第23話 寒天 

「こっちが瑠偉からの報告書で・・・決裁が要るのがこっち・・・」


永季が、颯の執務机の上に抱えていた書類をぽんぽん放り投げていくのを横目にしながら、ばらけて広がった書類の山を綺麗に整え直しながら梢は兄を見やった。


確かここでの永季の役割は颯の裏仕事での護衛役だったはずなのだが。


「永季兄さん、とうとう瑠偉さんの使いっ走りまで始めたの?」


「ここに来る前に捕まったんだよ。自分のほうが倍は忙しんだからお使いくらいしろってさ。っとにあいつは昔っから人使いが荒いんだよ」


「兄さんの分も事務処理してくれてるんだから、偉そうに言ったら駄目でしょ」


「俺はその分身体張ってんだからいいんだよ・・・そういや梢、おまえ最近素直にこっち来るようになったな。改心させられるような事があったんだろ?・・・あ、処女捨てた?」


「っはあ!?っば、馬鹿!何言ってんのよ!捨てるわけないでしょ!」


「なんだ、そうかまだか・・・あー確かに・・・」


梢の様子をじっくり確かめた永季がそう結論付けて、引き続き手にした書類を放り投げていく。


一体、どこをどう見て処女だと判断されたのかさっぱりわからない。


というか、これは兄と妹の間でする会話ではない。


「え、やだ!なんで分かんの!?っていうか訊かないでよそんなこと!」


「あんなわっかりやすい痕つけられといてよく言うぜ」


「っっ!か、髪下ろしてた!」


「動くと見えんだよ、馬鹿か。痕残すなら見えない場所にしろって若に言っとけよ。胸とか腰とか?」


「はああ!?いいい言えるわけないでしょ!」


「あのさ、お前と若ほんとのとこドコまで行ってんの?俺はお前を嫁に出す覚悟をしといていいわけ?」


「ドコってそんなの・・・」


「それなりにイチャイチャしてんだろ、どうぜ」


「・・・っ!?」


これまで彼としてきたあれこれは確かに間違いなくイチャイチャの部類に入るわけで。


二人きりでしかしていないそれらがどうして永季に伝わってしまうのかさっぱりわからない。


目を白黒させる梢にげんなりと生ぬるい視線を送って永季があのなぁ、と口を開いた。


「若の機嫌で大体わかんの。おまえとべったりくっついてた後はすこぶる調子もいい」


人を栄養剤かなにかのように言わないで欲しい。


「とうとう年貢の納め時だなぁ。親父に言っとこ」


あの人大泣きするだろうなぁ、酒がいるなぁとぼやく兄の肩を遠慮なしの力で叩いた。


「勝手なこと言わないでよ!まだなにもっ」


「まだなにもー?そのわりには今日もめかしこんでるよなぁ。わざわざスーツから着替えてこっちに来るとか、どう考えてもデートだろそれ」


ありえないと視線と表情で示されて、もうぐうの音も出ない。


言い返せずに仕方なく書類を整えることに集中しようとした矢先、永季があ、と声を上げた。


「しまった。もう一束持ってくんの忘れた」


「私、取ってこようか?」


永季の執務室は同じフロアの端に用意されていて、梢も勝手を分かっている。


けれど、永季は首を横に振って小脇に抱えていた小さな風呂敷包みをこずの前に差し出した。


「いや、いい。それより、おまえコレ持っててくれ」


「これなに?」


「ん?ちょっと曰くつきの巻物。大裳たいもたちにどうにかして貰うやつ」


「え!?なんでそんなもん渡すのよ!」


「そこらへん置いとくほうが危ないんだよ。おまえの側はがっちがちに保護されてるから安心なんだ。頼むよ、すぐ戻ってくるから」


幸徳井がそういう曰くつきのものを退治したり祓ったりする家系であることは知っているが、梢はいわゆる禍付きを見たことが無い。


怖がりなので何となくいやな気配がする場所には近づかないようにしているし、当然それらをどうにかする力もない。


颯に玉砕して追いかけっこが始まって間もなく、幸徳井預かりになっている那岐なぎと対面した際に、彼が自分の周りに集まってくる怨霊たちを面白半分に視せてきたことがあって、泡を吹いて倒れて以来さらに苦手意識が高まった。


それ以降、颯は自分の身の回りを守らせているという大裳たいも大陰たいいんを見える形で梢の周りに近づけたことはない。


永季は、半泣きの梢の頭をガシガシ撫でて、よろしくな、と告げるとあっさり颯の執務室を出て行ってしまった。


永季の執務室で瑠偉と一緒にいるところを見られた後、首筋へのキスを拒否した梢に、颯は、自分からの呼び出しには積極的に応じること、という決めごとを飲ませてきた。


兄の目の前でキスマークを付けられるくらいなら、と二つ返事で頷いてから、三日に一回は彼の会社に呼び出されている梢である。


最近では、有栖川から颯への指示書なんかの配達係になってきており、何とも複雑な気分だ。


今日も、夜から身体が空くから食事に行こう、と誘いかけられて、いったん自宅に戻って着替えてからこうして彼の会社にやって来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る