第3章 過去から始まる恋物語
第23話 東海林 楓の過去
体育祭の後、
まぁ、体育祭でも100メートル走と野球以外は絶好調だったしねぇと僕は思ってた。そして蓮野内君がやってきた。
「なんだこのきったないお手玉は。どうせお前のだろう、
またしても僕に
「こんなの学校に持ってきてるのなんてお前以外にいないだろう。貧乏人が!」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなよ、蓮野内君。いきなり決めつけるなんてよくないよ?」
前田さんはちょっと落ち着けと手を上下させて抑えて抑えてとジェスチャーする。
「私の……」と東海林さんが小さく
「東海林さんがたとえコイツをかばったとしても、俺はこんな貧乏人の本の虫、許すわけにはいかんのだ!」
「このお手玉は私のお守りなの!」
と叫ぶ東海林さん。そして蓮野内君からお手玉を奪い取り教室の外へ走り出してしまった。
「蓮野内君、あんな言い方ないじゃない! ひどいよ! 待って、
前田さんは東海林さんを追いかけた。
◇
「やっぱりここにいたんだね」
「五十嵐君……」
返事をする東海林さんの目は赤い。泣いていたようだ。
「うん、やっぱり図書室じゃないかなって思ったんだ。ちょっと話すのには向いてない場所だから屋上にいこうか?」と僕は東海林さんを屋上に誘った。
授業は初めてのサボリというやつだ。東海林さんが泣いていた。これ以上の授業をサボる理由なんてあるんだろうか? 僕にとってはそれで充分だ。
そして屋上に着いた僕は何も言わず、東海林さんの気持ちが収まるのを待った。そしてぽつりぽつりと東海林さんは自身の過去を僕に話してくれるのだった。
☆
東海林さんにはミツル君という弟がいたそうで小さな頃から病院に入院していたそうだ。
東海林さんは幼いころ、お母さんと一緒にミツル君のお見舞いに行くことが多かった。病名は白血病だ。先天性のものだったそうだ。生まれたころから提供意思のあるドナーの方を待ち望んでいた。
薬等で症状の進行を遅らせてドナーの方がみつかるのを待つ。そんな日々だったそうだ。手術代もご両親はドナーの方がいつ見つかってもいいように、毎月決まった額を預金してコツコツ貯めていたそうだ。
ミツル君が生きるためのお金だ。だからお姉さんである東海林さんは色んなものを我慢した。両親に欲しいものをねだることはなかった。
「欲しいのは元気なミツル!」
なんて答えていた。誕生日もクリスマスもお正月だって、何があっても自分の欲しいものを言ったことはなかったそうだ。
お弁当も仕事で忙しいご両親の負担を減らすため作り始めたそうだ。リーズナブルに、それでいて栄養たっぷり美味しさも追求した。「最初は苦労したんだよ?」なんて懐かしそうに話してた。
もちろんお金は徐々に貯まっていった。みんなの努力の
お姉さんである東海林さんは病院に行っては、ミツル君の話し相手になっていた。お手製のお手玉を持って行き、そして2人で仲良く遊んだそうだ。
けれども、ミツル君と血液型のタイプがあう人はなかなか現れなかった。みつかったら借金してでも、ご両親はお金を
そして転機が訪れる。待望のドナーの方がみつかったと連絡が入ったのだ。家族みんなが喜んだ。その時は本当に嬉しかったと東海林さんは話していた。
お金もコツコツ貯めていたおかげで手術代も集まっていた。そしてあと7日後に手術を控えていた時に、ミツル君の病状は急変し帰らぬ人となってしまった。
家族のみんなが落ち込んだ。特にお母さんの落ち込み具合がひどかったらしい。お腹を痛めて産んだ子だ。健康な体に産んであげられなかったことを、いつも謝るような優しいお母さんだった。
だからこそ、東海林さんはお母さんに自分自身のことを責めてほしくなかった。お父さんはお酒の量が増えていった。そして真っ暗な部屋でお酒を飲んで、一人で泣いてるお父さんの姿も見たそうだ。
ミツル君が亡くなって以降ご両親はすれ違いが増え、会話は減り、仲が悪くなって喧嘩することが多くなった。
東海林さんはご両親の喧嘩があると、耳をふさいで布団をかぶっていたそうだ。子供にできることなんて何もない。思いつくわけもない。
だからといってご両親が悪いわけでもない。東海林さんが悪いわけでもない。もちろんミツル君が悪いわけでも決してない。誰が悪いわけでもない。
全て病気が悪いのだと僕は思う。
「お母さんは頑張ったよ! お父さんだって頑張った! だから二人ともそんなに自分を責めないで! ミツル! お母さんを連れていかないで!」
幼い東海林さんは喧嘩しているご両親に、心の底からそう叫んでいた。
「ミツル! 私がお母さんの代わりにいってもいいから! お母さんを連れて行かないで!!」と。
それからだそうだ。バラバラになりかけていた家族が話し合い、許しあい、そして一つにまとまったのは。
※
その時の悲しみを思い出したのか、東海林さんは震える声でこう言った。
「君は
そう言って君は微笑んだ。
僕はただ、黙って
東海林さんは抑えきれなくなった感情をふり絞るかのように声をあげて、ミツル君の名前を、お母さんの名前を、そしてお父さんの名前を呼んで泣き叫んだ。
人はなぜ死ぬんだろう。こんなにも悲しい想いをかかえて、なぜ人は生きていかなければならないんだろう? 悲しみを乗り越えた先に、いったい何があるというんだろう?
僕は何を分かっていたというのだろうか? 本をちょっと読んだくらいで答えなんて出てこなかった。誰も教えてくれないこの問いに、答えはあるというのだろうか? 何も分かっていなかったということを、僕はどうしても理解せざるを得なかった。
東海林さんの家族を想う気持ちも、ミツル君の無念も、お母さんの苦しみも、お父さんが自分を
ミツル君や東海林さんの気持ちを考え、ご家族の気持ちに想いを巡らし、僕は考え続けそしてついに答えはでなかった。
だから君が泣きやむまで僕は、ただ抱きしめて一緒にいることしかできなかった。
そしてこの時が、僕は東海林さんを好きだとはっきりと自覚し、そして今にも消えてしまいそうなこの女の子を守りたいと、そう願った瞬間だったんだ……。
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