たいようオムライス feat. SUN


葉一はいちくん、マック行かない?」

久しぶりに半日授業とバイト休みが重なったから、ゆっくり家に帰ろうと思っていた時、クラスメイトが話しかけてきた。丸っこくて少年みたいな声の……名前なんだっけ。

「ほら、テスト前だし勉強も兼ねて」

うーん、どうしよう。今日は午後こむぎをメンテナンスに連れて行こうと思っていたのだが、マックに行っていると時間がなくなってしまう。

「ごめん、今日時間ないんだ」

「あー、そうか。じゃ、また今度ねー」

手を挙げて去っていった。やっぱり、名前なんだっけ。

 自分は人物に関する記憶にとても疎い。仲良くしていたり、仕事の人ならまだわかる。でも歴史上の人物や普段から話をしない人に関しては、名前がわからない。単純に人にあまり興味がないのもある。基本的にテレビはニュースか料理番組しか見ないしドラマやアニメを見ている暇があるなら料理をしていたいと思う。そんなんだから、今まで一度もクラスメイト全員の名前を覚えたことがない。びっくりするに、意外とそんなんでも学生はやっていける。

家に帰ると時刻はすでに1時半を過ぎていた。こういう時のための手作り冷凍焼きおにぎりを解凍しつつ、こむぎを捕まえる。キャリーケースを押入れから出すとなにかを察したのかテレビ台の奥に逃げた。こむぎは以外と頑固な性格だから、こうなるとずっと出て来なくなる。こんな時はどんな猫でもそそられてしまうという売り文句を掲げるペットフードを見せる。と、まんまと出てきた。さっと捕まえるとキャリーケースに入れて、おにぎりを食べてメンテナンスに向かう。 

 徒歩10分で着いたのは街のショッピングセンター。いつもここのペットショップで爪を切ったり、シャンプーをしてもらったりしている。待っている間にこむぎ用のペットフードやおもちゃを買う。こむぎは猫のくせに結構グルメで同じおやつを与えすぎると食べなくなる。それはフードも同じで与えるものはいつも微妙に違う。飽きそうになってくるとささみを加えたり、蒸し野菜を入れたりして味を変えてあげる。流石に一回一回違う味のフードは金銭的にもきつい。なるべくちょうど良いくらいの量が入ったものを安い時に買っておく。

 隣の列に行くと、かわいい猫用のベットが並んでいた。そろそろ寒くなってくるから、一つ買っておこうか悩む。――と、その時目の前に急にグレーの物体が覆い被さった。びっくりしてのけぞる。

「ちょっ、ダメだってば!」

どこか聞き覚えのあるその声に、僕の頭の中で珍しく名前が浮き上がってくる。この声は……。

「すみません……って、葉一くん!?」

声の主は、昼間マックに行かないかと誘ってきたクラスメイト、鳥羽奏とばかなでだった。

「ごめんね、びっくりしたよね。怪我してない?」

「あ、大丈夫」

怪我より何より、鳥羽の方に止まっている小動物―フクロウにびっくりする。

「もう、ダメだって……え?ネコの匂い?……」

鳥羽はフクロウに向かって何やら喋っている。

僕はというと、まだ驚きが収まらない。何に驚いているかというと、こういう時にスラスラと喋れない自分に、だ。せめて何か面白いことでも話せないのか。

「ごめん、なんかめっちゃびっくりさせちゃった……?」

「いや、鳥羽くんが名前の通り鳥を飼っているんだなって……」

咄嗟とっさに出た言葉がそれだった。言った自分でも意味がわからない。けれど、鳥羽はそんなくだらない一言でも大笑いした。きっと彼は優しい人間なんだ、とまだちゃんと話していなくてもわかるくらいに。


 「へぇ!葉一くん猫飼ってるんだ」

「そういう鳥羽くんこそ。フクロウ飼ってる人なんて初めて見た」

「あ、奏でいいよ。このフクロウ、もう全っ然いうこと聞かないしほんとに手間かかるよ」

 苦笑いしながらレモンソーダを飲む。奏はあのくだらない一言にひとしきり笑った後、せっかく会ったしと、ショッピングセンターのすぐそばにあるハンバーガーショップに連れて行ってくれた。絶妙なスパイスとコンソメのポテトも、レモンが輪切りになって入っている自家製レモンソーダも正直腰を抜かすほどうまい。クラス替えからもうとっくに半年以上経っているのにほとんど話したこともないクラスメイトをこんなところに連れて来てくれる彼はどれだけ寛容なんだろうか。

「僕、葉一くんって僕のこと嫌い…っていうか話するの嫌いなんだとずっと思ってた」

「ごめん、それどっちも不正解。そう思わせちゃってほんとごめん」

「いやいや、僕もずっと話かけずでごめん。でも葉一くんって思ってたよりずっと優しいんだね」

屈託くったくなく素直に話す奏はなぜか、一緒にいて安心する。友達なんてまともにいたことなかったけど、これが友達というものなのか。初めて感じる嬉しさに自然と笑みがこぼれる。その笑みを見て奏も嬉しそうに太陽みたいな明るい笑顔になる。カラリ、と溶け始めた氷が同調するようにグラスの中で音を立てた。


 こむぎを引き取り、家に帰る途中でいつものスーパーに寄る。忘れずにイヤホンをつけて選曲する。あの太陽みたいな笑顔を思い出して、“太陽”と入力する。

――SUN

迷わずに再生ボタンを押す。


『SUN 星野源』


『Baby 壊れそうな夜が明けて 空は晴れたよう』


だいぶ寒くなってきて野菜コーナーは根菜こんさい類が目立つようになってきた。


『Ready 頬には小川流れ 鳥は歌い』


太陽のようなオレンジ色のにんじんを1本かごに入れる。安定の玉ねぎも入れる。きのこコーナーで割引きになっている立派なマッシュルームもカゴに入れる。


『何か 楽しいことが起きるような 幻想げんそうが弾ける』


黄身が濃くて美味しいたまごをカゴに入れると、精肉コーナーで鶏もも肉を入れる。


『君の声を聞かせて 雲をよけ世界照らすような』


隠し味にと、ぴかぴかの美味しそうなみかんも入れる。これも太陽みたいなオレンジ色。オレンジ色の食材は意外とたくさんあることに今更気づく。


『君の声を聞かせて 遠い所も 雨の中も すべては思い通り』


支払いを済ませて足早に自宅に向かう。初冬しょとうの夜は吐く息も凍りそうなくらいの寒さだったが、なぜか心はポカポカと暖かかった。


『Baby その色を変えていけ 星に近づいて』


自宅に戻るとすぐに夕飯作りだ。買ってきたにんじんと玉ねぎ、マッシュルーム、ピーマンを大きめのみじん切りにする。


『Hey J いつでもただ一人で 歌い踊り』


中学の時父さんが買ってくれたよく切れる包丁は、今も毎週研いでいるからか新品のようにピカピカしている。


『何か 悲しいことが起きるたび あのスネアが弾ける』


もも肉を細かく切ってフライパンに入れ軽く焼く。塩こしょうで薄味をつけ、野菜たちを入れ炒める。お腹が空いたのかこむぎがスウェットに飛び掛かってくる。野菜チップを小さく割って与える。チップを持った右手を掴みながら必死に食べる。かわいい。


『君の声を聞かせて 雲をよけ世界照らすような』


ケチャプを入れ具材に絡ませる。砂糖を少し加えれば、具材の出来がり。そこに冷やご飯を入れ、みかんを刻み、炒め混ぜる。チキンライスの完成だ。


『君の声を聞かせて 遠い所も雨の中も すべて同じ陽が』


たまごを3つ割り、砂糖で味をつける。ひとまわり小さなフライパンにバターを入れて温める。ここからはスピード重視だ。


『祈り届くなら 安らかな場所にいてよ』


バターが香るフライパンに卵を入れる。一気に強火にして箸でかき混ぜる。10秒ほど混ぜたら火からおろして整形する。


『僕たちはいつか終わるから 踊る いま』


皿に盛ったチキンライスの上に慎重に乗せる。

余熱で加熱されないうちに、包丁を入れる。すーっと引くと自然にふわとろのたまごが落ちてきて、立派なオムライスになる。


『君の声を聞かせて 雲をよけ世界照らすような』


出来上がったオムライスを食卓に持っていく。レストラン風に並べると、照明を落として写真を撮る。


『君の声を聞かせて 遠い所も 雨だって』


撮り終えるとこむぎにご飯をあげる。こむぎががっついて食べる音を聞きながら、ふわふわのオムライスを掬う。いただきます。


『君の歌を聴かせて 澄み渡り世界救うような』


ふわとろなたまごは黄身の味が濃くて、舌の上で水のような食感に変わる。ケチャップを抑えめにつくったチキンライスも野菜の歯応えが心地いい。そして、ほんのりみかんの香り。


『君の歌を聴かせて 深い闇でも 月の上もすべては思い通り』


オレンジ色は、元気をくれる色。心を暖かくする色。部屋の外は冷たい木枯こがらしが吹いていたが、オレンジに満ちたこの部屋と心は、太陽のように暖かかった。


たいようオムライス おわり


歌詞出典

「星野源 SUN」歌ネット uta-net.com

© HOSHINO GEN





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