最終章 訪れる君とのお別れ
第39話 君の嘘を見抜くとき
仲良きことは美しきかなという状況を、いつでもみんなで大騒ぎという形で体現していた。
◇
そんなある日、父さんが盲腸で入院しているとき、お見舞いにきてくれた伯母さんが今度は入院したらしい。
「申し訳ないが、俺は忙しくて行けないから
「仕方ないなぁ」と僕は父さんの代わりに行くことにした。
もしかしたら親戚の叔父さんのお見舞いに来ていた東海林さんに、また会えるかもしれないと思ったからだ。まぁ、親戚の叔父さんが退院してたら会えない。けれど、そうだとしても退院してるならめでたい話だから、それはそれという訳だ。
会えれば運が良いなぁというだけの話なのだ。
そんなつもりで
「お久しぶりです。伯母さん、父の代わりにお見舞いに来ました」
「あらあら、悪いわねぇ。若い子の方が私も、嬉しいから願ったり叶ったりよ」
「父がお大事にって伝えてほしいって言ってました」
「そうかい。わざわざありがとうね」なんて言って伯母さんは笑ってた。
お見舞いのりんごを渡して父さんからのミッションは無事終了となった。
そして前回、東海林さんに会った内科と血液内科の受付に立ち寄った。そして待合室を見た。ずらっと並ぶ人たちの中に東海林さんはいなかった。
まぁ、それはそうか。会えないのが普通だよね。仕方ないかと
僕は一瞬、頭が混乱する。東海林さんは親戚のお見舞いで来ていたんじゃないのか? なんで血液内科に?
「あれ、東海林さん? 今日はお見舞いじゃないの?」
駆け巡る不吉な予感を抑えることが僕にはできなかった。安心したかった。心から祈るような気持ちだった。
「えっ!? 私もお見舞いだよ~。前と同じ親戚の叔母さんの!」
「……っ」
その答えに僕はハッと息をのむ。僕の勘違いであってほしかった。その方が幸せだと思うからだ。
東海林さんは『前と同じ親戚の叔母さん』と言った。でも僕の父さんが盲腸で入院した時に、ここで偶然会った時、東海林さんは親戚の叔父さんのお見舞いだと言っていたのだ。
男と女を間違えるのはいくら何でもさすがにおかしい。だから
「ここ騒がしいからちょっと場所変えよう」
と言って、ゆっくり話ができそうな場所を探して僕たちは移動した。
「東海林さん、叔母さんのお見舞いってよく来るの?」と僕は落ち着いた口調で話した。
「え? うん、割とよく来るんだよ。なかなか治らなくて心配だよねぇ、たはは~」
「それは大変だね。入院してる親戚の方って2人いるの?」
「うん? 叔母さん1人だよ」
その言葉を聞いて僕は意を決して話をする。
「東海林さん、今って何か困っていることってない?」
「うん? 何もないよ~。大丈夫、大丈夫!」と東海林さんは元気そうに答えている。
父さんのお見舞いに来た時に、東海林さんをみていて感じた影が差したかのような笑顔と、そして東海林さんの影る今の笑顔がまさにそうだ。そして感じる小さな不安の原因、そしてこれがもやもや感の正体だ。
「以前、東海林さんが小っちゃい頃、公園で僕と遊んでたことを話してくれたとき『私は元気だよ!』ってグッと左手をサムズアップして見せてくれたよね? そのとき東海林さんは右手の親指を四本の指で隠して手を握ってたんだ」
「うん? それが何かあるのかな?」
東海林さんはキョトンとした顔をしている。東海林さんと話をしてて、こんなに苦しい気分になったのは初めてだと思った。
「で、僕が佐藤さんと鈴木君に絡まれて困っていたのを助けてくれた東海林さんは『一緒に帰りたかったし、恩はちょっとでも返しておかないとね!』って言ってた。そのとき東海林さんは親指が見えるように手を握ってた」
「それがどうかしたの?」
東海林さんはほんとに分かってない様子だ。
「さっき東海林さんは前と同じ親戚の叔母さんのお見舞いだって言ってた。でも2年生になってすぐに僕と偶然ここで会った時『私もお見舞いなの! 親戚の叔父さんの』って話してたんだ。それで僕は『東海林さん、今って何か困っていることってない?』って聞いたんだ。東海林さんは『うん? 何もないよ~。大丈夫、大丈夫!』って答えた。無くて七癖ってね。変な仕草だなって思ったから印象に残ってた。東海林さんは嘘をつくとき……今みたいに親指を隠して手を握る。この2回ともね」
「え? そんな癖があるわけが……」
呟いた東海林さんの右手は親指を四本の指で隠していた。それを見た東海林さんは言葉をなくし立ち尽くした。僕が見抜きたくなかった嘘を見抜いた瞬間だった。
「なんで嘘をついたか話してくれる? 東海林さん……」
「よく見てるね」
「好きだからね」
「照れること言うね」
「東海林さんだからね」
東海林さんは、にししと微笑んでため息をついて
「3年前、弟のミツルと同じ白血病の症状がでたんだ。薬で進行を遅らせてたんだけどね」
と僕に正直に告白してくれた。父さんが盲腸で入院した時の帰り道で東海林さんに会った。しかも内科と血液内科の受付のある階で会っていた。
そしてあの時の笑顔に一瞬、影がさしたような気がした。その時に感じたもやもやした小さな不安を僕は見て見ぬふりをした。そう、あの時もうちょっと話を続けていれば東海林さん笑顔に一瞬、影がさしたような気がした違和感の正体にも気づけたんじゃないか?
そしたらもっと東海林さんと過ごす時間をたくさん増やせたんじゃないか? 東海林さんがミツル君のことを話してくれた時の言葉を思いだす。
(君は
そう言って東海林さんは微笑んだ。
でも本当は不安で仕方なくて死への恐怖でつぶされそうだったんじゃないか? 自分も病気で死ぬかもしれない、と思った上での言葉だったんじゃないか?
例えば、この学校に入学した1年生の頃、イケメンでお金持ちの蓮野内君の告白を理由も告げずに断った。これが蓮野内君の告白を受けなかった本当の理由だとしたら……やさしいね。東海林さん、ほんとうに。
それに気づいたとき、過ぎ去った絶対に取り戻せない時間を、どうしようもないくらい後悔した。もし気づけていたら、もっと違う時間を東海林さんと過ごせていたんじゃないか?
中間テストを蓮野内君に勝つために頑張った。僕は蓮野内君に中間テストで勝った。けれども、それ自体がそもそも間違った行動だったんじゃないか?
試験勉強の時間は東海林さんのために使うべきだったんじゃないのか?
知るチャンスは本当に最初にあったんだ。そのチャンスに僕は目を背けた。中間テストを僕は優先した。病院で会った時に追いかけてでも話をするべきだったんじゃないのか?
そう考えた時、混乱する頭は今見えている世界がおかしい、とでもいうかのようにぐるぐると回った。そして今まで感じたことのない目の前が真っ暗になるような絶望を感じた。
でも、本当に不安で怖いと思ってるのは東海林さんだ。僕まで不安や恐怖にとらわれてはいけない。そう気持ちを強くもった。
「僕も骨髄バンクの血液検査受けるよ。安心して? きっと大丈夫だよ」
「……うん」
頷いて東海林さんは涙を流しながら笑ったんだ。
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