第9話 医務室にて

 ガチャ。


 部屋に入って来たのは、姉とシルヴィアさんと治療師の3人だ。

 ただ、姉はかなり表情が暗い。


「姉ちゃん。どうしたの?」

「ちょっと席を譲ってくれる?」

「え、あ、はい」


 ジャックは慌てて姉に席を譲った。


 姉はベッドの隣のイスに腰掛け、手に持っていたかごをベッド脇の机におく。

 籠の中には果物や、本が入っていた。

 それから、じっと俺を見つめてくる。


「どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわ。あなたがベッドを抜け出さないように見張りに来たのよ」

「見張りって……別に抜け出す気なんてないよ」


 今日はないけれど、明日以降もこうなるなら出て少し練習をするかもしれないけど。

 折角せっかくジャックたちに通用するかもしれない技術を知ることができたのだ。

 少しでも練習はしたい。


 でも、姉はそれを認めない。

 というようにキッとにらみつけてきた。


「あなた、一体どうなったのか知らないの? ジャック? 説明して……って言ったわよね?」

「いや、それは……」

「もういいわ。ロイド、あなたは明日から治療院行きよ」

「治療院て……どうして?」

「あなたの足は大変なことになっているの。だから、私がついていてあげる。今夜は私が泊まるから」

「泊まる!? どういうこと!?」

「あなたの怪我で帰れる訳ないでしょう?」

「怪我って……寝てたらすぐに治るよ。足ならきっとすぐに動くようになるって」

「治るわけないでしょ!」

「……」


 姉が突然大声を上げ、皆の視線が姉に集中する。


「いい? あなたの足は今粉々になっているのよ? 本当は優勝台だって立たせたくなかった。でも、それで……どうしても……そう言われたから……だから許したのに……それなのに、行かせられる訳ないでしょう? わかったら大人しくしていなさい」

「大人しく……っていうか粉々ってどういうこと!?」

「どういうことも何も、そのままの意味よ。あなたの足は骨が粉々になっている。だから完治するまで私が付いていてあげる。そう言っているのよ」

「ついていてって……必要ないって」


 姉についていてほしくない。

 自分の時間は流石に欲しい。

 いくら粉々といってもどれくらいだろう?

 3日とか?

 それとも1週間?

 何とか断ろうとする。


 でも、姉は許してくれなかった。


「ダメよ。これは決定事項。わかったらほら。皆さんもお帰り下さい。治療師の先生も、私の説明はこれでいいですか?」


 姉が治療師の人に視線を向けると、彼は頷く。


「ええ、ではワシは失礼します。と、ロイド君。レースの内容は治療師として褒められたものではありませんが。熱のこもったいい飛びっぷりでした。久しぶりに胸が熱くなりましたよ。と、それでは」


 彼はそう言って部屋から出て行く。


 次に、ジャックも少しバツが悪そうに帰っていく。

 その時に、彼は軽く謝ってからだ。


「わりーなロイド。そういう訳だ」


 彼はそれだけ言うと、部屋から出て行く。


 残ったのは、姉とシルヴィアさんだけだ。


 姉はシルヴィアさんに語りかける。


「それではシルヴィアさん。私達だけで結構です。夜も遅いのでお帰り下さい。お気をつけて」


 姉は強引にそう言って、籠から果物とナイフを取り出して切り始める。

 果物をナイフで切りながら、彼女の背中はシルヴィアさんに早く部屋から出て行くように言っている雰囲気すら感じさせた。


 シルヴィアさんはそんな雰囲気を気にした風もなく姉に話しかける。


「ロイドの怪我のことで、何とかなるかもしれないから、ちょっと2人だけで話をしてもいいかな?」

「ダメです」

「どうして? 数か月間怪我で寝ていれば、レース感も鈍るし、体力も圧倒的に落ちるよ。それはウィザードにとって致命的だ」

「だからなんですか」


 姉はそう言うけれど、俺にとっては大事な事が入れられていた。


「数か月!? この怪我の治療にそんなにもかかるんですか!?」

「……」


 姉は沈黙し、代わりにシルヴィアさんが答えてくれた。


「ああ、かかるよ。伊達に骨が粉々と言われている訳じゃない。普通だったら治るのに数か月。早くて3か月はかかる」

「3か月……」


 そんな時間待っていられない。

 俺は……俺は皆と約束したんだ。

 ウィザードになるために……レギュラーを争うために頑張るって。


 だから、なんとかもっと早く治療してもらう方法はないのだろうか。


「あの、なんとか早く治療してもらうことってできないのでしょうか?」

「方法がない訳じゃ……」

「ないわ!」

「姉……ちゃん……?」

「ないわ。ロイド。大人しく休んでいなさい。数か月間。決してあなたをベッドから出さないわよ」

「そんな……それじゃあ練習が……」

「ほら。やっぱりあなたはそういう事を言う。今回これだけの大けがをしたのに、行かせられる訳ないでしょう? 大人しく休んでいなさい」


 姉はそう言って、俺に切った果物を差し出してくれる。


「でも……」

「いいから。ほら。ね?」


 姉は優しく微笑ほほえむ。

 いつもの姉とはまるで違っているようだった。


 そんな……どこか必死さを感じさせる姉に、俺は何も言えなくなる。


「姉……ちゃん……」

「さ、という訳です。シルヴィアさん。姉弟の間にこれ以上入ることは無粋ぶすいでしょう? 今日のところはこれでお帰り下さい」


 姉は背中でそう言って、シルヴィアさんを追い返そうとする。

 けれど、シルヴィアさんは口を開く。


「ロイド。アタシはあんたに話があるんだ。ちょっと……そこの姉が出て行ってくれないなら。ここで話すよ」

「な、なんでしょう?」

「アタシはまわりくどい言葉が嫌いだ。だからハッキリ言おう。アタシはあんたを中央にスカウトしに……」

「やめてください!」

「!?」


 姉がシルヴィアさんの言葉を大声でさえぎり、決して続きを言わせない。


「姉……ちゃん?」

「シルヴィアさん。あなたに私の大事な弟を……ロイドを連れてなんていかせない。絶対に……絶対によ」

「姉ちゃん。何言ってるんだ?」

「ロイド。あなたもよ。本当は……もうちょっと時間が経ってから言うつもりだったけど……彼女が強引だからもう言わせてもらう」


 姉の表情は、前髪で見えない。

 彼女は俯いて、そっと口を開く。


「ロイド。ウィザードになることは諦めなさい」

「っ!?」


 それは……今までずっと応援してくれている。

 そう思っていた姉の言葉とは思えず、俺はすぐに受け入れることができなかった。

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