第27話 夏祭り④

 屋台を巡り巡って歩き回る僕たち。すると妹の綾香が東海林さんに質問しだした。


「お姉さんって兄貴とどこで出会ったんです?」

「お、おい。綾香。いきなり何言い出してるんだよ」と僕は突然の発言に焦った。


 東海林さんはちらっと僕を見てからふぅっと、ため息をついて話しだす。


「う――んとね。すっごい小っちゃい頃にね。公園で一緒に遊んでたんだよ」と東海林さんはにこやかに話した。綾香は思うところがあったのか

「そんな昔から会ってたんですか?」と綾香は興味津々で聞いてるようだ。

「うん。私が一人で泣いてたから、勇気をだして『みんな帰っちゃったから一緒に遊ぼう』って五十嵐君が言ってくれたの。五十嵐君は忘れちゃったみたいだけどね」


 なんて寂しそうに話す東海林さんの顔を見て僕はドキリとする。そう言われて僕も思い出した。時間が経って親と一緒に帰る子もいた。親が迎えにきてみんないなくなったあとだった。誰もいなくなった公園で、一人で泣いてたあの女の子が東海林さんだったのかと。


 だから僕は勇気を振り絞って(みんな帰っちゃったから一緒に遊ぼう)なんて言えたんだ。女の子が一人で泣いてたのが嫌だったからって思い出した。

 

「兄貴! 忘れてるなんてひどい! 男としてはサイテーの部類!」

「サイテーよね! そうよね! やっぱりそうよね!」


 綾香と東海林さんは意気投合しだした。これは嫌な予感しかしないんだけど。


「いや、忘れてたのは反省してるよ? でもいま思い出したよ」

「いくらなんでも思い出すのが遅いよ! 兄貴!」と綾香は東海林さんに同情的だ。

「ほんとに覚えてなかったの?」なんて東海林さんは口を尖らせて抗議する。


「そうですよね! そんなの忘れちゃだめだよ、兄貴! 反省して! 具体的には私はお好み焼きが食べたいです!」

「私もお好み焼き食べたい!」


 なんて東海林さんも便乗しだした。これは僕の財布はすっからかんになるんじゃないか!? でも半面、そんな大事なことをすっかり忘れていた僕も悪かったと反省した。


……でも、そうか。


 あの女の子が東海林さんだったんだって聞いて、なんだかストンと落ちるように納得した。おぼろげながら覚えている女の子はみんながいなくなったあとで一人で泣いていた。


 公園で泣いてた女の子が短い髪だったから、僕の記憶の中ですぐにつながらなかったんだと思った。


 小学校5~6年生に殴られた時、僕が必死で守った女の子は髪が長かった。だからそんな重要なことを、すんなり思い出せなかったのかと僕は遠い記憶を振り返る。


「ちなみに、髪の毛は長い方が良いんじゃない? って言いだしたのも五十嵐君だからね?」とジト目で東海林さんは話しだす。

「マジで!?」と驚愕の事実を聞かされた。ひゃぁ、これはまずいと思ったとたん一気に身体の体温が下がった。それなのに止まらなくなる汗。汗をぬぐいつつも言った記憶が全くなかった。無責任にも程があるってもんだろう。


「そこ、忘れる!?」と東海林さんは声を荒げる。


 その話を聞いていた綾香はため息をついた。そして仕方ないなぁとフォローしてくれるかと思っていたら


「お姉さん、そこはバカ兄貴にキレていいとこ!」


 と、簡単に綾香は僕を裏切った。いや、まぁ僕が悪いんだけどね! そこは助けておくれよ、妹よ! と嘆いた。


「そうよね! やっぱりキレていいところよね!? 綾香ちゃん、なんだか話があうわね!」

「お姉さん、私もそう思います!」

「私も綾香ちゃんにおごっちゃうわ! やきそば食べよっか!?」

「はい! お姉さん!」 


 僕はただ一人、取り残された。焼きそばの屋台でもキャーキャー言って騒いでる東海林さんと綾香は、相変わらず客寄せパンダになっていた。


 もう祭りも最高潮になってきた。そろそろこのお祭りのメインイベント、打ち上げ花火があるタイミングだ。


「ヒュ~~~~、ド~ン!」


 派手な音をさせて花火が打ち上げられていた。次々に打ち上げられる花火は夜空いっぱいに綺麗な花を咲かせる。その様子は本当に幻想的だった。


 そしてそれを見上げる東海林さんの横顔をのぞき見てドキドキしてしまう僕がいた。


「お姉さん! 見て見て! すっごい綺麗な花火!」

「ほんと、綺麗だね!」


 キャーキャー言ってる綾香にお姉さんといわれて東海林さんは満更でもなさそうだ。楽しそうに騒いでいる東海林さんと綾香をみてると、これはこれで悪くない。


 むしろ最高ってやつである。最初の時に比べれば、いつの間にか東海林さんと綾香は打ち解けているようだった。


 平和が一番だね~なんて思って花火を見上げていた。急に東海林さんがよろけた。「危ない!」と僕は東海林さんの肩を支えた。


 お祭りの終わりが近づいている。


「花火、本当に綺麗だね……」


 僕にもたれかかったまま、東海林さんはぽつりと呟いた。東海林さんが本当に寂しそうに話をするから


「今日の東海林さんも綺麗ですよ?」なんて、また僕は本音が出てしまった。東海林さんは頬を赤く染め瞳を潤ませる。


 このまま、時が止まってほしかった……


「なになに、秘密のお話ですか?」という綾香の問いかけに

「「そ、そんなことはないよ!?」」

 と言って慌てて離れた僕たちは、二人そろってハモってた。



 僕の財布はかろうじて助かった。けれども、家に帰ってから


「兄貴の財布事情は助けてもらったんだから、お姉さんには感謝しないとダメだよ? お金ないくらい財布を開く兄貴の顔を見てたら誰でも分かるから! あのお姉さん大事にしてね!」


 なんて綾香にさとされた。僕は男としても兄としても、立場がますますなくなった瞬間だった。 

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