肇の願い
「姉さん、悪いけど今晩17:00に社長室に来てくれるか?」
「肇に呼ばれるなんて初めてね。」
「そう?」
「わかりました。伺うわ。」
17:00に綾は社長室をノックした。
「姉さん、昨日は悪かった。話の途中で退席してしまった。」
「肇が声を荒げるなんて、子供の時以来だったから驚いたわ。」
「俊があんなこと言うからだよ。でも、昨夜俊とはちゃんと話したよ。俊のたくらみも聞いた。まったく相変わらず騒がしいやつだな。」
「フフフ、そうね。でも逞しくなった。」
「ああ、あいつ結婚するってさ。」
「えっ? 聞いていないわよ。」
「なんだか話の流れでついしゃべってしまったって感じだったよ。あんまり詳しく聞いていないけど、ニューヨークに暮らす日本人で料理がうまいらしい。癒されるっていってたから、いいんじゃないか。」
「よかった。何度か紹介しようとしたんだけどいつも断られていたから・・・」
「姉貴、俺もだけど俊も姉貴のことが好きだからさ、なかなか踏ん切り付かなかったんだよ。」
「そうなの?」
「姉貴は自分のことだとホントに疎いよな。」
「自分のことは難しいわ。」
「そういうもんかな。それで、ロスの支店立ち上げだけど息子の信也を行かせる。俊に育ててもらうよ。」
「あら、信也君もそういう年になったのね。いいじゃない。肇と俊は性格が違うからいろいろ勉強になるわ。」
「だから姉貴は手伝ってくれ。」
「ええ、わかりました。」
「それと、麻布の家の件は全て任せるよ。家財も適当にしてくれて構わない。俺たちが見てもわからないからな。俊もそう言ってた。映画の支援金に関しては後日連絡する。」
「わかりました。」
「それで、議題5つと言っていたあと2つは何なの?」
「不動産の件よ。S・Gビルの隣の土地を買ってくれという話が来ています。地続きだし、向こうの通りに面しているし、私としては欲しい。そしてあの土地にビルを建てたい。これは今まで私がかかわってきた人たちに場所を提供できたらと思っています。私の最後の夢よ。あとは、麻布の家はタローたちが去ったら売ろうと思います。どうかしら?」
「ちょっと細かいことは置いておくけど、隣の土地の購入に関しては賛成だ。麻布の家と土地に関しては父に一応了解を取ってくれればそれでいい。それで、最後は何なんだ?」
「私の進退よ。タローの映画が終わって、ロスの支店が軌道に乗って、隣の土地にビルが出来たら、私は引退します。」
「なんで引退しなくちゃいけない?」
「一つは親が引退した年にその時にはなるって言うこと。それと仕事のことより自分のことを優先したいという気持ちが強くなってしまったこと。それとね、ちゃんと話していなかったのだけど、お父さんの心臓あまり良くないみたいなの。だからいつ帰ってきてもいいように準備をしておきたいと思っているのよ。」
「オヤジのことは初耳だった。でもさ、姉貴にはずっと仕事していて欲しいんだ。ずっと綺麗なままで、ウロチョロしながら叱咤激励してほしいし、新しいことにも挑戦して欲しい。親は親、僕らは僕らだと思う。だから年齢は関係ない。引退は撤回して欲しい。それと、俺の子供、長男は俊に預けたけど、長女と次女は姉貴に預けたい。一番下のボーズはまだわからんがな。」
「舞彩ちゃんと紗季ちゃんは何になりたいの?」
「舞彩は服のデザイナーになりたいそうだ。だから、来年からロンドンの学校に行かせる。」
「あら、素敵。それで、紗季ちゃんは?」
「紗季はまだ高校生だか、少し姉貴に似ているところがある。誰にでも好かれるし、頭もいい。この間将来何になりたいかと尋ねたら、〝綾さんになりたい〟って言われた。どういうことかと聞いたら、人を育てるような仕事がしたいと言うんだ。先生ではないのかと聞いたら、違うという。姉さんに付いていろいろ覚えたいそうだ。大学は海外ではなく上智に行き国際経営学を学びたいと言っている。だから、姉貴に紗季を預けたい。紗季だけでなくいろんな人に影響を与え、見本になるように活躍して欲しい。人生100年時代なんだ。いつまでも魅力的な人でいてくれよ。」
「肇からこんな話をもらうなんて思わなかったわ。」
「オヤジのことはその時になったら考えないか? もしかしたら日本には帰らないっていうかもしれないし、帰ってきてもいろんな介護の方法はある。姉貴が犠牲になることはないよ。」
「ありがとう。少し気が楽になったわ。」
「あと、さっきの隣の土地に建てるビルの構成だけど、1階には新人のアートスペースを作って、姉さんがその人達にアドバイスをして、モノになるのが居ればそこから引き上げるということをやっていけばいいと思う。今若い奴らのエネルギーは凄いぞ。その反面無謀な奴らも多い。だからそういう人材から優れた人材を発掘して欲しい。それはS・Gグループの社会貢献にもなるし、しいては会社や日本の発展にも繋がる。上の階にはいままで姉さんが成功に導いた人たちのショップがあれば、お互いに刺激になる。相乗効果が生まれるよ。なあ姉貴、俺ら男どもは鉄鋼やエネルギーなど硬い仕事が中心だけど、姉さんだけは人に触れて人材育成をしてくれよ、ずっと。」
綾は涙が出た。
「肇・・・ありがとう。」
「おいおい、姉さんの涙なんて俺初めてだぞ。」
「もー、肇に泣かされるとは思わなかった。わかったわ、少し考えさせてね。」
綾は、大嶋と大門、そして綾ファミリーのうちの一人、旅行会社を経営している岸を呼び出して、旧西園寺邸に行った。
「忙しいところ来ていただいてありがとう。メールでもお伝えした通り、S・Gグループはタローの映画に全面協力をします。その際、この旧西園寺邸をタローに貸し出そうと思っています。そこで、皆さんにお願いがあります。まず、大嶋君と大門さんにはタローたちがここに滞在する間の食事と世話をどうにかして欲しいの。誰か適任者を探してください。それと岸さん、あなたには彼らがロスと日本を行き来するチケットや日本国内を移動の際のチケットなど全般をお願いします。」
「綾さん、お話ありがとうございます。僕と大門の食品の会社DAIDAIはお陰様で順調に進んでいます。」
「大嶋君、そのDAIDAIってもしかして大嶋の大と大門の大なの?」
「ハハハ、綾さん、その通りです。でも、もう一つ意味があるのです。お正月の餅飾りの上に載せる橙って、音のダイダイから代々繋がる、子孫繁栄とか次の世代に引き継ぐという意味があるのです。僕らもその次世代に繋がることをやって行こうと大門と決めました。」
「お二人とも流石よ。」
「綾さん、僕も綾さんのおかげで旅行業順調です。綾さんに言われたようにVIP専用の旅行会社になり、宿側からも丁寧な対応をされています。勿論お客様からの信頼も得ています。それに今回このような大きな仕事を頂いてありがとうございます。」
岸は深々と綾に頭を下げた。
「皆さんに出会えたのは何かの縁ですよね。私はその縁を大切にしていきたいの。だから、申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。」
タローとルイが西日本の視察から戻ったので、旧西園寺邸を貸し出すことや、その時の食事等のこと、移動のチケットなどの手配に関することなどを話した。彼らは喜んだ。そしてハリウッドに戻って行った。
「巧、これから忙しくなるけど巧は一人で大丈夫? だれか雇ってもいいわよ。」
「大丈夫です。今までも本社の窓口になってくれている法務部の鳴海君が成長してきて、とても頼りになります。これからも彼に手伝ってもらえば何とかなります。」
「そう。よかった。」
「綾さん、僕今日行きたいところがあります。」
「えっ? どこ?」
「先日タローたちが泊まったアラマ〇ダ青山に泊まりたい。」
「あら、いいわね。私も行ってみたいと思ってたの。」
「そうだと思って予約取っちゃいました。」
「あら嬉しい。」
「今晩そこで食事をして、そのまま泊まりますよ。」
「巧・・・素敵、早く行こう!」
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