第9話 東海林 楓の感謝のお弁当

 今日は東海林しょうじさんが初めてお弁当を作ってきてくれる日だ。朝食はもちろん食べてこなかった。授業中に僕のお腹は「ぐぅ」と音をだして主張した。


 昼休みがとても待ち遠しい。2個目のお弁当があったとしてもいけそうなくらい僕のお腹は減っていた。


 考えたあげく、お弁当を早めに食べることは可能かどうか東海林さんに聞きにいった。


「ほんとに、朝から何も食べてこなかったの!?」

「期待しすぎて朝食抜いてきました」


 と僕はお弁当を食べることしか頭になかった。あきれた様子の東海林さんだ。


「今、3限目が終わったとこだから、これ1個食べて我慢しなさい」


 といってお弁当からひょいっと取り出してくれたのはアジフライだった。僕はパクパクとアジフライを頂いて一息ついた僕は、「東海林さんってほんとに料理得意だねぇ」と話した。


「パン粉は自家製だからね。パリパリの衣でしょ?」

「パリッパリだね。お弁当でもこんなに違いがでるんだねぇ」

「ふふん。どうよ? 私のアジフライは?」


 アジフライを口のなかで咀嚼そしゃくしてる僕はブンブンと頭を縦に振る。


「自家製にするだけでこんなに衣がおいしくなるんだねぇ」

「手間はかかるけどおいしくなるんだよ~」


 ニッシッシと東海林さんは笑い自慢げだ。そして僕はアジフライを食べて、さらに強い空腹感を感じつつも、1時間待つという苦行を終えたのだった。


「お腹が空いてる五十嵐いがらし君には特別にアジフライも入ってるお弁当をあげましょう」

「いいんですか!? 東海林お代官様!」

「うむ、感謝して食べなさい」

「ありがとうごぜぇますだ」


 なんて言いながらお弁当を頂いた。


「この世に、こんなにうまいものがあったのか……幸せだ」


僕の心の本音はいつも通りだだ漏れだった。東海林さんはちょっと赤く頬を染めている。


「もっと食べる?」と東海林さんは聞いてきた。

「えっ、いいの? 東海林さんの分がなくなっちゃうんじゃない?」

「私はダイエットしてるから平気だよ」

「でも、それはちょっと悪いよ」

「じゃぁ、私の分の半分あげるよ」


 感激で目をウルウルさせながら手を合わせて東海林さんを拝んで感謝を述べる。


「女神様、お代官様、東海林様ありがとうございます!」

「よろしい。たっぷり食べるといいよ!」


 にこにこしながら東海林さんはお弁当を半分くれる。幸せな昼休みだった。


 蓮野内はすのうち君は目をまん丸にして、陸に打ち上げられた魚みたいに地面に横たわり、口をパクパク開けていた。いつもの風景だねぇと僕はお弁当を食べつくし、お茶を飲んでいた。



 僕はいつも通り家を出て、学校へ向かっていた。いよいよ今日から中間テストが始まる。蓮野内君との六科目の総合点の勝負だ。負けたら東海林さんから手を引くことが条件だ。


 勝負の理由は本を、過去の偉人たちをバカにしたこと。たったそれだけの理由で、必死にこの2ヶ月間、本を読むのもやめて勉強してきたわけだ。


 費やした時間を考えると、絶対に負けられないと僕は思った。勝負を受けてなければどれだけこの期間で本が読めたと思っているんだ。本を読めなかった時間がうらめしい。


 僕はパソコンにまとめた自分自身の弱点を6枚のコピー用紙にまとめた。何度やっても間違えた問題が書かれたこの6枚をひたすら繰り返す。


 これは教科別に1科目1枚にまとめた。そしてそれを試験科目にあわせて最終確認する予定だ。ここまでやったのだから、負ける訳にはいかないのだ。


 めらめらと闘志を燃やす僕は、蓮野内君は絶対許さん! と気合が入りまくっていた。


「よっ! おっはよー。今日の調子はどうなんだい?」


 僕の頭に軽くチョップしながら東海林さんが後ろから現れた。


「おはよう。まぁ、ぼちぼちだよ。これで負けたら仕方ない、くらいの勢いで勉強してきたんだから、絶対負けない」


 むしろ、ここまでやって負けるなら、いっそ清々しい。最悪、蓮野内君に頭をさげて謝る覚悟も固まるってもんだ。そのときは東海林さんと前田さんにもフォローを頼もう。なんて他力本願なことも考えていた。


 けれど、あの蓮野内君に謝る覚悟ができるとは、自分で考えたことだけどその思考回路が意外だった。本や偉人たちをバカにした相手に謝る覚悟ができるとは、この心境の変化はなんでなんでしょうかね?


 自分自身のよく分からない考えに僕は頭を悩ませていた。でもそんなことを考える時間はないかと考えた。蓮野内君のバカにした声と顔を思い出し腹を立てていると


「……君、五十嵐……君、五十嵐君!」

「あぁ、ごめんごめん。なんだい? 東海林しょうじさん」


 東海林さんが、隣で僕を呼んでいたのすら気づかなかった。気負いすぎかもしれないなと僕はちょっと反省した。


「まったく反応がないんだもん。何、考え込んでたの?」

「心境の変化かなぁ」

「なにそれ」と東海林さんは興味深そうに笑った。僕は頭をぽりぽりかきつつ話をする。


「うーん、なんか最悪、勝負に負けたら謝ろうかなってね。考えてた」

「ほぇ~。なんでまたそんな考えに?」

「負けるつもりはないよ。でもなんでそう考えたか、自分でも分かんないんだよねぇ」

 指を顎にあてて考えてた東海林さんは


「『男には負け戦だとしても、挑まなくてはならない時がある』って確か家訓だっけ? そのせいだったり?」


 コピー用紙を必死に見直してて、僕は心ここにあらずだ。手を頬にあてて弱点をひたすら頭に叩き込みながら


「う~ん。今が楽しいからかなぁ」と呟いた。


 それにしたってなぁ、なんであの蓮野内君に頭を下げるなんて屈辱的な発想をしたんだ? 以前の僕ならありえないだろうと悩んだ。


 けれども、その呟きを聞いた東海林さんはよくわかんないんだけど、なぜか機嫌が良さそうだった。

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