第41話 東海林 楓のお葬式

 東海林さんのお葬式はつつがなく行われた。学校の東海林さんの死をいたむ人、全員がきてくれた。僕は涙もでなかった。涙は枯れてしまったようだ。感情が麻痺しているのかもしれないと思った。


 泣いてる女の子もいた。東海林さんがどれだけ愛されていたかの証のようだ。泣いてる男子もいた。


 蓮野内君もお葬式に来ていた。蓮野内君は、


「なんで言ってくれなかったんだ! もっと早く知っていれば、もっと違うことができたかもしれない。俺の父の人脈を使ってでも、より良い治療ができたかもしれないのに! なんで……」


 そう言って泣き崩れた。僕は言われてみればそういう方法もあったのかと思った。


「なんでお前は涙も流さないんだ! 東海林さんが死んだんだぞ!? 腑抜ふぬけてるんじゃない、五十嵐! 東海林さんなんてどうでもよかったのか!? 答えろ! 五十嵐!」


 蓮野内君は泣かない僕を見て怒鳴った。好きだからこそ悲しくて泣くんだろう。なぜ僕は泣かないのかと、お前は東海林さんが好きじゃなかったのか? と疑問が爆発したんだろう。


 でもその疑問に答えたのは僕じゃなかった。蓮野内君の胸ぐらつかんで泣きながら答えたのは水島さんだった。


「五十嵐が東海林さんを好きじゃなかったなんてありえないだろう! あたしらに絡まれてた東海林さんを、五十嵐は必死に頭を使って助けてた。足を震わせながら必死だったんだよ。その必死さを何度も見たから、あたしら5人は五十嵐を信じたんだ! 五十嵐が東海林さんを好きだったのはあたしですら分かる。それが分からない蓮野内君じゃないだろう!」


 その水島さんの発言と行動をとがめる人なんて誰一人としていなかった。大人たちに肩をつかまれ蓮野内君と水島さんは、葬式の邪魔にならない位置に移動させられていた。だからといって泣いてる2人を責める大人もいなかった。


 病気のことはみんなには黙っていてほしい、という東海林さんの願いを僕はかたくなに守った。だからこその失敗ともいえるのかもしれない。だとしたらこれは僕のせいだろう。東海林さんのせいじゃない。


 前田さんも東海林さんのお葬式に来ていた。ひつぎに収まっている東海林さんの姿をみて、泣いていた。眠るように亡くなった東海林さんを見た前田さんは


「綺麗な顔をしてるね。安らかに亡くなったんだね」


 と涙を流した。東海林さんの顔を見ながら、最後の挨拶をして、別れをしんだ。


 僕も含めてみんな知っている人の突然の死を受け止められない。一緒に学園生活を送っていた子が死んでしまう。そしてずっと会えなくなる。話もできなくなる。みんなに東海林さんは


「入院して1~2ヶ月で戻ってくるから心配しないで。その間はみんな元気でね!」


 なんて明るくしゃべっていたのだ。帰ってくると思っていた人がもう二度と帰ってこない。


 僕にころころと表情を変えて話しかけてきた東海林さんも、いつもお弁当を作ってくれた東海林さんも、生きようと頑張ってくれていた東海林さんはもうこの世にはいないのだ。


 みんなに愛された東海林さんに会うことはもうできない。みんなが懐かしく故人のことを語りあかし、想い出を振り返り、亡くなったと確認してお別れをするための場所、それがお通夜でありお葬式なんだと僕は思った。


 そんな想いをいだきながら僕は東海林さんのお葬式に参加していた。お焼香をあげ決まった作法を行った。棺の中の東海林さんの顔を見た。


 本当に苦しみから解放されたかのような穏やかな顔を見て、とうに枯れたはずの僕の涙はあふれた。涙はかれることなんてないんだね、と僕は寂しく泣いて東海林さんに笑いかけた。そして反応のない東海林さんをみてまた泣いた。


 来てくれた人の全てのお葬式の儀式が終わった。僕は東海林さんのご両親に頼み、火葬場にも連れて行ってもらった。そして東海林さんの入った棺は火葬場で燃かれた。そのあと火葬炉の扉をあけてでてきたのは、東海林さんを作り上げていた小さな、とても小さな骨だけだった。


 泣き崩れた東海林さんのお母さんの肩をお父さんは優しく支え


かえでの骨を拾ってあげよう」


 と言って東海林さんのお母さんの手を取り東海林さんの骨の前に立った。


 東海林さんを形作っていた小さな骨の一つ一つが、東海林さんはもう死んだのだと訴えているようだった。僕は東海林さんの残された小さすぎる骨を白い骨壺に入れた。


 東海林さんの遺骨は丁重に扱われた。僕は震えてしまう手を押さえつけて骨を骨壺へ入れた。東海林さんの生きた証、そしてもういなくなってしまった証でもあった。


 そして集められた東海林さんの小さな骨を見て僕は


「本当によく頑張ったね」と小さく呟いた。


 その言葉を聞いた東海林さんのお母さんは泣きだしてしまった。その姿を見た僕も、なぜか涙がでてきて止まらなかった。これからは東海林さんに会えないからだろうか? 


 東海林さんに何か言い残したことがあったんだろうか? と思って、ふと横を向くと東海林さんのお父さんも目頭を押さえていた。声も出せずに泣いていた。


 本当に東海林さんの残された骨は小さくて、はかなくてただ涙があふれた。


 もう、東海林さんには二度と会えないんだと思った。あの表情豊かな笑い顔も見れず、笑った声も聞けない。


 特徴的な揶揄からかうような笑い声も言葉も、もう聞けない。怒った顔も困った顔も泣いた顔も、もう二度と見ることはできない。そして白い骨壺に小さな骨は東海林さんの近しい人たちによって、収められていった。


 それが東海林さんとの『お別れ』なんだと思ったんだ。

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