第8話 優勝の景色

「おい! 起きろ! おい! ロイド!」

「うぅ……眠いよ……」

「うるせぇ! いいから起きろ!」

「ん……ジャック……? どうしたの?」


 俺は目が覚めると、目の前にはジャックがにらみつけるようにして見ていた。


 そして、ジャックは俺を肩に担ぎ上げる。


「え? ジャック!?」

「うるせぇ。いいから行くぞ」

「え? え? 体が動かない!?」


 寝起きだからか、何故かはわからないけれど体が重い。

 特に足だ、正直言ってほとんど感覚がないといってもいい。


 何が起きているのか。

 訳が分からずに周囲を見回すと、そこは医務室のようだった。

 ベッドが数台と、棚にはびんに入った薬品等が見える。

 鼻を動かすと医務室らしい臭いが伝わってきた。


「なんで医務室に……」


 そんなことを呟いている間に、ジャックによって部屋の外に強引に連れ出されてしまう。


「どこ行くの!?」

「うるせぇ騒ぐな。いいから黙ってろ」

「ええ……」


 ジャックがドスドスと苛立いらだったように廊下を歩く。

 そして、俺と彼はそのまま外に出た。


「わあああああああああああ!!!」

「何々!? 何が起きているの!?」


 外に出ると、大きな歓声が聞こえて来た。

 でも、体が動かせないことに加えて、進行方向の後ろを見るように担がれている。

 そのため、前の方を見ることが一切できないのだ。


 一体どこに連れて行かれるのか……。

 不安になるけど、ジャックであれば変なところには連れていかれないだろう。

 という思いがどことなくはあった。


 ……大丈夫だよな?


 そう思っていると、ジャックは突然立ち止まる。


「よし」

「何がよし!?」

「そろそろ自分で歩け」

「なら降ろしてくれよ!? あ、だけど足が動かないんだ」

「っち、ならこうしてやるよ」

「え? うわ!」


 ジャックは舌打ちをしてから、俺を肩車するようにして向きを変えた。


 俺が正面を向くと、そこには優勝台があった。


「優勝台……」


 それは俺が望み、求めてやまなかったもの。

 ずっと……ずっと立ちたかった。

 ニクスの様に、あらゆるレースで勝ち、優勝台に立つ。


 俺も……俺もやっと……初めて……初めてそれができる……。

 そう思うと、涙があふれて止まらない。


「ふっ……ぐっ……」

「おい。泣いてんじゃねぇ。いいから行くぞ」

「うわぁ!」


 俺はいきなり動かれて、慌ててジャックの頭を掴む。

 だけれど、彼は怒ることなく優勝台に登る。


 その上には、ケビンとアントンが笑って俺をみていた。


「やっと来ましたか、優勝の立役者なんです。しっかりとしてもらわないといけませんよ」

「今回は譲ってやったけど、次からは譲らないよ」


 2人はそう言って俺に……というか、ジャックに場所を譲ってくれた。

 そして、俺はジャックに肩車をされたまま、優勝台の真ん中に立つ。


 優勝台の正面には今までレースを見ていた観客がこれでもかと集まっていて、扇状おうぎじょうに拡がっていた。

 そして、彼らはみんな俺を見ていたように思う。


「わあああああああああああああ!!!」

「よくやったぞー!!!!!!」

「いい飛びっぷりだった!」

「かっこよかったよー!」

「いいウィザードになれるぜ!」

「ロイド! 何勝手に抜け出してるの!」

「……」


 俺は……呆然ぼうぜんと彼らの言葉を聞き続けていた。

 歓声が……全て俺に対して送られている訳ではない。

 そんなことは分かっている。

 でも、この時ばかりは、俺に向けられている。

 そう思ってもいいんじゃないのだろうか。


 右を見ても左を見ても、当然、正面を見ても俺に向かって歓声があげられているように見える。


「嬉しいなぁ……」


 俺はそう言葉がれる。

 今までずっと補欠だった。

 ずっと……ずっとずっと補欠として、このチームの一員であるはずなのにあの観客の中にいた。


 その事で、ジャックたちをうらんだことはない。

 レースで上手く飛べない自分が悪い。

 それは紛れもない事実で、遅い俺を出すことの方がダメなことは分かっていたから。


 でも、それでも俺はこの景色を見てみたかった。

 多くの人に歓声を浴び、もっとも高いこの場所からの光景を……。


「ジャック……ありがとう。連れて来てくれて」


 俺はジャックに感謝を述べる。


「はっ! 別にこんなことで礼は必要ねぇよ。優勝チームのメンバーが優勝台に立たないなんてことがおかしかったから連れて来ただけだ。当然だろ?」

「ジャック……」

「てかいつまで俺を見てんだ。しっかりと応えてやれよ」

「応える?」

「たりめーだろ。何をただ黙って聞いてんだ。手を振ってやれ、笑顔を見せてやれよ。あいつらは……お前のそれを見たくて残ってくれたんだぞ」

「わかった」


 俺はジャックに言われた通りに、笑顔を観客の人も向けて手を振る。


「わああああああああああああああああ!!!!!!」


 さっきよりも歓声が強くなり、皆が俺を見つめる視線にも力が入るように感じる。


 そんなことを思っていると、ジャックに声をかけられた。


「いいだろ。優勝台は」

「うん……いっつも……こんな気持ちで楽しんでいたの?」

「はっ。いつもは隣のゲイリーが取ってただろうがよ」


 ジャックはそう言って、視線を隣に移す。


 そちらでは、ゲイリーがこちらを見ていたようで、口を開く。


「今回は負けたが、次は俺達が勝つ。今回だけはそこを譲ってやるよ」

「次も俺達が勝つに決まってんだろ? なぁ?」

「ああ! 俺達が勝つよ! ゲイリー」


 俺はジャックの言葉に頷き、ゲイリーと視線をかわす。

 すると、彼はニヤリと笑って前を向いた。


「それは次のレースでわかることだな」


 俺達はそれからチームお揃いのメダルをもらう。

 金色に輝くそれは、本物ではないとは思う。

 だけれど、本物以上の価値がそれにはあった。


 表にはウィザードの文様である杖とほうき

 そして裏には、俺やジャックなど、チーム名とチームのメンバーの名前が刻んであった。


 最後の表彰式はつつがなく終わり、俺はジャックに連れられて医務室に戻る。


「ありがとうジャック。助かったよ」

「いいから休め。治療師には黙って連れて来たんだからな」

「そうなの? でもまぁ少し休めば問題ないでしょ」

「てめーは体力バカだからな」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「いいだろうが、ただ……サンキュな。お前のお陰で……優勝できた」

「ジャックのお陰だよ。俺だけじゃできなかったと思う」

「そう……だな。じゃあ皆の力ってことでいいか」

「うん。それがいい」

「だな。これからもやっていくとしても、レギュラー争いは負けてやるつもりはねぇからよ。負けんじゃねぇぞ?」

「もちろん! 俺だって、今日はまだまだ不安定だったけれど、これからもっと練習をして、上手くなって行くからね!」

「楽しみだな」

「うん!」


 コンコン


 そんな事を楽しく話していると、医務室の扉がノックされた。

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