始動

次の日から真鍋はスケジュールをこなすように始動した。

7:30  起床

8:30  朝食

10:00~ フィットネスジム

12:00~ 休憩、昼食

14:00~ 英会話(真鍋の部屋)

16:00~ 休憩

17:00~ 書道(真鍋の部屋)

19:00~ 休憩

19:30~ 夕食(綾と、マナー・会話練習含む)

23:00 就寝

英会話と習字は日曜日お休みだけど、そこに他の用事を入れるので、基本真鍋に休みは無かった。もちろん自由に外出することも許されていない。多少部屋でのお酒は許されていたが、それ以外は若い男には辛い修行僧のようなものだった。


14時 綾は英会話教師のジャネットを連れて真鍋の部屋を訪れた。

「真鍋君、ジャネットよ。彼女は5ケ国語話せる才女です。もちろん日本語もペラペラ。だから、英会話の時に真鍋君の日本語もおかしかったら直してもらいます。でも英語のレッスン中は基本英語だけ。2ヶ月で会話が出来るようになってもらいます。いいわね、頑張って。日曜日はお休みよジャネット。」

「OK! 綾。厳しくやるわ、任せて頂戴。」

ジャネットはウインクをした。

綾は部屋を出た。ジャネットとはもう何度も仕事をしているのでそれ以上言うことは無かった。これから大切なミーティングだし・・・


14時30分 ブティクの2階には、みんなが揃っていた。

皆に向かって綾は説明を始めた。

「急にお呼び出ししてごめんなさいね。早急に進めたいのでみんなに集まってもらいました。案件は2つです。ひとつは、このブティックRinでブランドを立ち上げます。コンセプトは“気品ある色気”です。今までセレクトだけでやってきましたが、今ひとつもの足りないのでこの決断に至りました。でも在庫は悪なのでアイテム数や生産量は押さえます。生産基地も国内で抑えました。殆どファーストサンプルも上がっています。ブティックでは今まで通りセレクト品も並べますが、新ブランドはCMを打つなどしていきます。ブランドのお披露目は約3ヶ月後です。

それと、並木さんの美容院をこの2階に併設します。これがふたつ目です。ブティックと美容院が併設すればお客様の変身願望に応えられます。並木さんにはずっとアプローチしてきたのですが、やっとOKをいただけました。それで急ですがマーク、2階の半分を片付けてね。ブランドが始まればどうしても在庫が増えるので倉庫を借りましょう。倉庫は西園寺グループのを使うから格安に済みます。いいわね。

並木さん、これが美容院のイメージです。いいお返事をいただけると信じて少し進めていました。」

綾は、並木に図面を見せた。

「工藤さんと共に細部を確認して詰めてください。工藤さん、大変申し訳ないのですが1ヶ月半で完成させてください。費用等は巧と相談してください。巧、各方面の契約と、倉庫と店の在庫システムをよろしくね。皆さん、時間があまりないので気を抜かずよろしくお願いします。」

その後細部のミーティングをした。

「そろそろいいかしら? 何か質問ある? ・・・なければ解散。」

皆 真剣な顔で綾を見つめた。この人やっぱり凄い・・・と思いながら。


ミーティングは終わった。16時15分、ちょうどいい時間だった。

書道の先生は綾も会ったことが無かった。ジャネットの紹介だった。なんとアメリカ人で、日本の書道に魅せられて日本に住み着いて10年という男性だった。面白いと思った。

作品の写真を見せてもらったけど、力強さの中に色気があった。綾は気に入ったのだ。巧の事務所でこの男性ジョンと待ち合わせをしていた。

ジョンは16時30分にやってきた。


「初めまして、ジョンです。綾さんですね、よろしくお願いします。」

「ジョンよろしくね、綾です。これから事情をご説明いたします。その上でジョンにお願いしたいことをお話したいと思います。」

ジョンは作務衣を着て風呂敷包みを抱え、口の周りとアゴに髭を備えた大柄な男性だった。でもとてもやさしい目をしていて、繊細さも兼ね備えていることが見て取れた。

「これから指導をしてもらう真鍋君には、ダイナミックでしかもしっかりした文字を書けるように指導して欲しいのです。紙からはみ出すようなね。それと、所作も大切だから凛とした感じを植え付けて欲しいです。人前で書いても大丈夫なように。2ヶ月間。休みは日曜日だけ。いいかしら。」

「わかりました。まずは真鍋さんの実力を見て、判断します。そこでまたご相談致します。」

「そうね、よろしく。では真鍋君の部屋に行きましょう。」

綾はジョンを真鍋に紹介をして部屋を出た。


 綾はふーっと息を吐いた。さすがに疲れた・・・

自分の部屋に戻って仮眠を取ることにした。今日の夕飯はどこにしようかしら・・・と考えながら寝てしまった。


18時45分、綾は巧からの電話で起こされた。

「綾さん、事務所でジョンが話をしたいと待っています。来られますか? 」

「わかったわ。すぐ行きます。」

綾は身なりを整えて事務所に向かった。


「綾さん。真鍋さんに一から書道を教えました。正直言って上手いとは言えない。でもダイナミックで、あまり線にとらわれていない、魅力は出せそうです。上手いのではなくダイナミックを生かした絵画というか魅力で勝負したいです。よろしいでしょうか。」

ジョンはそう言って、真鍋の書いた数枚を見せてくれた。

「そうね。確かにうまい綺麗な文字ではないわね。時間はかかりそうだけど、魅力を引き出してください。これから心の成長もさせますからそれも文字に現れてくると思いますので、よろしくお願いします。」

ジョンは綾に握手を求め、帰っていった。大きな暖かい手だった。


 真鍋は死ぬほど疲れてベッドに倒れこんでいた。身体だけでなく頭も疲れた。こんなに頭を使ったことはないと思った。まだこれから綾さんと食事だとおもうと思わず「ふーっ」と溜息が出た。


 綾と真鍋は割烹料亭 いぬいのカウンターにいた。

ひとりでも食べられるようにカウンター席もある店だ。

「乾さん。今日は本当に急なご対応をしていただきありがとうございます。彼は真鍋君。こういう席は初めてです。ですから一連の割烹料亭のお料理を季節感があるものでお願いします。また、申し訳ないのですが、食事管理中でもありますので、7分目でお願いします。私も同じ量で結構です。」

「承知いたしました。ご説明しながらお出しいたします。」

料理長の乾は先付から始まり様々な料理を細かい説明と共に出してくれた。綾は真鍋に箸の華麗な持ち方、使い方、綺麗な食べ方等をいちいち教えて直した。お酒の飲み方も同時に。

人と飲むときの注意点、食べるスピード等、綾の教えは真鍋にとっては初めてのことばかりだった。


2時間半かけて夕食が終わった。真鍋は疲れ切っていた。


「真鍋君お疲れ様。初日だから疲れたわよね。今日はこれでおしまいです。明日からお昼と夜は基本真鍋君の家で私と共に食べます。お昼は巧も一緒です。専任の調理師を雇いました。彼女にこれからジムの食事管理と連動して作ってもらいます。だからランニングから帰ってきて女性がいてもびっくりしないでね。じゃおやすみなさい。」

「わかりました。おやすみなさい。」

真鍋は物凄い溜息をついた。



綾はTransformerに行った。

「巧 お疲れ様。お客さん終わったの? 」

「はい。今日は工藤さんと工藤さんが依頼した内装デザイナーさんでした。工藤さんも仕事が速くていいですね。デザイナーさんも良い方でした。」

「良かった。スタート切ったってとこね。今日はミーティングがうまく言ったからちょっとお祝い。二人でシャンパン飲みましょ。」

「つまみは何がいいですか? 」

「そんなの決まっているでしょ。」

二人はシャンパン片手に綾の部屋に消えていった。

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