第5話 決勝戦へ
レースの後片付けを終えて、姉の所に帰って来る。
「やったよ姉ちゃん!」
「ああ、あれ? すごかったね。私に使ったら絶対に許さないからね。髪とかチリチリになりそうだし」
「分かってるよ! そんなことしない! すごかったでしょ!」
「……まぁ、そうね。でも、やっぱりレースなんだもの。一番でゴール位してみなさいよ」
姉は何でもないことの様にそう言ってくる。
俺だってそれが出来たらしたい。
だけど、今はジャックの方が圧倒的に速い。
俺が勝手に先に行くことも出来ないし……。
そう思って黙っていると、シルヴィアさんが話に入ってくる。
「まぁまぁ、いいじゃないか。今すぐにできる訳じゃない。ちゃんと今回は怪我をしなかったんだから、素直に喜んだら?」
「シルヴィアさん……。そうやってロイドを甘やかしたらいけないんです。両親もロイドには本当に甘くて……」
姉がちょっと顔を
その言葉に、シルヴィアさんは苦笑をしながら返す。
「いいじゃないか。まだ子供なんだからね」
「それはそうだけど……」
姉は一人でぶつぶつの何かを言い始める。
こうなると話しかけても答えは返って来ないので、シルヴィアさんに向き直る。
「シルヴィアさん! ありがとう! 次の試合ではもっと速くなれるように俺頑張る!」
「はは、少ししか時間がなかったのに十分頑張ったじゃないか。次の試合までまだ時間はあるんだろう? 頑張んな」
「はい! 次こそはゴール位はして見せます!」
「別に言ってもいいんだよ?」
「何をですか?」
「本当は一番にゴールしたいんでしょ?」
「……」
ずばり本心を当てられてしまった。
確かに思っている。
敵チームより、ジャックより、誰よりも先にゴールをしたい。
俺はそう思ってる。
でも、これはチーム戦だ。
俺がレースに出られるのは妨害役だから、だから一番を目指していいはずがない。
「大事だよ。その気持ち」
「?」
シルヴィアさんが少し悲しそうな顔をして目を逸らす。
「レースに出る内に、何回も負ける内に、別に一番でゴールしなくてもいいんじゃないのか。っていうことを思う時があってね……。なんて、君に話す内容じゃなかったね」
「そんなことは……」
彼女の言葉には、なにか、とても重たい言葉が籠っていた気がする。
何か聞かなければいけないことがある様な……。
そんなことを思ったのだけど、
「君に役立つアドバイスがあるけど、いる?」
「いる!」
彼女の言葉で一瞬で頭にあったことは吹き飛んだ。
何だろうか。
さっきよりも大事なアドバイス? 何だろう。
これ以上速くなれるのなら、もっともっと知りたい。
練習をしたい。
打ち込みたいんだ。
「そこまで来られると気持ちいいよ。えっとね、君はバランスを取ることに集中し過ぎているんだよね」
「バランス……?」
「そう、バランス。あの魔法だったら一回勢いがつけば真っすぐにしかいかないんだから、そこまで意識を向けなくてもいい。ある程度は無意識でもいけるはずさ。他に意識を割くとするなら次の場所までの距離をしっかりと考える所から始めるといい。それが出来るのなら、周囲を見てどんな人がいるかどこにいるか。っていうことを把握するのがいいよ」
「……分かった! 次のレースでやってみる!」
なるほど、確かにバランスを取ることに必死になりすぎて良くなかったかもしれない。
すごい、シルヴィアさんはコーチか何かなんだろうか。
しかも、俺が使う魔法は中々希少で使っている人はほとんどいないはずなのに。
「ちょっと練習に行ってくる!」
でも今はそんなことよりもしっかりと練習をして体に覚え込ませることが最優先だ。
彼女に言われたことを頭から抜け出す前にしっかりとやっておかないと。
俺はそれだけ残して、会場の外に向かった。
******
僕は練習を時間ギリギリまでやった。
控室に入るとジャックとケビンが呆れた顔で俺のことを見る。
でもその表情はすぐに変わり優しくなった。
「たく、次の試合もしっかりと頼むぜ」
「妨害はあなたに任せましたからね」
「任せてくれ!」
今まではこんな風に言われたことはなかった。
ずっと準備と片付けとか、練習には参加していたけど、結構な時間を他のことにも費やして来ていた。
だけど、こんな風に試合に出られて、頼られるということを経験して、こんなにも嬉しいことはない。
胸を叩いて頷いた。
俺の様子を見たジャックが声を上げる。
「よし! 次のレースも勝つぞ!」
「はい」
「おう!」
俺達はコースに行き、またしても俺の妨害魔法で敵を動けなくした。
コースのスタート地点には、ぐったりとして動かなくなった相手チームの3人がいる。
「全く……あなたとレースをすると魔力が余ってしまいますね……」
「いいことじゃん。なくなると頭いたくなるし」
「そうですけど……」
俺は終わった後に魔力ポーションを飲んで、少しでも練習出来るように魔力を回復させる。
「ケビンは飲まないのか?」
「僕は……そこまで減っていませんからね。レース中に必要になったら飲むかもしれません」
「え? そんなことしていいの?」
「ええ、支給されたポーションの用途に制限はありませんよ」
「ほぇー」
そんな会話をして、俺達は決勝に駒を進めた。
******
決勝の相手は見知った相手だった。
これまで何度も戦い、2勝7敗。俺ではなくアントンがメンバーだったけれど、因縁の相手と言っていいだろう。
シルヴィアさんと最初に話していたジャックよりも速い相手だ。
そのため、今回は早い内から控室に集まって、作戦会議をしていた。
「彼らの勝つパターンは決まっています。素晴らしいタイミングでこちらの動きを止めて、その間にエースのゲイリーが水魔法で先に行くんです。これがレースの基本だとしても、分かっていても止められない。残りの2人もかなりの腕前です」
ケビンの説明を俺とジャックは大人しく聞く。
「そんで、どうすんだよ」
「今まではアントンの妨害も、ゲイリーにはあまり効きませんでした。彼は地面を滑って行きますからね。事前に進む方向を決めておけば、そこまで問題はないのでしょう」
アントンの砂嵐は相手の視界を奪うことは出来ても、地面に接しながら速度を上げていくゲイリーを止めることは出来なかったのだ。
そう思っていると、ケビンは俺をじっと見つめてくる。
「ですが、今回はロイドがいます。彼の魔法であれば、一瞬で行動不能に出来るでしょう」
「任せて! 少しの集中出来る時間があれば、すぐに行動出来なくしてあげるから!」
これまでのレースで妨害が成功して、かなり自信がついてきていた。
勿論、俺は一番でゴールしたいけれど、今はまだ上手く飛べない。
出来ることをやっていきたいと思う。
「という訳で、今回は作戦を変えます」
「なんだよ。今まで通りでいいだろ?」
「え? 変えるの?」
ケビンが驚く様なことを言ってくる。
今まではずっと同じ感じだったのに、珍しい。
「相手はきっとこちらのことを研究して来るでしょうからね。対策をしておきます」
「おお」
「何をするんだ?」
「ジャック、今回はいつもの様に飛び出すのではなく、僕と一緒にロイドを守って下さい」
「え?」
「は? 俺がこいつをか?」
ジャックが驚いた顔をしているけど、俺も同じ様に驚いた顔をする。
「そうです、ゲイリーは大胆な性格です。きっと、3人で最初にロイドを潰しに来ると思うんです。だから、それを守れば後は勝ち……どうでしょうか?」
「分かった」
「了解。出来るだけ早く動けなくするよ」
このチームの参謀はケビンだ。
その彼が言うのであれば従うべきだと思う。
作戦は決まった。
俺達は、決勝の舞台へと足を進める。
「わあああああああ!!!」
「うわ」
俺達はコースに出ると、そこには今までいなかったじゃないか、と言うくらいの人がいて歓声を上げている。
そんな中をちょっとビクビクしながら歩いて進む。
ジャックは観客に手を振っていた。
「驚きましたか?」
「うん。こんなに多くの人が見てくれるなんて……」
ケビンに話しかけられた俺は、小さいころ、父にウィザーズレースの世界大会に連れて行って貰った時のことを思いだしていた。
「ニクスもこんな感じで見ていたのかな……」
あれと比べたら全然人はいないけれど、それでも、俺達を見てくれているということに代わりはない。
「これって何人位なんだろ」
「さぁ? 1000人はいないと思いますが」
「1000人」
世界大会の時はこの何100倍もの人がいたんだよね……。
そんな舞台に、自分たちが立ったとしたら……。
そう考えると、
「なんだ? ビビってんのか?」
「え?」
そう喧嘩を売ってくるのはゲイリー。
今回のレース相手だ。
茶色い髪をコック帽の様に立たせ、
体はかなりがっしりとしていて、当たったらかなり危なそうだ。
ウィザードらしく、他の2人と一緒の水色のマントを着ている。
「てめぇらなんぞにビビる訳ないだろ。ビビってんのはそっちじゃねぇのか?」
俺の代わりにジャックはそう言って俺の方をチラリと見る。
「……」
ゲイリーも釣られるように視線をこちらに見て、鼻で笑う。
「はん! 今までは雑魚チームだったからあの程度の攻撃でくたばってたんだろうぜ。俺達だったら余裕だよ。余裕」
「5分後にはお前ら全員地面に寝てるだろうよ」
「そのいつも寝ている相手に負けて来た雑魚チームがよく言うよ。俺達には効かねぇ。撃って見ろよ。実力差を教えてやる」
「は! 言ってろ。行くぞ」
「うん」
「ああ」
ジャックに俺とロビンはついてスタート位置に行く。
俺達の位置は今回は内側。
並び順は内側から俺、ジャック、ロビンといった並び順になっている。
相手の並び順はこちらの予想通りで、一番手前にゲイリーだ。
彼が相手の中で一番魔法の発動が早く、真っ先に俺を潰す予定であるらしい。
「予想通りですね。それでは問題ないですか?」
「ああ」
「いける」
最後の打ち合わせをし終わると、審判が結界のすぐ
「それでは両者準備が出来ているのでレースを始めます。レディ……フライ!」
審判のレース開始の合図と共に、俺達は動く。
「『
2人が即座に魔法を発動させ、俺を守ってくれる。
俺は、安心して魔法を発動しようとして、発動を止めた。
「あれ……」
「なんだよそりゃ……」
「そんなことって……」
2人も驚いているのか漏れるような声が聞こえた。
そして、俺は魔法を発動させなかった。
なぜなら俺が魔法を発動しようとした所には、誰もいなかったのだから。
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