第26話 夏祭り③

 ピンチだ。何がって僕のお財布がピンチだ。男の甲斐性をみせたくても、そもそも妹の綾香あやかと自分の分で使いそうなお金しか持ってきてないなかった。東海林しょうじさんの出費は想定外だ。


 でも、せっかくの機会チャンスだし自分のお金を東海林さんに使うことにした。僕は飲まず食わずになるけど、東海林さんにおごるなら、見栄を張りたい。そこに後悔はない。むしろ満足だ。


五十嵐いがらし君は食べなくていいの?」なんて東海林さんに心配されても、

「僕は大丈夫だよ。ご飯食べてきたしね」


 と屋台の食べ物も金魚すくいも何もいらないと思った。ほんとに実感をもって言えた。二人に振り回されてると思っても楽しかったからだ。


「兄貴、あの水ヨーヨー欲しい!」


 ホイホイといって綾香にお金を渡した。


「上手くとれよ~」と僕は応援してた。「ありがとう~」なんて綾香はそそくさと水ヨーヨーの屋台に駆け込み、キャーキャー騒いで客寄せパンダになっていた。


「五十嵐君と綾香さんってほんとに仲がいいんだね」なんて寂しそうに言うから

「東海林さんの今日の浴衣の可愛さにはかなわないけどね」と思わず答えてしまった僕がいた。東海林さんは頬をほんのり染めていた。


「君、意外とたらしだね? 将来、浮気するタイプ?」

「いやいやいやいや。し、東海林さんだからだよ? 安心してください」

「詐欺師ってみんな口がうまいよね?」といわれて僕はたじたじになっていた。東海林さんはにししって笑って


「冗談!」


 といって、にこにこ笑ってた。そんな東海林さんを見て、僕は胸をでおろした。


 ラムネのビー玉みたいなやつをポンと押して飲めるようになるこのソーダの飲み物も、お祭りならではだね~と思っていた。


「喉が乾いてない?」って聞いたら、綾香が元気よく

「乾いた!」って答えたので「じゃぁ、飲むか!」と言って屋台のあんちゃんからラムネを3本買った。


「兄ちゃん、モテモテだね~」なんて屋台のあんちゃんに揶揄からかわれたけど

「たはは~、おかげさまで~」なんて笑っておいた。


 僕が屋台のあんちゃんと話している間に、東海林さんと綾香も話をしてたみたいだ。


「兄貴、かき氷食べたい!」

「おおぅ。そうか、おにいちゃんは頑張っちゃうぞー! おにいちゃんのお財布は全力だー!」

「東海林さんもいっとくしか!」

「んふふー、じゃぁ遠慮なく!」

 お財布はぎりぎりってやつである。


 でも東海林さんと綾香がかき氷を幸せそうに食べているのをみていると、なんか満足してしまう僕がいた。この幸せそうな顔を見ながら食べるかき氷はまさにプライスレスだ! なんて思ってた。


 東海林さんと綾香は僕の両手に抱きついたままだ。そのうえ、浴衣姿で美少女二人がキャーキャー騒ぐもんだから本当にどこに行っても喜ばれる客寄せパンダ状態だ。


 どこの屋台のあんちゃんもおっちゃんさえも、にこにこしてご対応だ。まぁ、僕たちが移動するところに人だかりができるもんだから「なんだろう?」って普通の人はなるよね?


 とはいえ両手に花状態の僕は、この経験したことがない状態に四苦八苦していた。


「あれ見て! 兄貴! 可愛い!」と綾香が騒げば

「ほんとだね! 可愛いね~!」と東海林さんがびっくりしたようにうなずいて話が進む。


「綿飴の絵が可愛い! ほらほら! 兄貴!」

割箸わりばしをくるくる回してたら白い飴の線が膨らんでどんどん丸くなっていくのって、見てるだけでも不思議で楽しいよね!」


 綾香も東海林さんもノリノリである。確かに言われてみると、見てるだけでも時間をつぶせるんだよなぁと僕も思った。


 まさにお祭りって感じがするんだよね! 定番ではあるけども、その雰囲気がたまらない、という訳だ。


「兄貴~!! あれ欲しい~!」

「私も~!」


 なんて東海林さんと綾香に言われちゃうと、断れないのが男の悲しいさがだよなぁって思う。でも不満はない。ホイホイと財布からお金を取り出して渡す。  

 綿飴屋台のおっちゃんと綾香は話をして、ピンク色の可愛いウサギが描かれた袋の綿飴を買ってきた。東海林さんは、ほんとに可愛いパンダが描かれた袋に入った綿飴をご購入だ。


 パンダの袋を買ってくるって狙ってるのか!? 天然なのか!? なんなんだ、この人は! 謎すぎる。表情からは読み取れない。普通のお客なのにサクラのごとくお客さんを集めてる自覚はないの!? なんて思ってしまった。


 とりあえず(まぁまぁ、ちょっと落ちつけよ、自分)と言い聞かす。まさに両手に花状態についていけず舞い上がってるんじゃないのか?


 と自分の心の声を聞いてみると、確かに自分でも納得してしまう。舞い上がってるよ、この状態に! 今まで一人で本だけ読んでた僕に、舞い込んできたこの状況はまさに未体験ゾーンだ。


 東海林さんのことは好きだと僕は自覚した。だからといってどうしたらいいかは全く分からないしなぁ、というのが嘘偽りない正直な本音だ。


 そんなことを考えていると


「綿飴、美味しい!」と綾香が感想を言ってると

「美味しいよね! やっぱりお祭りの綿飴は一味違うね!」なんて東海林さんも合いの手を入れる。


 その様子を見ていた小っちゃい子が東海林さんの綿飴を指さして

「ママ―、あれほしい~!」

「仕方ないわね~」


 なんてお母さんにおねだりしている。お母さんはお子さんにおねだりされて満更でもなさそうで、綿飴を買うことにしたようだ。もちろん綿飴を作ってる屋台のおっちゃんも嬉しそうにしている。


 まぁこんな感じでみんな喜んでるんだから、これはこれで良いのかなぁ、と僕は思うことにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る