今日のメニューはプレイリスト

翡翠真菰

あきグラタン feat.きらり

 チャイムが鳴ると同時に教室を出る。自転車で爆走して30分、自宅から5分のところにあるスーパーに行く。裏側にまわり、従業員出入り口から入る。運ばれてくる今日最終便の生魚の匂いに顔をしかめながら、更衣室に行きレジ担当の制服に着替える。髪の毛を少し整え、矢間と書かれたネームカードをつける。タイムカードを押して、ラッシュ前の混み始めたスーパー内に入る。レジにはもうすでに列ができ始めている。お客様が切れた瞬間、河井さんから合図をもらう。素早くレジ担当名を自分の名前にして交代完了。あとは流れ作業だ。レシートを渡し、ありがとうござました、とペコリ。している間に空になったスペースに次の空きカゴを滑り込ませる。起き上がり、次の方にいらっしゃいませこんばんは、と目で笑む。ざっとカゴの中を確認して、重たいものからレジに通していく。

 大体この時間にやってくるお客様はお仕事終わりのワークママが多い。目の前にいる長髪の女性も、シャキッとしたパンツスーツ。ポケットに入っているカードにはすぐそこの幼稚園名が書かれている。スマホでクーポンを表示する指先は少し荒れている。おそらくこの女性も会社で働くママさんだろう。子供がいると買って買ってとせがまれたり、疲れたとぐずられたり厄介だから、さっと買い物を終わらせてから学童保育に迎えにいくのだ。他のママさんも同じセオリーだろう。

カゴの中には、牛乳、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、しめじ、豚バラ、カレールー。今晩はカレーなのだろうか。ぐつぐつと煮えるカレーの匂いにはしゃぐ子供達の声が聞こえてくる気がする。カゴの底には、少し高いチョコが入っている。今日は水曜だから、後2日頑張るためのエネルギー補給食なのだろう。夜半、子供が寝静まった頃ヒソヒソとチョコを食む女性が浮かんでくる。スマホの電子決済で支払いを済ませると、女性は急ぎ足で去っていった。

(ファイト)

礼、ありがとうございました。

空いたスペースにカゴを滑り込ませて、次のお客様を迎える。あっという間に6時少し前になったところで、休憩に入るように言われた。

 休憩時間ーーと言っても、次のピークのための水分補給のための5分間で、僕は今日の並びを確認する。僕はバイトに入る時は必ず、というかほぼ毎日ここで買い物をする。なんてったって、このスーパーで働いていると顔パスで全員3割引。チェーン店でないからこそできる柔軟な福利厚生。さらに、年に2回ボーナス代わりのクーポン券ももらえる。このスーパーだけでなく、この駅周辺で使える。ものすごく嬉しい特権だ。

 最近は爽やかな秋晴れが続いているから、秋野菜はあらかた安めになっている。秋は、冬春夏と裏方役として料理を際立たせてきた野菜たちが台頭する季節だ。ジャガイモ、さつまいも、かぼちゃ、ごぼう、里芋、チンゲンサイ、とうがん、レンコン、キノコ類。今まで汁物なんかで裏方を担当していた野菜たちが、自分の本領を発揮し、これでもかというくらい存分に旨みを出す。料理に入れるとさらに旨くなる。考えただけで口に唾液が溢れる。

とその時耳につけたインカムから、「矢間くん戻って〜」と、同じくレジ担当の桜蘭さんの声が聞こえてきて、レジへと急いだ。

 ここはすぐそこにJRが通っている。駅近なのはとても便利だが、電車が来るたびに人が流れ込むように入ってくる。分散しないから、レジで詰まる。買い物にくる人々はこの混乱に巻き込まれるのを嫌がるため急ぐ。するとそれによるトラブルも増える。だから、午後6時30分ごろからの時間ーー通称第二波は、文字通り大混雑となる。

 そうなってくると当然だが、ここからはレジ打ち担当の良さで運命が決まる。いかに正確に、早く、商品を通せるか。僕らが運命を握っている。僕はこのバイトを初めて1年半が経つ。もともとこういう作業が好きだったのもあり、研修担当の来宮さん曰く、メキメキと上達した。4ヶ月ほど経つと、指導されることなくこなせるようになった。第二波からは、お弁当やお惣菜が多くなる。勢いで掴むと崩れたり変形したりして、これもまたトラブルとなる。かと言って、優しすぎると落とすし遅くなる。ちょうどのところで加減をしてレジを打っていく。

 7時半。少しずつ人が収まってきた。ここからは、惣菜の値引きを狙ったママさんやおばさま方が出てくる、少し小さめの第三波がくる。その前に、僕は帰る。更衣室で着替え、制服を洗濯カゴに入れ荷物を持って出る。今度は僕が客になる番だ。

 このスーパーは、チェーン店ではない。だから時給は少し低めだが、逆に福利厚生は整っている。アルバイトでも正社員でも、勤務していれば店の物全品30%オフ。さらに時々ボーナス代わりに街のクーポン券を出してくれる。駅周辺の店でも使えるから、時たまの贅沢として重宝している。

 一旦従業員出入り口から出たあと、正面入り口から入る。そのタイミングでBluetoothイヤホンをつけ、スマホに接続する。音楽アプリを開き、さて、今日は何を聴こうか、と、ビルとスーパーの間の隙間を見上げる。背の高い建物に切り取られた細い秋の夜空は澄んでいて、大小さまざまな明るさの星がきらきらと散らばっている。飛行機のライトがきらりと光る。

ーーきらり

検索ボックスになんとなく入力して、再生ボタンを押す。


『きらり 藤井風』


『荒れ狂う季節の中を二人は一人きり さらり』


値引きを狙ったおばさまたちのワイワイを横目に、野菜コーナーへ急ぐ。


『明け行く夕日の中を今夜も昼下がり さらり』


まるまると肥えたジャガイモを2つ、ニョキニョキと生えるしめじを1パック、舞茸とホワイトマシュルームも1パック、カゴに入れる。


『どれほど朽ち果てようと最後にゃ笑いたい』


乾物コーナーでマカロニを取り、鮮魚コーナーでラスト1パックの自家製秋鮭フレークを取る。


『何のために戦おうとも動機は愛がいい』


牛乳をカゴにいれ、ピザ用チーズも入れる。


『新しい日々は探さずとも常に ここに』


値引き担当の長谷川の兄さんが、カゴにそっと半額シールのついたチーズケーキを入れてくれた。いつもは高くて諦めていた高級なチーズケーキ。困惑していると、一言。

「はいちに特別。お疲れ様」

言って、わらわらと群がるおばさまたちの半円に入って行った。


『色々見てきたけれどこの瞳は永遠に きらり』


やっぱり、かっこいい人だ。だから自然と兄さんと呼びたくなるのか。今まで見てきた年上のお兄さんの中で一番かっこいいと思う。


『あれほど生きてきたけど全ては夢みたい』


顔パスで30%オフにしてもらい、会計を済ます。マイバッグにものを詰め、スーパーを出る。


『あれもこれも魅力的でも私は君がいい』


スーパーを出ると、冷たくなってきた夜風が当たる。自宅に自転車置き場がないので、自転車は特別にスーパーに置かせてもらい、歩いて帰る。こういう小回りが効くのもこの店の魅力だ。


『どこにいたの 探したよ』


駅舎に入り仕事帰りのサラリーマンの雑踏を聞く。あるいは、学校帰りの学生の。水曜日の、気だるそうな靴音を聞きながら駅を縦断する。


『連れてって 連れてって』


スーパーの反対側は、まるで別の場所に来たかのように一変し、閑静な住宅街になる。もうすでに、どこの家からも美味しい夕飯の匂いが香ってくる。


『何もかも 捨ててくよ』


やがて、8階建てのマンションが現れる。ファミリータイプの部屋は、ほとんどに電気がついている。カーテンの隙間から、楽しそうに夕飯を食べる子供が覗く。オートロックを解除し、エレベーターで最上階を目指す。


『どこまでも どこまでも』


最上階にあるシングルタイプの部屋は3部屋。うち一つは自宅だ。部屋に入ると、短足マンチカンのこむぎがお出迎えする。今日もきっちり10分前から玄関前に鎮座していたのだろう。入ってきたのが飼い主だとわかると、スッとリビングに戻ってしまう。


『荒れ狂う 季節の中を 群衆の中を』


手を洗い、うがいをし、制服を洗濯にかける。部屋着に着替え、ざっと部屋を確認する。クイックルワイパーをリビングのフローリングにかけ、さっと掃除をする。


『君とならば さらり さらり』


こむぎの水を取り替えて、ご飯前のおやつを与える。ご飯前だから、軽めの野菜ボーロにする。こむぎはスンスンと匂いを嗅ぐと、ガツガツと食べ始めた。


『新しい日々も 拙い過去も 全てがきらり』


学校に行く前に消化できなかった洗い物をちゃちゃっと片付け、買ってきた材料を並べる。チーズケーキは冷蔵庫に入れ、それ以外をシンクに並べる。さて、調理開始だ。


『無くしてしまったものを振り返って ほろり』


ジャガイモをゴシゴシと洗い、16ビートのリズムに合わせてごろごろとした大きさに切る。舞茸とホワイトマッシュルームも適当にザクザクと切る。


『時には途方に暮れてただ風に吹かれて ゆらり』


しめじは食感を残すためにあまり刃を入れない。フライパンにサラダ油を入れ、秋鮭フレークを軽く炙る。


『息せき切ってきたの 行き先は決めたの』


バターを入れ、きのこと玉ねぎを入れ炒める。ふわっと香るきのこと玉ねぎの香りを堪能する。こむぎも香りが気に入ったのか、ナオと鳴く。


『迷わずに行きたいけど保証はしないよ』


全体がしんなりしてきたところで、薄力粉を入れる。壁一面に張り巡らされた調味料のラックから、塩とブラックペッパーを振り入れ、コンソメを入れ、牛乳も入れる。


『何か分かったようで 何も分かってなくて』


弱火でくつくつと煮る。待っている間に、洗濯からあがった洗濯物を室内干しする。ゆらゆらと揺れるシャツの袖口にこむぎが飛び掛かる。


『だけどそれが分かって本当に良かった』


5分ほど経つと、とろみが出てくる。そこで火を止めて、小さめの浅い器に分けていく。溢れたホワイトソースをペロリとなめ、我ながらにうまい、と頷く。


『新しい日々は探さずとも常にここに 常にここに ここに』


ピザ用チーズをちらし、パセリを振り、トースターに入れる。じっくり焦げないように、焼いていく。


『色々見てきたけれどこの瞳は永遠にきらり 永遠にきらり』


待っている間に、野菜室から昨日残しておいたリーフレタスを取り出し、一口大にちぎる。オリーブの油漬けをちらし、残ったきのこを入れる。冷蔵庫に少し余ったブルーチーズがあったので、それもちぎって和える。


『あれほど生きてきたけど 全ては夢みたい』


香ばしい香りが立ち込めると同時に、トースターがチンと鳴る。ミトンを着け中をのぞくと、ほどよく焦げ目がついている。3つのうちの1つは明日の弁当にするために、コンロに置いておく。


『あれもこれも魅力的でも私は君がいい』


ダイニングテーブルに鍋敷きを置いて、その上に皿を置く。サラダボウルも持ってきて、テーブルに置く。食器を囲むように、いい感じにドライフラワーのコスモスを添える。


『どこにいたの 探してたよ』


いい感じにおしゃれな写真が撮れたところで、ナァオとこむぎが鳴いた。忘れずに、こむぎのご飯も用意する。こむぎ用の陶器にご飯ーーカリカリを注ぐ。冷蔵庫からささみを取り出して上にのせる。


『連れてって 連れてって』


待ち侘びていたようにガツガツと食べるマンチカンを横目に、食卓に座る。いただきます。

スプーンで掬うと、とろりとホワイトソースが流れる。口に入れると、ふわっと牛乳の優しい甘さが香る。


『何もかも 捨ててくよ』


ゴロッとしたきのこは、シャキッとした歯応えで、きのこの香りが強い。ジャガイモも、ちょうど良いほろほろ具合。上出来。父さんだったら、なんて言ってくれるだろうか。父さんは、どこでなにをしているだろうか。


『どこまでも どこまでも』


サラダにも手をつける。やはり、秋の野菜はそのままが一番美味しい。香り、食感、味、全てで調和が取れている。オリーブともよく合う。


『荒れ狂う 季節の中も 群衆の中も』


ペロリと平らげ、食後のデザートにする。長谷川の兄さんが半額にしてくれたチーズケーキを出す。ふと、思い立ってチーズケーキの上に砂糖をまぶす。バーナーを取り出し、一気に炙る。その上に、テット・ド・モワンヌという珍しいチーズを振りかける。先日、デパートのチーズ博で買ったものだ。


『君とならば さらり さらり』


スプーンを入れると、サクッという心地よい音がする。口に入れると、優しい甘さのテット・ド・モワンヌが踊る。チーズケーキは濃いチーズの味がして、上品な香りがする。


『新しい日々も 拙い過去も 全てがきらり』


誰がなんと言おうとこれは美味い以外の何者でもないだろう。カタラーナの茶色の上でテット・ド・モワンヌの白がきらきらと舞っている。

ーーまるで、星のように。きらり、と。


この上なく幸せな時間の流れる部屋を、夜空できらりと輝くたくさんの星が覗いていた。



歌詞出典

藤井風 「きらり」 歌ネット uta-net.com

©Fujii Kaze

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