第3話 ロイドの可能性

 俺は速度を出し、最速になる。

 そして、そのまま……俺は顔から正面の結界にぶつかった。

 意識が飛びそうな程の衝撃を受け、かけていた魔法も全て解除される。

 そして、重力に従って地面に向かっていていく。


「………………あ、姉ちゃん」


 俺は薄れ行く意識の中、姉ちゃんが大きく目を見開き、こちらに駆け出そうとしているのが見えた。

 その横では、腹を抱えて爆笑しているシルヴィアさんの姿もあった。


 姉ちゃん……。そんな顔するんだ……。


 俺はそれからすぐに意識を失った。


******


「おい! 起きろ! おい!」

「全く……」


 何だろう。

 暗闇の中からすごく騒がしい声が聞こえてくる。

 せっかく気持ちよく寝ていたのに、なんで邪魔をするんだろうか。


「後5分……」

「いい加減起きなさい」


 ピシャリ


「うわ!」


 姉の声が聞えたと思ったら、ひたいを鋭い痛みが走る。


 慌てて体を起こすと、そこにはいつもの無表情な姉と、イラついていそうなジャック、あんまり表情の変わらないケビンがいた。


「あれ……皆どうしたの?」


 俺は周囲を見回すと、白いベットに寝かされていたみたいだ。

 部屋の中の様で少し薬品の匂いがする、医務室だろう。

 俺が医務室にいることが分かって、少し前に何があったかを思いだした。


「俺は……失格?」

「ああ、あれだけ派手に速度を出してぶつかったらそうなるだろうよ」

「邪魔はしませんでしたけど勝手に気絶するとは……。あなたって人は」

「ごめん……」


 俺はそう言ってくるジャックとケビンに謝る。

 アントンの代わりは出来なくても、しっかりとその役目をしようとしていたことは、スタートの合図と共にすっぱりと抜けてしまっていた。


「無事で良かった」

「姉ちゃん……」


 姉の表情は変わらない気がするけれど、少しだけ口角が上がっているように感じる。


「それじゃあ私は戻る」


 姉はそう言ってサッサと部屋を出ていく。


 すると、ジャックの態度が豹変ひょうへんしたように変わった。


「てめぇ。マジで許さねぇからな。次にさっきみたいなことをしたらマジでチームから叩きだす」

「ジャック……ごめん」


 俺はすぐに謝った。


「まぁでも、仕方ないこともあるのでは? 僕やジャックも最初のレースの時は散々だったでしょう?」

「ケビン……」


 ケビンはそう言ってジャックをなだめてくれる。


 ジャックも昔のことを思いだしているのか少し怒気が弱まった気がした。


「っち。まぁいい。だけど次からはマジで気をつけろよな。俺達の試合は1時間後だ。飯とかもしっかりと食っておけよ。俺達のことは俺達でやる」

「まぁ、体調がすぐれないようならここにいてもいいですよ。2人でも勝って見せます」

「……ありがとう」


 俺は思いのほか優しい2人に戸惑いつつもお礼を言う。


「そう思うんならレースで結果を出しやがれ」

「失礼します」


 2人がそう言って部屋を出ていくと、部屋の外では歓声がうっすらと聞えてくるのが分かる。


「レースに出られるかな」


 俺はそう呟きつつ、体を動かしてレースに出られるかを確認する。


 ベッドから降りて少し歩いたり、腕を回したりして体の調子を確かめた。


「うん。問題ないな。体を鍛えていたことがここで役にたったのかも知れない」


 そう思うとそれだけで体を鍛えていて良かったと思う。


 しばらく体を動かして、特に問題がないように感じたのでより体を動かそうと外へ出る。


「よ。問題ないのかい?」

「わ。シルヴィアさん」


 部屋を出ると、すぐ横の壁にシルヴィアさんが腕を組んでもたれ掛かっていた。


「シルヴィアでいいって何回言ったらいいんだ。アタシは気にしないよ」

「俺が気にするんです」


 特に父と母が。

 という言葉は飲み込んだ。


「そう。それで問題は?」

「大丈夫だと思います。体は鍛えていますから! これから外に確認に行くんです」

「アタシもついて行こう」

「? 分かりました」


 俺とシルヴィアさんは一緒に外に行き、体を動かしたり、『飛べフライ』の飛行魔法を使って体の調子を確かめる。


 流石に『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』は危ないので使わなかったけれど。


 シルヴィアさんが俺の様子を見ていてそう言ってくる。


「調子はいい感じみたいだね」

「はい。これなら次のレースも出られそうです」


 俺は胸を撫でおろして、そして次こそは自分の役目を果たそうと誓う。


 そう思っていると、シルヴィアさんが聞いてきた。


「ロイド、あの時どうして曲がらなかったんだ?」

「あれは……」


 あんまり言いたくはないけれど、事実は事実なんだ。

 それに、姉に聞かれればすぐにバレてしまうこと。

 隠すのも違う気がする。


 俺は正直に答えた。


「実は俺、上手くカーブが曲がれないんです」

「曲がれない?」

「はい。小さい頃からニクスに憧れて、あの本にも書いてあったように常に全力で、余力なんて残さず飛べ。ということを信じて練習を続けていました」

「……」

「そして、それに従って練習をしていたら、確かに速くなりました。直線だけだったら誰にも負けないくらいの自信があります。でも、常に全力でトップスピードを出すことに集中していたら、いつの間にか全力か0かのどちらかしか出来なくなってしまったんです」

「本当……?」

「はい。今のチームでは俺が一番昔からいて、それで、魔力を緩める練習もやっているんですけど、中々上手く行かなくて……」


 今のチームに入った時はかなり期待されていた。

 これだけの速度を出せるのであれば、レースで最初にゴール出来るのは間違いがないだろうと。


 しかし、チームに入って実際にコースを走った時も魔力の制御が出来ず、曲がることは出来なかった。


 その時は練習だったこともあって、結界にぶつかるということはなかったけれど、それでもコースからおもいっきりはずれして飛んでいってしまった。


「前に『飛べフライ』を使った時は普通に飛べていたんじゃないの?」

「『飛べフライ』だけだったら何とかなるんですけど、そこに固有魔法の『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』の制御までとなると上手く行かなんです」


 『飛べフライ』だけなら問題なくコースを周回することは出来た。

 だけど、それだと固有魔法を使って飛ぶ人達と比べるとだいぶ遅い。


「かなり練習もしたんでしょ? いつも練習していたみたいだし」

「……そうなんです。なんとか曲がれるようになろうとやっていたんですけど、上手く行かなくて……」

「いつもあんな感じで練習しているのかい?」

「? はい」

「……次の試合。ロイドが上手くやれば多少はマシになるかもしれない案があるんだけど、どうする?」

「え? マシになるってどういうことですか?」

「今のまま真っすぐ飛ぶだけの直線バカではなくなる為に、アタシのいうことを聞かないか? っていうことだよ」

「そんなことが……」


 本当にあるのだろうか。

 あるのであれば俺は是非とも、いや絶対に聞きたい。

 聞かなければならないとさえ思ってしまう。


「教えてください」

躊躇ためらわないねぇ。今までやって来た事が無駄になってもいいのかい?」

「無駄にはなりません。今まで俺がやってきたことは、確かに効率が悪かったかも知れないですけど、それでも、俺は間違ったことはしていない。これまでの練習が俺を作っているんですから。だから無駄にはなりません」


 シルヴィアさんはふっと笑うと、言葉を続ける。


「まだ何かも聞いていないのに、そう言うなんてねぇ……。ま、いいよ。そう思っているのなら大丈夫。自分の信じた道を持っていて、その上で人の話を聞くなら間違えないだろうさ」


 そう言って彼女は俺から少し離れる。


「ロイド。アンタはいい魔力を持っているし、速度の出し方もそこに至るまでも十分素晴らしい。だけど問題は制御力だ。『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』は確かに速度は出るが、そこに『飛べフライ』の魔法を使いながら……なんてことは確かに難しいだろう。でも、片方だけならどうだ?」

「片方だけ……? それなら出来ますけど……」


 しかし、飛べフライの魔法だけでは他の人達に絶対に追いつけない。


「速度が出ないんですけど……」

「チッチッチ」


 彼女は人差し指を振り、分かっていない。

 そう言わんばかりの仕草をする。

 そんな仕草も様になっているのは美貌びぼうのせいか。


「誰が『飛べフライ』を使えと言った? 私が言っているのは、『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』の方だよ」

「え……?」


 『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』を使って移動する? どうやって? 空も飛べないのに、走っている時にそんなことをやってしまったらどうなるのか。


 普通だったら炎の体になって、移動速度がかなり速くなる。

 ただ、炎の体になるっていっても一部分だけだし、普通に蹴られたら痛みもあるだけのあまり使えない魔法だ。

 普通だったら足が付いてこない。


 しかし、シルヴィアさんは分かっているというように言って来る。


「安心しな。ずっと『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』を使っていれば確かに。スピードをコントロール出来ないだろうし、足も確実に追いつかずに転ぶだろう」

「じゃあ」

「でも、少しだけ、ほんの少しだけ『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』を使って、残りを走るようにして魔法を使えばどうなると思う?」

「そん……な……こと……」


 出来るわけがない。

 いくら体を鍛えたからと言っても、そんなことが今の自分に出来ると思えない。

 でも心のどこかで、行けるかもしれないと思う自分もいる。


 そんな俺を見抜くように、シルヴィアさんが言って来た。


「じゃあ止めるかい? 本当は心の中でいけるかもしれない。そう思っているんだろう?」

「そう……ですけど、だからって練習の時間が……」

「幸い。アンタの所のあの雷の子。あれはそれなりに走れる。それにアンタはあの魔法だろう? だから、最初に敵の妨害だけやっておけば、それだけで問題はない。後の時間。実際のコースで練習できる。そう考えたら決勝までには少し時間があると思わないかい?」

「……」


 言葉は出なかった。

 頭の中では無理だ。

 出来ない。

 そんな都合よく上手く行くわけがない。

 そう言った言葉が頭の中を駆け巡り続けていたけれど、心と体は、シルヴィアさんの言葉にそれしかない。

 と賛同していた。


「答えは出たようだね。レースまでまた少し時間はある。せっかくなんだ。直線でどれくらいの感覚でやるか。そういったことをやっておくといいよ」


 シルヴィアさんはそれだけ残すと、サッサとレース場に戻って行く。


「やって見るか……」


 どうせ今のままだと大したことは出来ない。

 妨害位は出来るけれど、それでも、決勝の時にはどうなるか分からない。

 それに出るなら、一番にゴールしたい。


「『焔よ駆け抜けよファイヤーストレイト』」


 一瞬だけ、一瞬だけ魔法を使い、体を加速させる。


「うわっぷ!」


 何度か転んだりと繰り返しながらも、ずっと練習を繰り返した。

 でもここで学んだことを、俺はレースで使いたいと思っていた。

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