第25話 夏祭り②

 書読カクヨ無有ムウ神社に向かうことになった僕たちは二人で一緒にふらふらと歩く。


 綾香は着物と草履ぞうりでまさにお祭り! という恰好をしたのはいいけれど慣れない着物で歩くのに悪戦苦闘していた。


 まぁ、僕はジーパンとTシャツである。歩くのには全然困らないし、歩くスピードが速かったようだ。ちょっと綾香をおいてけぼりにしないように、歩く速度をゆっくりにした。


「着物って歩きにくいね」と綾香は顔をしかめる。

「着たことないから分かんないけど、ほんとに見てると歩きにくそうだよなぁ」


 普段着ない浴衣と履きなれない草履というお祭り気分をだしてくれるアイテムが、逆に歩きにくさという現実をこれでもかとみせつけているようだ。


「まぁ、雰囲気だけでも楽しめればいいんだからゆっくり行こう」と僕は遅くても構わないと笑いかけ

「うん!」

 と元気に綾香は答えてた。のんびり歩いてたけど、屋台も見えてきた。何があるかなーと思って目を細め色んな屋台をじろじろと僕は見ていた。


「兄貴、そんなに屋台をじろじろ見てたら恥ずかしいよ!」


 手を引っ張られ綾香の苦情も入ったので仕方ないなぁ、とお店の暖簾のれんだけ見て判断することにした。人がごった返している。


 こりゃまいったね~なんて思った。こんなに人がたくさんいるお祭りだったのかと我ながら驚いた。


「ほらほら見て兄貴! 金魚がいっぱい!」

「ん? やってみるか?」

「うん!」


 綾香の金魚すくいのポイはポンポン穴が開いた。負け続けというやつである。僕のお小遣いもポンポン飛んで行った。女優になれるかもしれない才能は、金魚すくいには発揮されないようだ。


 僕は(まぁ、そりゃそうか)となんか納得してしまった。


 キャーキャーと綾香は騒いで、はしゃいでいる。そのはしゃぎっぷりを見て、僕もあたしもと小っちゃい子が親にねだって金魚すくいのお店は大盛況になっていた。


 これはなんというか客寄せパンダ現象だよなと思って僕はみていた。屋台のあんちゃんは綾香が派手に騒いでいるのをにこにこしながら見ていた。それはそうだろう。これだけ人が集まったのは綾香が騒いだおかげだもんな。


1,000円を使い込んだところで僕の財布は、ここのままではこの屋台だけでお金がなくなってしまうと悲鳴をあげた。


「もうあきらめろ……僕の財布に大打撃だ」

「むぅ、悔しい!」と綾香は悔しそうにしてたけど屋台のあんちゃんは

「嬢ちゃん、これサービスだ。持っていきな!」


 と、ひょいひょいと金魚を水の入った透明の袋に入れ、それを綾香にくれた。袋の赤い紐がお祭り感が満載だね~なんて思ってた。


「ありがとう!」と綾香はにっこり笑ってウキウキである。着物に、草履に、かんざしに、金魚を持った美少女ときたもんだ。我が妹ながらお祭りだね~なんて思ってた。


「兄貴! ありがとうね!」なんていって僕の腕に抱きついてきた。

「綾香、危ないから!」

 と答え、ふと視線を感じ横を見るとそこには東海林さんが僕を見て立っていた。赤い波のような流線型の模様のついた綺麗な浴衣姿で髪を結いあげていた。綾香と同じようにおしゃれな草履をはいて僕をじっと見つめている。


 なんということでしょう。僕の腕に抱きついている綾香と、東海林さんの顔を僕は何度も見比べた。僕の血の気は急速に冷め、一気に氷点下になった。そしてなんか知らないけど、だらだらと汗まで出てくる始末。


 汗は止まらないし声もでてこない。やましいことはしてないよ? と思うのだけど東海林さんの冷めきった目を見た僕は身動きがとれなくなった。


 まさに蛇に睨まれた蛙ってやつだ。蛙の気持ちなんて分かりたくないけど、よく分かった。


「五十嵐君……」

「ハイ」

「その子、誰?」


 東海林さんは僕が凍り付いてしまいそうな声をだす。僕は正直いまにも意識を手放したい。だけど東海林さんが怒ったままどこに行ったか分からなくなる、という事態こそが最悪だ、と自分で自分を落ち着かせる。


 まだ取り返せる! とりあえず落ち着けと深呼吸だ。


「兄貴、この人だれ?」

「アニキ?」と東海林さんは呟いた。よくやった! 我が妹よ! その一言でこの難題は解決だ!


「ああ、東海林さんは初対面かな? これが父さんに演技で禁酒までさせた妹の綾香です」と僕は安心して答えた。

「あ、えっ? あの話に出てきた妹さん!?」と東海林さんはびっくりしている。

「そうそう。前、話題に出てきた自慢の妹」と話しながら僕は心底よかったな~と思った。 


「綾香です! お姉さんは誰なんです?」と首を傾げるのは綾香だ。

「私は東海林 かえでっていう五十嵐君の同級生……かな?」

 

 東海林さんはじっと僕の顔を見つめる。僕の危機は去ったはずだったのに、なぜか危機はまだ続いていた。でんじゃらす。夏なのになぜか吹雪の第二陣ってやつである。僕はここでどう答えるのが正解なのか。


「学校でいつもお世話になってる東海林さんだ。綾香も覚えておいてね」

「は――い」と綾香は素直に応える。

「よろしくね! 綾香ちゃん!」


 なんか東海林さんと綾香の目から火花が散っているように見えるのは幻覚なの? 


「「フフフ……」」


 二人仲良く? 笑ってるんだけど、バチバチと火花が散ってない? どうなってるの? 大丈夫か!? 僕の気のせいであってくれ! と神に祈った。


 まぁ神に祈って、どうにかなったことなんてないんだけどさ。それでも、この時はさすがに祈らないなんて選択肢は僕にはなかった。何もできないことに変わりはなかった。


「兄貴と仲良くしてくださいね!」と綾香は左手に抱きついた。それを見た東海林さんはちょっとムッとした顔をして

「もちろん、私とも仲良くしてね! 五十嵐君!」と東海林さんは右手に抱きついてきた。


 両手に花とはまさにこのこと……ていうか神はまじでいたのか!? 今まで祈りが通じたことなんてないんだけど、神様を信じてみようかなと思うには充分だった。この両腕の感覚は僕を幸せにしたのは間違いない。


僕の信頼の危機もあったけど、これはぎりぎり回避できたといっていいのだろうか? なんて思ったのだった。

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