第1編 役者編
綾さん、お仕事です
夜、綾がTransformer にあらわれた。
「綾さん、丁度よかった。連絡しようと思っていたところです。」
「あら、改まって何、巧・・・」
「綾さん、お仕事です。」
「久しぶりね。今回はどんな人? 」
「役者です。27歳。連ドラのオーディションがあるのですが、最後のチャンスと位置付けているようです。マネージャーの田中さんか俊さんのお知り合いで、どうしてもと頼んできました。」
「ふーん。俊がらみなの? 写真ある? 見せて。」
綾はすっかり仕事の顔つきになっている。
「大変そうね。まるで色気が無い・・・それでいつ来るの? 」
「今日、これから9時ごろ来ます。」
「ずいぶん急なのね。オーディションはいつなの? 」
「3ケ月後です。」
「間に合うかな・・・」
9時少し前にマネージャーの田中と、
真鍋はスタイルが良くいわゆるイケメンの部類に入るが、写真で見たのと変わりなく華が無く色気を感じない。そして、ふてくされたような顔をしていた。
田中が口火を切った。
「綾さん、初めまして。この度はお仕事引き受けていただきありがとうございます。」
「まだよ~。いろいろ聞いてからでないと引き受けられないわ。ところで田中さん、俊とはどういう知り合いなの? 」
「大学の同級生で、卒業後もたまに飲む仲です。勿論俊が帰国時には会っています。今は離れているのでなかなか会えないですがオンラインでたまに話しはしています。」
「へー。じゃ、ある程度は私のことは聞いているのね。」
「はい。絶対秘密厳守ということでお聞きしました。綾さんとお呼びすることも・・・。」
「あらそう。俊ったら・・・ 」
俊は私にOK取る前に話したのね。今度お仕置きしなきゃ・・・と思いながらも、綾は可愛い俊の為なら何とかしないといけないと思った。
「それで田中さん、今回の案件を説明していただける? 」
「はい。ではご説明させていただきます。3ヶ月後に連ドラの主役オーディションがあります。題名は『この恋の行先は』という恋愛ものです。主役は、イケメンで女性にもてるものの、本物の恋をしたことが無く、人を愛することを知らない男がある女性に出会い、徐々に性格も変わり人を愛せるようになるという役どころです。真鍋は27歳。イケメンではあるのですが、何か足りないと良く関係者に言われています。いままでドラマのチョイ役はあるものの、まだ主役をはっていません。そこで、このドラマの主役をどうしても勝ち取りたいのです。なんとか綾さんのお力を借りて、どうにか真鍋を変身させていただきたいのです。」
田中は力説をした。真鍋は話を聞いていたが、終始ムッとした顔をして言った。
「この人の力を借りなくたって大丈夫だよ。オーディションに受かればいいんだろ。それにたった3ヶ月で俺を変身させる? 何が出来るっていうの? この人が・・・」
綾はすかさず、真鍋にきっぱりと言った。
「真鍋さん、やる気がないなら帰りなさい。私は引き受けたら必ずどうにかします。でも、それは本人にやる気がある場合。役者はアーティスト、水モノと言われる分野、普段ならお引き受けはしません。でもあなたが本当に今度のオーディションに受かりたい、役者として独り立ちしたいという強い気持ちがあるのなら、私は私の持つ全てを使いあなたを押し上げます。その代わり3ヶ月間は私の言う通りにしてもらいます。それがイャなら帰りなさい。」
真鍋はムッとしながらも押し黙った。
見かねた田中が、
「真鍋君、頑張ってやろうよ。綾さんには物凄い実績があるんだよ。本来なら僕らなんて頼めない人だけど、受けてくださるというチャンスを得たんだ。事務所もこれにかけているから大きな出費をする。このオーディションに受からなければ、君は事務所との契約も打ち切られる。最終宣告だよ。」
真鍋はしぶしぶ答えた。
「・・・わかったよ。それで俺は何をすればいいの? 」
綾は、この真鍋はまだ自分の置かれている状況を理解していなく、投げやりだと思った。
「真鍋さん、明日の同じ時間にもう一度来てください。田中さんもね。それまでに契約書を作っておきます。その時に今後についてご説明します。」
田中は小躍りして喜んだ。
「ありがとうございます。お引き受けいただけるのですね。真鍋君もお礼言って。」
「お・・・お願いします。」
綾はひとつ付け加えた。
「そうそう、真鍋さん。明日来るまでにやって欲しいことがあります。彼女がいるなら別れてきてね。」
「な 何で ・・・ですか? 女もダメですか? 」
真鍋は焦った声で言った。
「そうよ。どうせろくな女と付き合っていないでしょ。そのファッション、風貌を見れば分かるわ。」
田中はここでもめて契約が出来なくなると困るので、慌てた。
「わかりました。仰せの通りに致します。」
「ちょっと待てよ・・・勝手に何言ってんだよ。」
「辞めてもいいのよ真鍋さん。どうするの? 男なら腹くくりなさい。」
綾は真鍋の目を見ていた。田中は真鍋に諭した。
「真鍋君・・・ちゃんと返事をして。」
「・・・わかったよ。」
田中は真鍋の頭を抑え込んで二人で深々とお辞儀をして帰っていった。
グラスをセーム革で拭きながら巧は綾に話しかけた。
「ちょっと手がかかりそうですね。」
「そうね。でも真鍋さんの目の奥には光るものがあった。まだ濁っていないからどうにかなるでしょ。巧、契約書作らないといけないし、お店閉めてね。」
「わかりました。綾さん、その前に何か食べますか? 」
「うーん。巧かな・・・」
このS・Gビルは西園寺グループのもの。青山のはずれ、広い敷地には緑が生い茂りそこには2棟の建物がある。贅沢な佇まいはちょっと日本とは思えない。1棟目 S・GビルⅠは地下1階地上2階建て。Bar Transformerは地下にあり、1階2階はグループ会社のアパレル ブティックRinがここに本店を構えている。ここの社長も綾の手によって変身した一人。2棟目 S・GビルⅡはS・GビルⅠからは見えない奥にあり、地下1階地上3階建て。地下は駐車場、1階は巧の弁護士事務所と住居。2階は住居スペースでいつもは空いている。ここはたまに俊がニューヨークから帰って来た時や、依頼人の住居として使用する。3階は綾のスイートルーム。
今晩綾と巧はこの3階に消えていった。
次の日、朝から綾と巧は巧の事務所で契約書を作っている。午前中で素案が出来、午後からは巧が詳細を詰めている。綾も朝から国際電話をしていた。久しぶりの相手なので話が長引いている。巧はあきれながらも楽しそうな綾を見ていた。
いつものように巧の仕事は正確で、午後4時前には契約書は出来上がっていた。
「綾さん、契約書出来ていますがもう一度確認されますか? 」
「巧、お疲れ様。さっき確認したから大丈夫よ。さて、9時まで時間あるからどこかに食事に行く? 」
「そうですね。昼もサンドイッチだけでしたしね。でもこの後も仕事ですからサクッと寿司なんかどうですか。」
「そうね。いいわね。
幸寿司は綾の行きつけのお寿司屋さん。いつも旬のネタを揃えている。その日大将が気に入ったものしか仕入れないというこだわりが綾の気に入っているところ。シャリの硬さや大きさ、酢の量も丁度いいと思っている。いつもはおいしい日本酒で刺身を食べて、それから寿司を食べる。残念ながらこの日はこの後仕事だからお任せ寿司にした。そしてノンアルのビールで我慢した。
9時、田中と真鍋がTransformerにやってきた。
「田中さん、真鍋さん、契約書が出来ています。場所を変えましょう。」
綾は巧にバーを閉めさせ、4人で巧の事務所に場所を移した。
事務所の応接に4人は座った。すぐさま綾は話し始めた。
「田中さん、向こう3ヶ月真鍋さんの仕事は入れてないですね。」
「はい。入れてないです。」
「こちらから仕事をお願いすることが発生した場合、田中さんにも動いていただくことがあると思います。ご対応いただけますか? 」
田中は少し不思議そうな顔をしていたが答えた。
「はい。僕にできることであればなんでも対応いたします。」
「よかったわ。では、契約書をご確認ください。」
巧は、田中と真鍋に契約書を渡した。
「ご質問がありましたら、ひとつずつお答えいたしますので、説明途中でも結構ですからご遠慮なくおっしゃってください。」
二人は契約書を読んだ。
田中は早速質問をした。
「あの、真鍋が行っていく内容が〝随時〟とありますが、どういうことでしょうか。」
「真鍋さんのことはまだわからないですから、随時対応するということです。そこがお任せいただく部分です。」
「あと、ロスに滞在して演劇の勉強とのことですが、真鍋は英語が殆ど出来ませんがそれでも大丈夫なのでしょうか。」
「英語が出来ないのであれば、日本にいるうちに勉強して日常会話は習得していただきます。演劇スクールのオーナーは日本人ですが、教授陣は皆むこうの方ですので、授業は全て英語です。努力していただかないとなりません。」
田中は真鍋に聞いた。
「真鍋君、何かある? どう頑張れる? 頑張ってもらわないといけないんだけど。大丈夫だよね? 」
「良くわかないけど、この人の言うこと聞けばいいんだよね。」
「真鍋君、この人と言ってはいけないよ。」
「綾さん、真鍋に何と呼ばせていただけばよろしいですか? 」
「綾さんでいいわよ、みんなそう呼ぶから。苗字では決して呼ばないこと。いいわね。」
「はい。」
返事はしたものの、真鍋は綾の苗字を知らなかった。
綾は、みんなの顔を見た。
「もう質問はありませんか? では最後に確認です。真鍋さん、私はあなたのために最善の準備とお膳立てをします。それにしっかり付いてきてください。3ヶ月しかないのでとにかく濃密な日々を送ってもらいます。あなたの努力がなくてはいくら私が頑張っても無理よ。覚悟はいいわね。」
「わかった、やるよ。」
「では田中さん。契約は3者契約ですので3部。御社と私と、そして真鍋さん。全てにサイン捺印をお願いします。」
それぞれか本契約書にサイン捺印をした。
「では、契約はこれで終了です。これから3ヶ月しっかりやりましょう。田中さん、随時ご報告はさせていただきますが、とにかく3ヶ月後を楽しみにしていてくださいね。社長さんにもよろしくお伝えください。」
田中は綾の手を取って何度も頭を下げた。
「真鍋さん、これからはあなたのこと真鍋君と呼びます。身の回りの物まとめて明日から来てください。このビルの2階が貴方の住居となります。2LDKですから広さも問題ないわ、行ってみましょう。田中さんもご一緒にどうぞ。」
4人で真鍋が生活する2階の部屋を見に行った。
「真鍋君、明日からここで生活してもらいます。殆どの物は揃っているから、ほんとうに身の回りの物だけ持ってくればいいわ。それと、これからの3ヶ月間無断外出は禁止です。なにか欲しいものやどうしても外出したいときは私か巧に言ってください。田中さんもよろしいですね。」
「はい。贅沢なくらいの部屋ですし、最高の環境です。どうぞよろしくお願いします。真鍋君、頑張ってね。では、僕はこれで失礼します。」
田中はそう言って帰っていった。
「巧ももういいわ。少し真鍋君と話すから。」
「わかりました。事務所におりますので終わりましたらお声がけください。」
巧は事務所に戻っていった。
巧は、若造だけどイケメンな真鍋と綾を二人きりにさせたくないのに・・・と心の中で思った。
顔には出さないが、巧は独占欲の強い男なのだ。
巧が部屋を出てドアの閉まる音がした。
綾は、真鍋の身体を上から下まで眺めた。真鍋は品定めをされていると身体を固くした。
「では真鍋君、早速ですがシャツを脱いでくれる? 」
「えっ? 」
真鍋は綾を直視した。
「襲わないわよ~ フフフ」
真鍋はちょっと照れている自分を見透かされないように、勢いよくバッとシャツを脱いだ。
「Tシャツもよ。」
真鍋はTシャツも脱いで、少し胸の筋肉に力を入れた。
「やっぱりあんまり筋肉ないわね。ジムとか行ったりしていないの? 」
「小学校の高学年から高校までは空手をやっていましたが、それ以来運動はしていないので・・・」
「空手ね、いいじゃない。まずは適度に筋肉を付けて、そして姿勢がよくなるようにジムに通ってもらいます。これから2ヶ月毎日。2ヶ月で改造するわよ。」
「・・・はい。」
真鍋は、2ヶ月間ずっとか~と思いながらも運動ならいいやと返事をした。
綾はニコッと笑った。
「シャツ着ていいわよ。座って。」
「それと、英語ね。フランス系アメリカ人の女性講師に来てもらいます。2ヶ月で日常会話が出来るレベルになってね。あっ、その女性美人よ、口説いても問題ないわ。外人が恋人だと英会話の上達が早いしね。でもね、彼女少林寺拳法やっているから下手に手を出すとやられるわよ。フフフ。まあ、彼女次第ということね。」
真鍋はどう返事をしていいかわからないという感じの困った顔をしていた。それを見て綾はかわいいじゃない。意外とウブなのかしら?と思った。
「あとひとつ質問。真鍋君、あなた何か特技無い? 誇れるもの。」
「・・・特に・・・。」
「無いの? 何も? 」
「無いっす。じゃなくて無いです。」
「そうね、会話もマナーもやらないとね・・・。特技の件だけと、学生時代に何か賞をもらったこととかないの? 思い出してみて。」
「・・・えーっと・・・、中学1年の時に習字で特別賞をもらいました。習字なんて何もわからないから思いっきり書いたらダイナミックでいいと言われて。だから偶然もらっただけの賞だから・・・それ以外賞なんて貰っていません。賞とは無縁です。」
「ふーん。習字ね・・・使えるかもね。それでいきましょう。筆とか道具は持っているの? 」
「1本だけ、特別賞の賞品で貰った太くて毛先の長い筆を持っていますけど、硯とかはもう無いです。」
「わかったわ。一応筆は持ってきてね、他はこちらで用意します。先生も探します。そういえば、彼女とは別れられたの? 」
「別れました。昨日あれから電話をして別れを切り出したら、あっさりと納得されちゃって・・・。どうも二股かけられていたみたいです・・・」
「そう、あなた自身は引きずっていない?」
「まあ・・・」
「そう、よかった。付き合う人はしっかり選ばないとダメ。男も女もよ。人付き合いは大切です。人を見極める目も鍛えてあげます。さてと、大体わかったと思うけど、先ずは、
1, 身体づくり
2. 英会話
3. 習字
4. 会話・マナー
この4つから始めます。会話とマナーは私が随時教えます。そうそう、あと経済新聞を毎日届けるから読んでね。まずは見出しだけでいいから。それで気になった記事を一つ読む。毎日繰り返すことで、自然と読む記事が増えていくはずよ。役者であっても世の中に目を向けなくてはいけません。
それと、そのコロンやめなさい。あなたを安っぽくします。整髪料も含めて香りは慎重に選ばないとダメ。私が探しますからそれまでは付けないこと。いいわね。では、今日はここまで。」
「はい。・・・でもこれで僕はどうにかなるんですか? 」
「まだそんなこと言っているの。 私に任せなさい。信じて。」
綾は真鍋の目をしっかりと見た。
「フッ、わかりました。綾さんを信じてみます。明日からやってみるよ。」
「私も預かったからには真剣に取り組みます。覚悟してよ。ところで明日何時に来られる? 」
「まだ荷物を作っていないので、10時30分でいいですか? 」
「わかったわ。では下の事務所に行きましょう。」
「巧、終わったわ。2階の鍵を真鍋君に渡して。」
「はい。」
巧は真鍋に2階の部屋の鍵を渡した。
「巧、明日真鍋君は10時30分に荷物を持って来ます。その後12時から私とランチをして、14時にジムに行きます。ランチはいつものイタリアン。明日の朝、各所に連絡しておいてね。」
「わかりました。」
「では真鍋君。今日は終わり。」
「明日からよろしくお願いします。おやすみなさい。」
真鍋は事務所を出た。真鍋はこれで3ヶ月間監禁されて調教されるわけか・・・とフッと笑った。不安もあるけど綾のあの目を見て、やるだけやってみようと前向きな気持ちになっていた。
巧は綾の顔を見て優しく尋ねた。
「綾さん、お疲れさま。Barで少し飲みます? 」
「・・・巧、不安なの?」
「何をですか?」
「フフフ、無理しちゃって。ねェ、巧の部屋で飲んでもいい?」
綾と巧はキスをしながら巧の寝室に消えていった。
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