第8話 五十嵐 琢磨とお弁当

 女子の不良グループを撃退したあと、僕は心配だったので東海林しょうじさんを家まで送っていくことにした。


「別にそこまでしてもらわなくても大丈夫、大丈夫!」


 最初は東海林さんはそう言ってたんだけど、前田さんにも相談したら


かえで、送ってもらいなさい」


 とお許しがでたので、今こうして東海林さんと一緒に歩いているという訳だ。


 ただ黙々と僕たちは歩く。適当なことを話していたときはいくらでも言葉が出たのに、いまになったら言葉が全然でてこなかった。


 (僕はどうしちゃったんですかね)と自分で自分に語りかける。思ったよりも重症だ。それでもなんとか話題をひねり出す。


「あれ、東海林さんって電車通学じゃないんですか?」


 歩いてた僕はふと気が付いた。こっちは駅に向かう道じゃないことに。


「あぁ、私、地元だよ。近いから学校選んだタイプ」


「奇遇。僕もそう。有海那須あるみなす高校って近所だったんだよね」


 そして、あーっと僕は今更の事実に気づく。


「だから猿田島公園にいたんです?」


「そうそう。休日に私も公園行ったんだよ。一番近い公園だから。そしたら迷子の女の子を連れて歩いてる五十嵐いがらし君を見つけたってわけ」


 ふふんと笑う東海林さん。謎は解けた。電車でいちいち猿田島公園まできてるって、どんだけ暇人なんだって思ったんだよね。なるほど近いからか、納得だ。


「結局、あの子のお母さんどこ行ってたの?」


「お母さんたちとの世間話に夢中になってたら、いつの間にか女の子がいなくなってたんだって。それに気づいて、家まで一旦かえって確認したんだったかな。もしかしたら帰ってるかもって思ったみたい」


「なるほどねぇ。それはお母さん、気が気じゃなかっただろうねぇ」と言って東海林さんはうんうんと頷く。もし誘拐だったら大事件だしねぇと僕も思う。


「うん、それで家にも帰ってなくて警察呼んだ方がいいんじゃないかってとこまでいってたらしい。それでもう一回、公園行って確認してから警察にって話だったみたい」


「それで公園行ったら、五十嵐君が公園で女の子を連れて歩いてたってことか」


「そうそう、めちゃくちゃ感謝された。それだけで充分なのに、あとで家に来てくれて『この度は、お騒がせしました』って改めてお菓子持ってきてくれてね。うまいうまいってそのお菓子は家族みんなでおいしく頂いた感じ」


「へぇ。五十嵐君ってご家族は誰がいるの?」


「父さんと母さんと妹かな。妹の綾香あやかの演技がヤバいんだ。父さんなんかコロッと騙されて今、禁酒してる。いつまで続くのかね~」と僕は笑った。


「どういうこと?」なんて言いつつも楽しそうに笑う東海林さんに、事の顛末てんまつを話をしてみたら


「妹さん。お父さんのことほんとに好きなんだね~」


 なんて言って目をうるうるさせて笑ってた。


「未来はどうなるかわからないけど、綾香がどうなるか僕も楽しみなんだ」


「すごい妹さんだね~」


 なんて話してたら東海林さんの家のマンションに着いた。階段で登った4階にある部屋らしい。かなり年季の入ったマンションだ。でも住めば都っていうしね。慣れたらそれが一番だ。


「じゃぁ、ありがとうね! 五十嵐君!」


「うん。じゃぁね。東海林さん、また明日~」


 東海林さんからとびっきりの笑顔をもらった僕は、満足して家路を急いだ。



 翌日の授業が終わった昼休みの教室で


「そういえば、なんで助けてくれたの? あんな不良グループなんて、逃げても知らんぷりしててもよかったじゃない?」


 お弁当を持って、空いた席に座った東海林さんにそう聞かれた。


「『男には負け戦だとしても、挑まなくてはならない時がある!』っていうのが我が家の家訓で、父さんとの約束みたいなものだからね」


「それだけ?」


 ちょっと僕はムッとしつつも


「他に何があるっていうんです? 過去の英雄たちにならえば、自然とああなったんです」


 前田さんは、大きなため息をついて


「君は、ほんとに女心にうといねぇ。そこまでやっておきながらそんなていたらくじゃ、先が思いやられるよ?」


 なんだなんだ、女心がどうなんだ!? 昨日はたぶん、いい感じにいけてたはずなのに、と僕の頭の中はクエスチョンマークが羽を付けてひらひら飛び交う。


「前田さんまで何を言ってるんですか?」


「ん――。答えは簡単、でもそこは自分で気づいてほしいと私は思う。それが私がだせる最大級のヒントだ!」


 その言葉を聞いて特に何を言う訳でもなく、東海林さんは頬をほんのり赤く染めて明後日の方向を眺めている。


 女性陣の2人は、既に答えにたどり着いているというのか!? にやりと笑った前田さんは


「本だけでは学べないことも、世の中にはたくさんあるのだよ? 頑張りなさい~」


 と、くるくる回って僕の背中をポンと叩いた。色々考えて女心はよくわからんと思った僕は、お弁当のフタを開ける。


 僕のお弁当の中身を確認したらしい東海林さんは


「うさぎさんのリンゴは頂いた。代わりにこれをあげましょう」


 から揚げをころんと1個くれた。そのから揚げは、狐色でこんがり揚げられていた。からっとあがって美味しそう。一口かじってみると、口の中に広がるのはジューシーな鶏肉、まさに肉! 冷えてもこんなに美味しいのはなんでなの? 


「何、このおいしさ……ヤバすぎる。毎日食べたい」


 いつも通り僕の心の声はだだ漏れだ。プライバシーなんてない。美味しいものを食べると本音がダダ漏れになることに、僕は今更ながら気が付いた。


「そんなに美味しい?」

「うん。こんなに美味しいのはびっくりだね。正直食べたことがないレベル」


 なんてことを正直に言ったら


「明日からお弁当作ってきてあげようか?」

 

 東海林さんは、にししっと笑う。


「本当ですか? お嬢様、神様、東海林様!?」

「作ってほしい?」


 まじで!? 作ってくれるの? と思った僕は 


「もちろんです!」と答え


「あ、でも二人分もお弁当作るの大変じゃないですか?」と考えて聞いてみた。


「一人分も二人分もそんなに手間は変わらないわよ。食材同じなんだし、そもそも家族の分も私が作ってるんだから、ついでついで」

  

 東海林さんは心配しないでいいよと手をひらひらさせている。その言葉を聞いた僕は大きく頷いて


「ぜひ、お願いします!」

「よろしい。じゃぁ、期待してお腹空かせて待ってなさい」


 いやっほぅと喜ぶ僕には、目を丸くして口をパクパクさせて、僕を指さして地面にひっくり返っている蓮野内はすのうち君の姿がよく見えた。お昼の休憩時間の終わりを学校のチャイムが知らせる。


 そんな蓮野内君の姿を見て今日もお昼ご飯食べられなかったのかなぁ、と僕はぼんやり考えた。

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