第17話 菊日和
有栖川の風貌はそこらへんのチンピラヤクザの数倍凶悪で、口角を持ち上げたくらいでは笑っているとわからないほどに恐ろしい。
けれど、その内面は見た目の真逆でどこまでも愛情深くて優しい。
行き場をなくした子供たちを引き取った後も、彼は一度として”憐れな子供たち”を利用することはなかった。
だから、警備会社が起動に乗り始めて、息子たちが大学を卒業して自らの道を選ぶまで公の場に彼らを連れて出る事もなかった。
梢が初めて有栖川梢として父親の傍らに立って、兄弟たちと一緒に挨拶をして回ったのは、大学4年生になってから。
一人娘の梢を警備会社に入れるつもりのなかった有栖川は、早々にいくつかの伝手を頼って優良企業の縁故枠を抑えようとしたけれど、それは要りませんとはっきりと断って、父親に初めてきちんと頭を下げて会社に入れてくださいと頼んだ。
ちょうど警備会社で女性SPの育成を始めたばかりで、元々あぶれ者の寄せ集めで始めた会社のため女性スタッフは定期清掃の掃除婦のみという極端な男女比をどうにかしようと試案していた有栖川は、その申し出を渋々ながらも受け入れてくれた。
これでやっと拾って貰ったことへの恩返しが出来る。
兄たちはすでにそれぞれの才能を生かした職業に就いて、しっかりと有栖川に貢献しているし、路は大学二年生の頃から教授に目を掛けられており、卒業後も研究室に残ることが早くから決まっていて、中途半端なまま先行きが見えた無かったのは梢のみだったのだ。
無事に社会人デビューが決まったことにホッとして、父親の役に立てるように頑張ろうと気持ちを奮い立たせていた梢を、場慣れさせる目的でガラパーティーへと連れ出してくれたのは、長兄の永季だった。
兄弟のなかで唯一有栖川の実子である永季は、表向きは父親に倣うかたちで警察官としてのキャリアをスタートさせており、表の肩書はお巡りさん、実際は幸徳井の側近という二つの顔を使い分けている。
永季が警察組織に入り込んだおかげで、それまで有栖川経由で幸徳井に下ろされていた表に出せない仕事は、すべて永季を通じて幸徳井に依頼されるようになっていた。
その日永季がドレスアップした妹をエスコートした会場は、天空のチャペルが有名な星付きホテルで、初めてのパーティードレスと華奢なヒールにソワソワしながらシンデレラ気分を味わっていた梢を、永季が手招きした瞬間に運命の鐘が鳴り響いた。
永季が、幸徳井家の嫡男の側近として二足の草鞋を履いていることは知っていたし、有栖川家が遥か昔から影日向に幸徳井家を支えてここまで栄えてきたことも聞かされていた。
家同士の繋がりと、警察で処理できない仕事を捌くために存在しているのが幸徳井であること、同じような仕事を請け負っている同業他社が一つだけあって、その家とは古くからの因縁があり、良好な交流が回復したのはそれぞれの家の嫡男が次期当主として顔合わせを行った後から、と大雑把な説明だけは受けていて、それ以上の知識は訊かれても与えるつもりはない、と最初に有栖川と永季に突っぱねられている。
有栖川家の仕事は男子にのみ引き継がれるもので、女子には古い因習には触れさせないというのが有栖川の方針だったのだ。
だからあまり深く考えることもなく、幸徳井颯という人間は、長兄の上司という印象だけを持っていた。
永季の話でしか聞いたことの無い彼の存在は、どこかあやふやなものだったのに、目の前で佇む彼を視界に捉えた瞬間から、心臓が大騒ぎを始めた。
梢のなかで大切に彩られている言葉たちがふつふつと浮かんでくる。
『一目見たらねぇ、わかっちゃうのよ。あーこの人だ、この人だったんだ、アタシの運命って』
『そんでうるさいくらい鐘が鳴り響いて急かしてくるの。早く捕まえろってね!』
『あんたはこのまま大人になって、一番好きな人にあんたの全部をあげなさい』
『絶対安売りしちゃだめよ?』
『幸せのお膳立ては自分ですんのよ。他人任せにしたらだめ。どこでガラスの靴を落とすのかは、あんた自身が決めなさい』
『心の声をちゃんと聞いて。そうしたら、わかるから』
『梢ちゃんは今日から私の娘だから、めいっぱい可愛いくして女の子を楽しみましょうね』
『お嬢様はもう昔のお嬢様ではありませんから、望んでいいんですよ。躊躇わなくていいんです』
『いやあ、ほんとにうちの娘は可愛いなぁ』
『梢はいい子だね』
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