るもので、子供のころように生まれではなくて、今度は有栖川の名前で遠巻きにされることも増えたが、なんら痛くも痒くもなかった。


どこにだってヒエラルキーは存在していて、下の人間を見つけなくては気が済まない者はごまんといる。


「・・・・・・お陰様で上手くやってる」


有栖川が県警を離れた後、現役時代に関わりを持った行き場のないならず者たちの受け皿として起こしたのが現在の警備会社だ。


当然そこには前科者もいれば、梢のように親の顔を知らない人間も多い。


「すごく似合うと思うわぁ。高校時代の有栖川さんって、クラスでもどこか浮いてたし、制服が少し窮屈そうに見えたもの」


歴史ある女子高の制服は、巷の高校生の間では高嶺の花として知られていて、それが似合うようになろうと精一杯背伸びをし続けた三年間だった。


彼女は本当に、梢のことをよく見ていたのだ。

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