到着早々・・・

次の日・・・

 真鍋は予定より少し早く10時過ぎにS・GビルⅡ2階の部屋に着いた。荷物は少なかったが、一度ベッドの上に広げて整理をしながらクローゼットにしまっていった。

殆ど終了したとき、玄関のベルが鳴った。

「真鍋君、お疲れ様。片付いたみたいね。」

綾が様子を見にやって来た。

「はい、どうにか。」

綾は、真っ直ぐクローゼットに向かい、扉を開けた。幾つかの洋服を、そしてアクセサリーや靴も選んでベッドに放り出した。

真鍋は、片付けたばかりなのに~と思いながらポカンとして眺めていた。

「真鍋君、いま私がベッドに出したもの全て処分してください。」

「えっ? 」

「何か、思い入れのあるものあるの? ないなら全部処分してね。」

「持ってきたもの殆どなんだけど。だったら何も持ってこなければよかった・・・」

真鍋は少しイラついた。

「外見も大切なの。どうも今の若い人は少し有名になるとブランドモノのアクセサリーをチャラチャラ付けて、なんかどっかのミュージックスターみたいな恰好をするけど、全然かっこよくない。あなたには一流の役者になってもらいます。だから外見も中身も両方変えます。どういうものが良くてどういうものがダメなのか、わかってもらうために持ってきてもらいました。ダメだと言われたものを良く覚えておいてください。本当ならあなたの家に行って全て見せてもらいたいくらいなのよ。とにかくこれから全て変身させる。いいわね。」

綾は真鍋に微笑んだ。

この人はこの微笑みで相手を支配するんだ・・・真鍋は唾を飲み込んだ。

「今日の予定は、これからランチをしてその後ジムに行き今後の打ち合わせ。その後洋服とか少し買い物をします。全て費用に含まれているから何も心配はいらないわよ。」

「・・・はい。」

真鍋は、そう答えるしかなかった。ビニールのゴミ袋に綾に選ばれた洋服等を入れた。しかし、アクセサリーの1つは許しを得た。それは事務所の社長から端役ではあったが初めてオーディションに受かった時にもらったものだった。これだけは取っておきたいと綾に告げたのだ。綾は了承した。真鍋はそのアクセサリーを小さな袋に入れて引き出しの奥にしまった。


 綾と真鍋はイタリアンで軽くランチをした。

早速綾は真鍋にマナーを教えた。真鍋はそんなに酷いマナーではなかったけど、特に姿勢が良くなかった。綾には耐えられないことだった。最後にはシルバーの使い方や口への入れ方など細部まで教えた。

真鍋は食べた気がしなかった。

(飯くらいゆっくり食べたいのに・・・ ) 先が思いやられると思った。


 14時 フィットネスジムに行った。

S・Gビルから歩いて10分位のところにフィットネスジムはあった。パーソナルトレーニング室は入口が一般とは別で、パスをもらえば他の人には殆ど会わないで済むようになっている。担当のきしがパーソナルトレーニング室の入口で待っていてくれた。

「綾さん。お久しぶりです。」

「岸君、久しぶり。元気そうね。今回は担当引き受けてくれてありがとう。こちら真鍋君。」

「真鍋さん、よろしくお願いします。」

岸は、さっと真鍋に握手を求めた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

岸は若いのにパーソナルトレーナーの資格を持っている。しっかりしているし、指示も的確、頭の良い子だと綾はかっている。正確な歳は知らないが、まだ30代前半ではないかと綾は見ている。綾もトレーニングをしたくなると岸に頼んでいるが最近はオサボリしている。そう、岸は綾のお気に入りなのだ。

「岸君に担当をお願いしたのは、真鍋君と体形が似ているからなの。筋肉がムキムキしすぎていないけどしっかり付いているところには付いていて、やわらかくてしなやかな筋肉に見える。真鍋君の目標体形だからよ。(私の好みの体形でもあるし・・・)真鍋君も目標が近くで見ることが出来てわかりやすいでしょ。」

岸は、綾の要求を把握した。そして真鍋に話しかけた。

「わかりました。僕も方向性がわかってやりやすいです。では、真鍋さん、これからのトレーニングを組み立てる為に少しお聞きしますね。先ず、どこか身体で故障しているところとか、不安なところとかありますか? 」

「特には無いです。昔空手をやっていた時に左の中指を骨折して、伸びきらないくらいです。」

「そうですか。空手をやっていたなら、身体の基本があるから早いかもしれませんネ。」

綾が横から岸に聞いた。

「岸君。毎日午前中にトレーニングをお願いしたいのだけど時間はどうかしら? 」

「そうですね。朝ごはんを9時までには食べ終わって頂き、軽く走ってジムに来て10時から1時間器具を使わずに動ける体にする為のストレッチを中心としたトレーニング。その後1時間ランニング。真鍋さんは芸能人だから、ランニングにも僕が付き添います。そして、そのまま帰宅してもらいます。家に帰ってからシャワーです。そのメニューからスタートしたいと思います。そして真鍋さんの身体を見ながら徐々にマシンを使っての筋肉作りに変更していきたいと思います。いかがでしょうか。」

「食事のコントロールもするわよね。」

「そうです。全て食べた物を写真に撮りアプリで送ってもらいます。そしてアドバイスをします。筋肉を付けるトレーニングになるとたんぱく質等の接種の仕方などを特に注意します。勿論毎日体重や体脂肪率、筋肉量などの体組成データも計って管理していきます。でも慣れればそんなに大変ではないですよ。」

「真鍋君。明日からスタートよ。頑張って」

綾は真鍋に力強く言った。

「真鍋さん、頑張りましょう!! 」

岸も続いた。

真鍋は二人の勢いに負けそうだったが、「よろしくお願いします。」と答えた。


 その後ジムでの諸手続きを済ませ、食事等の管理用アプリも真鍋のスマホに入れた。そして、ジムで足りないスポーツウェアを買い揃えた。



 綾と真鍋は、S・GビルⅠにあるブティックRinに向かった。

綾は定員に話しかけた。

「マークいる?」

「綾さぁ~ん。お待ちしていました。」

マークは小走りに奥から出てきて綾に抱き着いてキスをした。マークはスウェーデン系ハーフの日本人。背も190センチ近くあり金髪のロンゲ。普段は後ろで結んでいる。とにかくめちゃくちゃカッコイイ。でもバイ、ややゲイよりという厄介な男だ。この男も綾が変身させた。

マークとの出会いはあるパーティで昔から知り合いの社長に紹介された。その社長はマークのことを外見だけでどうしようもないんだよと愚痴った。そしてその場で変身させてくれないかと言われた。その時は社交辞令だと思っていたが、後日正式に頼まれた。マークは親友の忘れ形見でどうにかしたいんだと綾に頼み込んだのだ。マークは愛嬌があった。もともとモデルだったので容姿は申し分ないが、頭はカラッポだった。外見は外人なのに日本で育ったので英語もからっきしだった。だから先ずは英語を勉強させ、外見とのギャップを埋めた。今では、英語もペラペラになり誰も英語が出来なかったとは思わない。また、世の中の仕組みや経営のこと、服の素材や製造工程など、ありとあらゆることを綾は教え込んだ。そして、綾の力で店を持たせた。ブティックRin はVIP向けのブティックだ。VIP用のサロン形式の店は少ないので、その方向性で打ち出した。

マークが広告塔となり、セレクトの良いブティックRinは芸能界や企業のトップたちの間で瞬く間に評判となった。でも綾はお客を選ばせた。誰でもが使えない店という特別観がステイタスになるから。それが売上より大切だということをマークに言い聞かせた。

マークの努力もあり、今では順調な経営をしている。それでも綾はまだ満足していなかった。近いうちに発表となるある計画を進行していた。


「マーク、こちら真鍋君。この子どうにかして。とにかく上品にね、ケバイのはダメよ。」

綾はマークに真鍋の服装のコーディネートを頼んだ。

「あら、いい男じゃない。でもちょっと色気が無いわね~。」

「やっぱりそう見えるわよね。私がこれから変身させるのよ。」

「いいわね~ 綾さん直々に~うらやましいわね~。真鍋さんラッキーよ、頑張らないとね~。」

真鍋は二人のやり取りをポカンとして見ている。

「これからジムで体形も変身させるから、とりあえず外に着ていけるもの2着と、オフの2着、それに合う小物もね。アクセサリーはいらないわよ。」

「わかったわ。揃えるから少し待っていてね~。」


マークが倉庫に行っている間、ソファーに座って待った。

若いきれいなかわいい男の子がシャンパングラスに注がれたアップルタイザーを持ってきてくれた。

(マークったら、いつのまにこのかわいい男の子を・・・) 

綾はかわいい男の子に声をかけた。

「ありがとう。あなたお名前は? 」

基樹もときです。よろしくお願いします。」

「基樹君は最近入ったのよね? 」

「はい。大学卒業して、こちらにお世話になっています。」

「モデルもやっているのかしら? 」

「はい。もともとアルバイトでモデルやっていて、社長がそのショーを見に来てくださっていて声を掛けていただきました。」

「へー、でも大学卒業して他の仕事に付こうとは思わなかったの?」

「正直悩みました。でもファッションはもともと好きでしたし、この特別なサロンという商売体系が僕の興味を引きました。」

「そう。これからもよろしくね。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

綾のリストに基樹は入った。


マークが戻ってきた。

「綾さん。どうかしら~、幾つかコーディネートして持ってきたけど・・・」

ラック2本を綾の前に置いた。

綾はラックの服を見て、セレクトを組みなおした。

「真鍋君、これ着てみて。」

まずは1セット目を真鍋に渡した。

真鍋は、大きくて床と扉以外全面鏡張りのフィッティングルームで着替えた。綾のセレクトしたものはぴったりだった。全パターンを着て、それぞれのスタイルを基樹がスマホで撮影してくれた。

「マーク、あとはパンツの裾上げをお願い。」

「やっぱり綾さんすごいね、見極めが速いし適格。僕らプロも負けるよ。目線が違うのかな。」

「私ね、目が2つじゃないみたいよ。」

「アハハ!」

マークは楽しそうに笑った。


裾上げが必要のなかったオフ用の1セットを真鍋に着せた。裾上げが必要な物は終わったら基樹が真鍋の部屋に届けてくれることになった。

「今日真鍋君が着ていたものは捨てていいわ。」

綾の言葉に真鍋はもう動揺しなかった。

「マークありがとう。後はよろしくね。それと例の件、近々ミーティングをします。巧から連絡するわね。」

綾はマークの頬にお礼のキスをした。

二人はブティックを出た。


「少し早く終わったから美容院に行きましょう。」

綾は、美容院に電話を入れタクシーに乗った。


この美容院も個室対応の会員制だった。

並木なみきさん、こんにちは。」

「綾さん、ご連絡ありがとうございます。ご用意できています。」

「並木さん、急に悪かったわね。こちら真鍋君。これからずっとお願いするからよろしくね。」

「ありがとうございます。真鍋さん、よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


並木は50代前半位で、そんなに背は高くはないが姿勢が良くいつもパンツにシャツとベストを着ている。ヘアスタイルは商売柄、来るたびに少しずつ違っている。その髪型に合わせてひげも変えたりしているが、落ち着いていて信頼感がある。


並木は二人を個室に通した。

部屋は広く、壁全面の鏡にスタイリングチェアとシャンプー台、大きなモニター、フィッティングスペース、そして待つ人用にソファー等が設置されている。

綾はソファーに座った。

「並木さん。真鍋君は俳優さんで、これから私が変身させるの。だから並木さんには彼の良さを引き立てる髪型とメイクをお願いしたいの。」

「承知しました。」

並木は真鍋の全身を眺めた。そして顔を見ながら、髪を触った。

「綾さん、最近この大きなモニターを設置しました。こちらで真鍋さんの顔といくつかの髪型を画像処理してご覧いただきたいと思います。それで方向性を決めたいと思いますので少しお待ちいただけますか。」

「面白そうね~。いろいろ見せて。」

並木は真鍋の髪の毛をヘアバンドで上げて、おでこを全部出るようにして写真を撮った。5分ほどで画像処理を終えた。

「とりあえず僕が5種類選びました。ホントはもうひとつに絞っているのですが、綾さんいろいろ見たいかと思って。」

「見せて、見せて。」

真鍋は照れくさそうに一緒にモニターを見た。

見始めると綾は真剣な顔になった。

「3番ね。」

綾は直ぐに言った。

「やっぱりそうですよね。僕も3番押しです。これでここのサイドを少し短くします。」

並木はモニターを指さして言った。

「そうね。じゃあそれでお願い。眉毛は触りすぎないように。そして目を少し切れ長にあっさりメイクしてね。どのくらい時間かかるかしら? 」

「大体2時間いただきたいです。」

「わかったわ。私出掛けて2時間後に戻りますから並木さんあとはよろしくお願いします。真鍋君、変身楽しんでね。じゃーねー。」

綾は出掛けていった。

綾の行動の速さに真鍋は驚きながらもなんだかおかしくなった。

並木は真鍋にいろいろ説明しながらカットやパーマ、カラーを始めた。


 綾は2時間の時間が出来たので、久しぶりにここ代官山をのんびりと散歩をした。新しい店も出来ていたので、楽しかった。

お店をいろいろ見ていたら、急に巧にプレゼントをしたくなってネイビーの綺麗なシャツを買った。巧とはなかなかデートが出来ないのよねーと思いながら、この仕事が終わったら二人で旅行に行こう、それを楽しみに頑張ろうと誓った。


 綾は2時間より少し前に美容院に戻ってきた。

「並木さんどう? 」

「いい感じですよ。並木は椅子を回して綾に真鍋を見せた。」

「あら、いいわね。髪の色もちょうどいいわ。少しはいい男に見える。後は中身ね。」

真鍋は、なんだか上げられているのか下げられているのかわからないや、と思った。でもこの変身を気に入っていた。

「真鍋君、髪の毛の整え方と、メイクのやり方教えてもらって。覚えてね。」

綾は真鍋をスマホで撮影した。顔も全身も。


「これスタッフさんにお土産よ。」

綾は美味しいお菓子を差し入れた。


 夕飯は、並木を含めて3人で中華を食べた。

真鍋は、並木さんがいるからマナーのことうるさく言われなくていいやと ほっとしながら食べた。でも、昼に言われた姿勢のことは気を付けた。


 帰り際、お店を出たところで綾は並木にコソッと話をした。

「例の件はどうかしら? 考えてくれた? 」

「ありがとうございます。もったいないお話です。何卒よろしくお願いします。」

「決心してくれてありがとう。早急に対応しますので、また連絡します。」


 綾と真鍋はS・Gビルに戻ってきた。

「真鍋君、今日はお疲れ様。明日の朝ごはんはバスケットに入れて巧が届けます。時間は8時30分。明日からのタイムスケジュールは今晩中にメールで送ります。じゃあね、おやすみなさい。」

「今日はありがとうございました。おやすみなさい。」

真鍋は、ふぅーと息を吐いて部屋に戻っていった。


真鍋は部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。

(疲れた!)

今日一日のことを思い起こした。

朝ここに着いて、洋服捨てられて、ジムに行って、新しい洋服着せられて、髪型変えられて・・・

一日が濃かった。あの綾さんって本当に行動が一つ一つ速い、判断が速い。それにあの笑顔・・・あれにはかなわない。なんて人だ・・・

そんなことを考えているうちに寝てしまった。



綾は Transformerに行った。

「巧~ ただいま。今日、工藤建築事務所の人来た? 」

「今さっきお帰りになりました。図面預かっています。」

「見せて。」

綾は仕事の顔になり、イメージ図と図面を見た。

「保々いいわね。巧、並木さんから正式にOKの返事をもらったから明日の2時半からブティクの2階でミーティング。出席者は工藤さん、マーク、並木さん、そして私と巧。急ぎで悪いけど皆には今晩中に連絡して。」

「はいわかりました。」

巧は綾のことをいつも強引だと思っている。今回だって並木さんから正式な返事をもらっていないのに推し進めていた。でもそのスピード感が成功する秘訣だということもわかっている。だから巧は綾の言う通りにしている。そして電話を始めた。

綾は真鍋のスケジュール案のメモを見直した。

「巧、あとこれ真鍋君の当分のタイムスケジュール。真鍋君にメール入れておいてね。」

「わかりました。」

「私はこれから明日のミーティングの件をまとめるので今日は帰るわね。巧~」

綾は巧の顔を引き寄せてお休みのキスをした。

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