第10話 説得と勧誘

「ロイド。ウィザードになることは諦めなさい」

「っ!?」


 姉はハッキリとそう口にした。


「姉……ちゃん? どう……して?」

「どうして? どうしてか本当にわからないの?」

「え……だって、今回……俺は優勝にも貢献こうけんできて……。皆と……レギュラー争いをするって……」

「それで、そんな成績を得るためにあなたはどうなったの?」

「どう……なった?」

「あなたは一体どんな怪我をしたのか。そう聞いているのよ」

「……」

「あなたが言えないなら私が言ってあげる。まずはスピードを出し過ぎて、それで結界に頭からぶつかった。それで意識が無くなったわよね? しかも、決勝では優勝する為に骨が粉々になった。分かっているの? あなたは……死ぬかもしれなかったのよ? どうして……それでどうしてまだ続けようなんて言うの?」

「……」

「私は……気になって調べたの。昔……といっても数年前だけれど、プロのウィザードでレース中に死んだ人がいる。分かる? これは……あなたもそうなってしまうかもしれない。そんな……そんなことをさせられると思う?」


 姉は泣きそうな瞳で俺を見つめていた。

 俺の事を本気で心配してくれている。

 その気持ちが伝わってくるからこそ、不用意なことを言うことはできない。


 言い返すことは出来る。

 そんな事件は昔にあっただけで、今はほとんどない。

 怪我も今回の様にしても、治療院で治してもらえる。


 姉が心配する程のことはない。


 俺は色々な言葉を頭の中に浮かべ、姉に言おうと彼女の目を見る度にすっと目を逸らしてしまう。


 そんな言葉をどれだけ重ねても、きっと姉は説得できない。

 そう思うわせる程に、姉は強いひとみを持っていた。


 危険性が低いとはいっても、姉にとっては危険性があるだけでダメなのだろう。

 どれだけ安全に気を付けていても、0にはならない。


 だから、その瞳を説得するには、同じだけの強さを持たなければならないと思った。


 俺は姉の目を真っすぐに見据みすえて、口を開く。


「俺は最速最強のウィザードになりたい」

「!」


 姉がものすごく驚き、シルヴィアさんも少し口を開けて驚いているのが見えた。


「俺は、最速最強のウィザードになって、多くの人に、希望と、楽しみと、喜びをあげたい。昔、俺がニクスに貰ったように」

「それが危険をともなっていても?」

「うん。なりたい。確かに危険なこともある。最速最強のウィザードになる為には、色々と乗り越えなきゃいけない障害しょうがいいくらでもあると思う。でも、それでも、それだけのことを乗りえなきゃ、最速最強にはなれないと思う。姉ちゃんは、俺が最速最強のウィザードになれないと思うの?」

「……」

「……」


 俺は姉の目を真剣にじっと見つめ続ける。


 数秒間か、数分間か、見つめ合った後に、姉がすっと視線を逸らす。


「なれる……ロイド。あなたならなれるわ。だって、毎日あれだけの練習をこなしていたんですもの。毎日魔力を使い切って、体も限界までいじめ抜いて、絶対に他の誰よりも努力している。そう思うわ」

「なら……目指してもいいかな」


 俺は姉に聞くと、彼女はつぅっと涙を流した。


「わかった。でも約束しなさい。今日みたいに……無茶なレースはもうしないって。誓って」

「うん。誓うよ」

「絶対よ。それができなかったら、ずっと嫌いな物を食卓に並べ続けるから」

「うん……それでもいい」

「ならいい」


 姉はそれだけ言うと、席を立って扉の前に立つ。


「ちょっと用事を思い出したわ。1時間位は帰ってこない。話なら自由にしなさい」


 パタン。


 姉はそう言って部屋から出て行き、部屋には俺とシルヴィアさんの2人きりになった。


「シルヴィアさん。それで、お話って……」

「ああ、まぁ……ここまで来たら察しがついていると思うが、簡単だよ。ウィザードになるために中央に来ないか?」

「え……中央……ですか?」

「そうだ。ここだよ」


 シルヴィアさんはそう言ってポケットから名刺を取り出し、俺に渡す。


 俺はそれを受け取って名前を確認する。

 そこには、アストラリアウィザード学院のコーチとしてのシルヴィアさんの名前が書いてあった。


「え……これ……これって……」

「そこに書いてある通りさ。アタシはアストラリアウィザード学院で来年からコーチをやることになっていてね。その前にめぼしい奴がいたら誘ってみろ。そう言われているんだ。受験に関する費用とかはこっちが出してあげる。もちろん、他の生徒と同じように受験をしてもらうことになるけれど……どうだい?」

「それは……ありがとうございます。でも、この足では……」

「それね。セントリア……中央にある治療院にいけば、割とすぐ治るよ」

「本当ですか!?」

「ああ、セントリアはここと違ってこの国の首都だ。腕のいい治療師も数多くいる。だから、そっちにいけば、治療できるってことさ」

「それで……姉ちゃんは話をさえぎって……」

「そうだろうね。アタシがその事を話したら、あんたはすぐに来るって言うだろう? またウィザーズレースをやるために」

「はい……」


 正直、セントリアまでは列車に乗って1週間といったところ。

 それであるのであれば、どんなにかかっても1か月くらいで治療することができる計算になる。


「なら……すぐに来るってことでいいのかい?」

「行きます!」

「いい返事だ。でも、それだけじゃないよ」

「それだけじゃない?」

「ああ、アストラリアウィザード学院は難関だ。今のままでは絶対に受からない。でも、中央に行ってから、アタシが試験日まで全力で鍛えてやる」

「ええ!? 試験までって……冬の終わりですよね? まだ夏ですよ!?」

「当然だ。それくらい時間をかけないと受からないよ」

「……」


 俺は、すぐに頷くことができなかった。


「あの……それは……俺だけ……なんでしょうか? ジャックとか……ケビンは……」

「彼らには声をかけていないよ」

「……」

「別に彼らの事を嫌っている訳じゃない。それなりの才能はあるだろうし、アタシが鍛えればそれなりにはなれるだろう」

「じゃあ」

「アタシが鍛えたいのはあんただよ。ロイド」

「俺……?」

「そうだ。アタシがあんたを選んだんだ。他の誰でもない。あんたを」

「俺を……」

「そうだよ。アタシはロイドを選んだんだ」

「でも、他にいても……」


 俺がそう言うと、シルヴィアさんはぐいっと顔を近付けて来て言う。


「ロイド。最速最強になりたいんじゃなかったのか?」

「なりたいです」

「なら。1人だけという事を理解しな」

「1人……だけ?」

「そう。どんなに多くの者と力を合わせようと、どんなに速く飛ぼうと、最初にゴールできるのは1人だけだ。しばらく考えな。列車に乗るにも、治療師の許可は必要だ。数日はいるからね」

「シルヴィアさん……」

「じっくりと考えな。その決定を……アタシは尊重する」

「……」


 シルヴィアさんがそう言って部屋から出ると、ドタドタっと音がした。


「え?」


 音がした方を向くと、ジャック、ケビン、アントン、そして、姉さんが床に倒れていた。


「盗み聞きとは……。宿屋の娘のやることかい?」

「これは盗み聞きではありません。監視です。あなたがロイドに何か変なことをしないかの」

「ふぅん。まぁ、いいけどね。それで、そっちの3人はどうするんだい?」


 ジャック達は起き上がって、俺の側に来る。

 彼らは皆無表情で、何を思っているのかわからない。


 怒っているのだろうか。

 俺がすぐにシルヴィアさんの言葉を断らなかったから。

 レギュラー争いをするって言ったのに、こうやって迷っているからだろうか。


 そして、ジャックが2人に先んじて口を開く。


「ロイド、お前……」

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