第40話 それは君が望んだ小さな願い

 骨髄バンクの血液検査を受けたけれど、血液型の型は僕と東海林さんは合わなかった。みんなには白血病の話をしないでほしい、と東海林さんから頼まれた僕は誰にも話さず黙っていた。


 そして東海林さんは「入院して1~2ヶ月で戻ってくるから心配しないで。その間、みんな元気でね!」とみんなに明るく話して入院することになった。みんなもその明るさをみて、たいした病気じゃないんだろうって思ったようだ。僕もほんとに元気になって欲しかった。

 

 ドナーの方が現れるのをひたすら待ち、祈る日々だ。


 東海林さんは白血病と本当によく闘った。学校が終わると僕はわき目もふらず病院に行った。日々衰弱してく東海林さんを、僕はただ手を握り見守った。


「五十嵐君からもらったオルゴールの曲を聞いてると頑張ろうって思えるんだ」


 なんて笑ってた。そんなある日、僕は東海林さんに


「東海林さん……僕は東海林さんが好きなんだ。だから……僕と、付き合ってください」


 意を決して想いを告げる。頬を赤く染める東海林さんだったけど


「でも私の余命はもうないよ? それでもいいの?」


「構わない。僕は東海林さんに気持ちを伝えることができなかったら、きっと一生後悔すると思った。だから東海林さんの残りの時間を僕にください」


「プロポーズみたいだね」


 と泣きながら笑う東海林さんだった。


「私も五十嵐君のこと好きだよ」


 もう起き上がることすらできない身体で東海林さんは、僕の好きという気持ちを受け止めてくれた。でも東海林さんは涙を手でおさえ、か細い声で


「ごめんね。私はもう生きられない……でも、五十嵐君は生きてね」


 と話した。僕はその言葉を聞いて東海林さんの前で泣いてしまった。


「ごめんね。本当に五十嵐君と未来に向かって生きていきたかったなぁ。結婚して五十嵐君の子供を産んで、家族になって仲良く暮らして、喧嘩したってそれでも仲直りして」


 東海林さんは幸せそうに話した。


「子供たちも結婚して家庭をもって、それで私はお婆さんになって五十嵐君もお爺さんになっててね。五十嵐君は老衰で私より先に死んじゃってね。私は五十嵐君のことを想い出しながらずっと家族と生きていくの」


「僕は死んじゃってるの?」


 いつもみたいに東海林さんはにししって笑ってた。


「それでね。五十嵐君と築いた家族に囲まれながら眠るように死ぬの。そんな人生ってきっと幸せだろうなぁ……」


 東海林さんの手を握り力を込めたけど、東海林さんの握り返す力は頼りなくて、僕の手から零れ落ちていく東海林さんの右手。衰弱して、もう握り返す力もなくて……そんな東海林さんの目を見つめ、静かに僕のありったけの想いを告げる。


「一生懸命、生きた君に……僕はまた、会いたいです」


 僕の言葉を聞いた東海林さんは


「私もだよ。また五十嵐君と会いたいなぁ」

 

 とうなずいた。そして最期の命を輝かせるように、やさしく微笑んだ。そして僕を残して、たった1人で旅立ってしまった。


 僕は看護師さんを呼んだ。東海林さんのお母さんも呼んだ。そのあと何が起きていたか僕はよく覚えていない……。



 東海林さんが亡くなってから僕は一人で部屋に閉じこもった。


 父さんも母さんも妹の綾香あやかも心配して何度もドアの前で声をかけ、食事をドアの前に置いてその場を去った。


 そんな僕を心配したんだろう。父さんは食事を持ってきてドアの向こうでこう言った。


「男には負け戦だとしても、挑まなくてはならない時がある。そう教えたよな。琢磨たくま……」


「うん……」


「戦って負けても……それは仕方ないってことは、お前はもう分かっているよな?」


「うん……分かるよ、父さん」


「命ある限り人は生きていかないといけない。戦いに負けたって、命あるものはこの世界を生きていかないといけない」


「うん……」


「東海林さんは亡くなった。でもお前は生きている。東海林さんはお前に生きてと言って亡くなったそうだな。だったらお前は生きないといけない」


 答える気力もなかった僕は聞き流していた。


「絶望しようと何が起きようと生きることがこの世に残された者の努めだ。東海林さんは生きたくてもその願いは叶わなかったんだ。だからお前に生きてくれと願った。そうだろう?」


 父さんは一呼吸ついて


「その東海林さんの想いに、お前は応える必要があるんじゃないのか?」


 と言った。


「俺は泣くなとはいわん。勝てともいわん。けれどもこの先、お前は自分のため、そして家族のために戦わないといけないときがくる」


「聞いてるか?」と僕に問いかけた父さんは、ドアの向こうで声を出す。


「東海林さんの叶わなかった願いを叶えてやれ。それが東海林さんの一番の願いだからだ。お前の未来を心配してくれた東海林さんの想いに応えろ。それが東海林さんへの本当の供養だ。お前の生き様で応えてみせろ!」


 ドン! と父さんはドアを強く叩いた。


「だから琢磨。自分のため家族のために……何度でも立ち上がれ!」


 そう言ってドアの向こうから父さんは離れた。まるで駄々っ子のように、父さんに泣きながら抗議してる綾香の声も聞こえた。


「お父さんのバカ! 人はみんながみんなそんなに強いわけじゃない! 勇気は人の心を押しつぶしてしまうこともあるの! 根性だけじゃ人は生きられない!  兄貴だってこのままじゃいけないって分かってる! お父さんの子供なんだからきっと分かってる! だから兄貴に時間をあげてよ! 兄貴とお姉ちゃんがどれだけ仲が良かったか見たこともないのに! あんなに大好きだった人が死んで、すぐに立ち上がれるわけがないじゃない! お父さんのバカ!」


 綾香の言葉を聞きながら、僕は本当に東海林さんは死んでしまったんだと思った。もう顔を見ることも話をすることも声を聞くこともできなくなったんだ。


 だから僕は東海林さんに告白した時のこと、学園生活の楽しかった日々、そして東海林さんの特別大きい夢でもない、けれども幸せな小さな願いを想い返した。


 それでも悲しみはいやせなくて僕は東海林さんの名前を呼んで、ただ泣くことしかできなかったんだ……

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